第10話 春の夢(10)
(男の人の声!?)
ユメの胸が期待で高鳴ったが、それはたったの一瞬だった。
声がしたのは竹林の中ではなく、外からだった。そして振り返った場所に立っていたのは思い描いていた存在とはまったく違う、2人の若い男。
ユメより少し年上だ。良い身なりをしていて、一目で坊ちゃんだと分かる。
何故か、ユメを見ながらニヤニヤしていた。
「お前、卯月の商人だろう?」
男のうちの1人が訊いてくる。
ユメは分かった。彼らは、皐月の町の住人だ。どこかの富豪の息子たちだ。
「市場で反物を売っている娘だろう?」
「俺らを覚えているか? お前の店の品は買ったことないけど、お前の近くをよく通っているんだぜ?」
大勢の富豪と商人で賑わう市場で、常連でもない人の顔をユメが覚えているはずがない。
どう答えていいものか悩んでいるユメに、2人はズカズカと近寄ってきた。それからユメの頭の白い頭巾、髪を纏めていた紐を勝手に外してくる。暴挙に驚く暇もなく、解かれた黒い髪は腰の辺りまで落ちていく。
「ほら、俺の言った通りだろう? こいつ、よく見るとそこそこ可愛いぜ」
「本当だ。これはいい」
ゾッと悪寒がした。彼らに後をつけられていたのだと、やっと気がついた。
「ほら来いよ」
1人はユメの二の腕を、もう1人はユメの手首を掴んでくる。
ユメは力一杯に暴れた。
「やめてください!」
「安心しろよ。金なら払ってやる。お前は奉公人だろ? 金が欲しいんだろう?」
「イヤ! 要らない!」
「意地になるなって。ところで、ここはいいなぁ。竹林を怖がって誰も来ない。ゆっくり出来るぜ」
男たちの言葉は、ユメを恐怖のどん底に突き落とす。自分がこれから何をされようとしているのか、女の勘が告げてくる。
逃げなければ。
だけど小柄なユメ1人では、男たちにはどう足掻いても敵わない。踏ん張っていた足がとうとう土から離れてしまう。
(助けて……!)
誰か。
誰か。
(虎児さん!!)
瞬間。
ふわりと。
何かに包み込まれる感覚がした。
ユメの意図に関係なく、体が勝手に動かされる。しかしそれは男たちに引っ張られる乱暴さとは真逆の、優しく引き寄せる力だった。
背後から、そっと抱きしめられた。
何が何だか分からないでいると、
『こいつに触るな』
低く恐ろしい声音が、竹林に響いた。
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