第14話 春の夢(14)
「私のお母さんは病気で死んでしまった。その後は親戚の家をたらい回しにされて、最後に呉服屋に来たの。私はどこに行っても、厄介者でした。……お前の母親は卑しい
「〝メカケ〟?」
虎児はその言葉の意味が分からなかった。
「呉服屋の旦那さまの愛人だったんです。お母さんは若い頃から呉服屋に奉公していました。その時に旦那さまと恋に落ちて、密かに付き合っていました。でも旦那さまと奥様の婚約が決まって、身を引いたんです。すでに私を身籠っていたけど、1人で育てていこうと決めたそうです。……でも流行病で亡くなってしまった。親戚たちは〝自分の娘なのだから責任を持って引き取れ〟と、旦那さまに詰め寄りました。そして私は呉服屋の奉公人として雇われることになりました」
「そうか。だから奥様は、お前さんに冷たかったんだな。お前さんを叩くんだな」
ユメの頭がコクンと縦に動いたのを、虎児は胸の辺りで感じる。
悲しくなった。
どうして、ただ生まれてきただけのユメが責められるのか。
命など、選べないではないか。どうしようもないことだ。
何か言ってやりたかったが、何も思い浮かばない。せめて、抱き合っているユメをもっと強く抱きしめたいとも思ったが、半妖の力は強すぎてユメを傷つけるかもしれない。
全ての現実がやるせなくて、自分の無力さが悔しくて、虎児は歯を噛み締めた。
「だけどね、虎児さんに会ってから、私は毎日が楽しくなりました」
「……え?」
「だって私の話を聴いてくれるでしょう。私が話したことを覚えていてくれるでしょう。私が〝前髪が伸びて困っている〟と言ったら、数日後には〝まだ切ってないのか〟と言ってくれたでしょう。虎児さんはいつも私の話の続きを待っていてくれる。……私、まるで自分が〝物語〟になったような気持ちになったわ。私の物語を聴いて、待ってくれる人がいる。それがすごく嬉しかった。貴方に救われたのは私の方です」
(救った? 俺が……?)
人間を怯えさせることしか出来なかったのに。
「虎児さん、ありがとう。私、この竹林を通って良かった」
〝虎児。人間に期待をするな。所詮、妖怪と人間は何もかもが違う〟
〝お前さんの母親が良い例だ。こうして何年も同じ場所で過ごしているのに、あいつは妖怪の儂を忌み嫌い、半妖のお前さんを愛さねぇ。妖怪と人間は分かり合えねぇ〟
(トトはいつもそう言っていた。でも、でも……)
この娘は……。
「う、うわあああん!」
「っ!?」
虎児の思考を遮ったのは、ユメの大きな泣き声だった。虎児は驚いてユメを離す。
「って、何でまた泣いてんだ!?」
「うぅ、急に安心して……」
「は!?」
「だ、だって私、虎児さんに嫌われたのかと思っていたから! 3日間も姿を見せてくれないから、もう会えないとも思っていたし! ひっく」
「それは……俺と話してたら、お前さんの帰りが遅くなるだろう!? そしたら奥様に叱られるだろう! 俺はそれが気に掛かって……って、ああーーっ!!」
次に大声を出したのは虎児。焦った手付きでユメの背負子を奪い、自身が背負う。そしてユメを横抱きにした。
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