第13話 春の夢(13)

(好き? 俺が? 人間を?)


 半妖の弱点だと教えられた胸が、両手で鷲掴みにされたように苦しくなった。


(いや、そんなわけねぇ。俺は今まで、人間を嘲笑ってきた。俺のことを見て、驚いて、慌てて逃げていく奴ら。面白おかしくて仕方なかった)


 そうだ、みっともなく逃げていく。

 いつもそうだ。

 


(……あれ? そもそも俺はどうして、用事もないのに人間に声をかけている?)


 昔は、人間が竹林を通っても放っておいた。

 人間に構うようになったのは、両親がいなくなってからだ。


(……あぁ、そうだ。思い出した)


 虎児はそっと口を開いた。


「トトとカカがいなくなって1ヶ月くらい過ぎた頃だった。この一本道を2人の旅人が通ったんだ」



 2人はこんな話をしていた。



〝なぁ、知っているか? 竹という植物は、他の植物とは少し違ってるんだ。ほら、たとえば梅は花を咲かせると実が出来て、そこから種が落ちて、新しい芽が出るだろう。でも竹はな、土の中から直接新しいたけのこが生えてくるんだってよ。そいつが成長して竹林の一部になる〟


〝そう考えたら、この竹林にある竹たちは、みんな家族みたいなものだな。はは。とんでもねぇ大世帯だ〟



 あの日、虎児は生まれて、母親以外の人間に姿を見せた。旅人たちの前に姿を現した。


 案の定、旅人たちは逃げてしまった。


「あの時は……、別に驚せるつもりはなかった。ただ、俺は」

「話をしたかったの?」

「……」


 虎児は俯いた。


「旅人たちの話を聞いたら……俺、どうしようもない気持ちになった」


 嘘か真か分からないけれど、ここに生えている竹たちはみんな家族と言う。


「じゃあ俺だけが他人だ。……トトとカカがいなくなって、このデッカい竹林で、俺だけが仲間はずれじゃねぇか」


 自分は1人なのだと。

 になったのだと、事実を叩きつけられた思いだった。

 いくら仲の悪い夫婦でも、虎児にとっては家族だった。父と母が世界だった。


 孤独というものがこんなにも恐ろしくて暗いのだと、旅人たちの会話によって虎児は知ったのだ。


「お前さんの言う通りだ。そうだ、俺は人間が好きなんだ」


 人間が怯えるのが面白かった。笑えた。

 しかしその後は決まって、虚しかった。器が満たされる時間はほんの刹那だった。


「俺には、こんな方法しか分からねぇ。俺に会えば、みんな逃げちまう。……人間にかまってもらうためには、人間の〝時間を奪う〟しか無かった」


 わざと恐れさせて気を引いたのだ。


 虎児は、ユメの背中に両手を回して抱き返した。


「けど、お前さんは違ったな。最初に会った日は逃げたけど、何度も戻ってきた。頭のおかしい娘だと思ったよ」

「虎児さん」

「俺からじゃなくて、お前さんの方から話しかけてくれるようになったな」



〝こんにちは。今日も通らせてもらっています〟


〝よく見て歩けば、道にはたくさんの花が咲いているんですね。あなたが教えてくれるまで、気が付かなかったの〟



 一字一句間違いなく、虎児の耳に刻まれていた。

 それほど衝撃的な出来事だった。


「お前さんは、俺が奪わずとも、与えてくれたな」


 ありがとう。


 虎児は自然に、息をするように、ユメに礼を言っていた。


「……私も同じです」


 ユメを見ると、涙はもう止まっていた。


 

 

 

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