第17話 夏の町(1)
季節が変わった。竹林のどこにも蒲公英はもう咲いておらず、代わりに蝉の鳴き声が辺り一帯に響いていた。
「うええええ……」
今日もまた商売から帰ってきたユメは、竹林に着くなり座り込んだ。同時にユメの両腕から転がり落ちてきたソレを見て、虎児はギョッとした。
「なんだこのデカくて丸いの!?」
「
「すいか? い、生きてるのか?」
「これは果物……じゃなくて、野菜だよぉ……」
ユメは疲れたように答える。
「うちの常連様から貰ったの。ご主人と奥様に渡してくれって。でも重くて」
虎児は西瓜をじっと見つめる。黒と緑。奇妙な模様。つついてみると硬く、持ってみると確かに人間の娘にとっては重そうだった。
「だからそんなに疲れてんのか」
「うぅ……うわああん、たすけてー」
「仕方ねぇな……」
虎児は片腕で軽々と西瓜を抱える。もう片方の手に持ってあった竹筒をユメに渡す。中身は冷たい湧き水だ。ユメはごくごくと音をたてて飲んだ。
「あぁ、おいしい……。生き返る」
「落ち着いたら、もう行くぞ。ユメ」
「うん。ありがとう、虎児」
ユメが頬を赤くして笑う。額には汗が滲んでいた。
夏になって変わったことはたくさんある。
虎児はユメを「お前さん」ではなく、名前で呼ぶようになった。
ユメは虎児を「虎児さん」ではなく、「虎児」と呼ぶようになった。
最初の頃は、虎児が荷物を持つことを遠慮していたユメだが、今では「たすけて」と素直に頼るようになった。
そして、
「虎児、ただいま」
「……おかえり、ユメ」
ごく自然と、こんな会話をするようになった。
まるでユメの帰る場所は呉服屋ではなく、この竹林であるかのように。
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