第15話 春の夢(第一章 春編 終)

「しまった、長く話しすぎた! 竹林の出口まで走るから、捕まってろよ!」


 そう言うなり、地面を蹴る。

 ユメは〝きゃっ〟と悲鳴をあげながら、虎児の肩を掴んだ。

 約2キロメートルの一本道を、虎児は颯爽と駆け抜けていく。


「と、虎児さん!」

「黙ってろ! 舌を噛むぞ!」

「でも私、提案があるんです!」

「いや、黙ってろって言った瞬間に喋るなよ!」

「お願いします、聞いてほしいんです!」

「なんだぁ!?」

「今までは帰りだけだったけど、明日からは行きも竹林を通っていいですか? そうしたら、1日に2回、話が出来るから! 私、もっと虎児さんと話したい! 友達になりたいんです!」

「!?」


 人間から〝友達になりたい〟と言われる日が訪れるなど想像もしておらず、虎児は思わず足を止めそうになる。


「何言ってんだ! 俺は半妖だぞ!? 友達なんて要らねぇ!」

「人間も半妖も関係ないわ! 私は欲しいわ! 虎児さんが欲しいわ!」

「……!」


 虎児はカーッと顔が熱くなるのを感じた。

 父親からの教えを、ユメがあっさりと打ち砕く。


 しばらく考えてから虎児は、


「……じゃあ、迎えに行くよ」


 静かに、けれどハッキリと告げた。


「お前さんが朝と夕方、竹林を通る頃に、出入り口まで迎えに行く」

「一本道を、一緒に歩いてくれるということ?」


 ユメの声が弾む。


「これまでみたいに立ち止まって話すのではなく、歩きながら話すんですね。そうしたら時間の短縮になるし、いっぱいお話が出来るわ! いつもは数分だったけど、一本道を歩くのはだいたい20分はかかるもの。すごい! やった! そうしましょう!」


 ユメの涙はすっかり乾いていた。

 さっきまであんなに泣いていたのに、今は目を輝かせている。その変わりように、あまりにも嬉しそうな笑顔に、虎児は思わず吹き出した。

 

「笑った……! 虎児さんが初めて笑った! もっと笑ってくれませんか!?」

「え」

「虎児さんの笑顔、可愛らしいわ!」

「なっ!? 男に可愛いとか言うな! ていうかそろそろ黙らないと、ホントに舌噛んじまうぞ!」

「私が黙ったら、虎児さんは笑ってくれますか!?」

「いやいや! お前さんが黙ってるのに俺が1人で笑ってたら変だろう!?」

「じゃあ私も笑います! 一緒に黙って、一緒に笑います!」


 有言実行。ユメはすぐに口を閉ざし、口角を上げた。


「……お前さんは本当に、おかしな娘だなぁ」


 虎児は呆れたように言って。

 それから、笑った。

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