第11話 春の夢(11)
いつもの無愛想な声とは様子が全く違っていた。怒りや嫌悪など、いろいろな感情を宿している。
「ひっ、何だ!?」
男たちはユメから手を離して後ずさった。先ほどまで浮かべていた下品な笑みは失せ、サーッと青ざめている。
その、まるで化け物でも見たかのような反応に、ユメは自身の背後に立つ者が誰なのかを確信する。
「ま、まさかあいつが〝竹の怪〟じゃねぇか!?」
「馬鹿言え! あれは商人どもが流してる噂話だ!」
1人が震えながら言うと、もう1人が必死に否定した。
「じゃあ何なんだよ、あの気色の悪い姿は!?」
「俺が知るか!」
『失せろ』
たった3文字の発言が、男たちを黙らせた。
男たちは考える。この不思議な声は何だ、と。相手の口は閉じたままなのに、声だけが響いてくる。頭皮を剥がされ、頭蓋骨を割られ、脳に直接命令されるような錯覚がする。
異変は続いた。
竹が、笹の葉が、地面を飾る落ち葉が、一斉にざわめき始めた。風など一切吹いていないのに、竹林全体が騒々しくなってゆく。竹林で羽を休めていた鳥たちが、慌てたように曇り空へ飛ひ出していった。
これら全ての異様な状況は、否応なしに証明していた。
この者の正体は。
((竹の怪だ……っ!))
〝噂〟は、噂ではなかった。
『この娘に2度と近づくな』
再度の警告。
全く瞬きをしない赤色の双眼。
宙に揺らめく白髪。
彼とユメの周囲を渦巻く笹の葉。
男たちは目と唇を、限界まで開けた。
「「うわああああっ!!」」
皐月の町の方へ逃げていく。我先にと急ぐあまり、何度か転んで、せっかくの上等な着物を汚していた。無様な後ろ姿が完全に見えなくなると、竹林はようやく静寂さを取り戻した。
同時に、ユメの肩から柔らかな温もりが失くなる。自由になった体を振り向かせる。すると今度こそ、思い描いた通りの存在が目の前に立っていた。
「虎児さん……!」
ユメは虎児の胸に抱きついた。
「お、おい」
聞き慣れたぶっきらぼうな声が、上から降り注いでくる。男たちにしたような不思議な喋り方ではなく、ユメには本当の虎児の声で話してくれる。
「うわああああん!」
ユメは泣いた。
男たちが怖かった。もし虎児が現れなければ、どんな酷い目に遭っていたか。
虎児が助けてくれた。3日も会えなかった虎児が来てくれた。会えた……!
いろんな感情がごちゃ混ぜになって、涙が止まらなかった。
「ありがとうございます! 本当にありがとう!」
「お、落ち着けよ。もうあいつらはいねぇ」
「うぅ……っ!」
「大丈夫。大丈夫だから」
「虎児さん、虎児さん……っ」
ユメは呉服屋や奥様のことなどすっかり忘れていた。今はただ、虎児にしがみつくことしか……離さないことしか考えられなかった。
どれくらい、そうしていただろうか。
「……俺はこういう時、どうしたらいいんだ?」
不意に、虎児が独り言のように呟いた。
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