第18話 夏の町(2)

「この西瓜、虎児と一緒に食べられたらいいのに」


 竹林の一本道の真ん中に差し掛かった頃、ユメが呟いた。


「……これ、うめぇのか?」


 怪訝そうな顔をする虎児に、ユメはコクコクと頷いてみせた。


「うん。甘くて、塩をかけるとさらに美味しくなるよ。赤い果肉には種も混じっているの。それを口に含んで、ぺぺって外に飛ばすの。昔、お母さんとよくやったなぁ」

「随分と食べにくそうだな」

「それもまた醍醐味なの! 虎児は西瓜を食べたことが無いのね。なおさら食べてほしいわ。……あれ? そういえば虎児っていつも何を食べているの?」

「笹の葉」


 ユメは、心底驚いたと言わんばかりに目をぱちぱちさせた。


「そうなのね。鳥の肉とか、魚を食べているのかと思っていたわ」

「トトが獲ってきたのを食ったことはあるが、あんま好きじゃねぇ。笹と竹の方が美味い」

「……シロクロ熊みたい」

「?? シロ、クロ?」

「外国にいる動物で、竹が好きなんだって。市場でお客様から教えてもらったの。絵を見せてもらったんだけど、虎児の髪の毛みたいに体毛が白いの。体のところどころには黒い毛もあって、とても可愛らしいのよ」

「ガイコクってなんだ?」

「海の向こうにある遠い場所よ。そこにいる人たちは私たちとは違う言葉を話すんだって。不思議ね、同じ人間なのに」

「ふーん……」


 虎児はこうしてユメと話すようになって、つくづく思うことがあった。

 自分は外の世界をまったく知らないのだと。


「ちっとも想像出来ねぇ。違う言葉ってどんなんだ? この蝉の鳴き声みたいなもんか?」

「んー? どうだろう。私も聞いたことないから分からない。ごくたまに卯月の町に観光に来る外国人がいるみたいだけど、まだ会っていないわ」

「卯月の町か……」


 外国どころか、すぐ隣にある卯月の町すら行ったことがない。ユメはそこで、どんな風に商売をしているのだろうか。


「行ってみてぇな」

「本当!?」


 虎児はハッとした。無意識に漏らした独り言だったのだが、ユメが目をキラキラさせて食いついてきた。


「じゃあ虎児も行こうよ! いつにする?」

「ま、待て! 今の無し!」

「嫌よ、無しにしないで! 行けばいいじゃない。私は仕事があるから遊べるわけではないけど、休憩時間に2人で町の様子を見るくらいなら」

「こんな姿で人前に出られるわけねぇだろ!」


 真っ白の長い髪、赤い瞳。毛で覆われた丸い獣耳、鋭い牙。四肢の形は人間と同じだが、他の特徴があまりに通常とかけ離れている。


「髪の毛は確かに目立つわね。そうだ! 短く切ればいいんじゃないかしら? 私がやるよ!」

「え」

「おじいさんに変装するのはどう? お年寄りなら、白い髪でも違和感は無いわ。耳と赤い目は……帽子を被って隠しましょう! ご主人に、要らない着物と帽子を処分するように言われているの。その中にツバの深い帽子があったはずだわ。町に行けば西瓜も食べられるかもしれな、」

「待て待て」


 嬉しそうに話すユメを、虎児は止めた。


「無理だ。……トトに、竹林を出ることは禁じられてるから」


〝あ……〟と、ユメは呟いて、黙った。


 去年の秋。虎児の母親は竹林を出て行った。怒り狂った父親は母親を追いかけ、そのまま両者とも行方知らずだ。


「ご、ごめんね。1人で盛り上がってしまって」


 ユメは申し訳なさそうに謝って、この話題は終わった。

 

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