第3話 春の夢(3)

 虎児はわけが分からなかった。


 翌日も、翌々日も、例の娘は竹林にやって来た。その度に虎児は髪留めを渡そうとして、その度に娘は叫んで逃げてしまう。


 虎児はこんなに何度も同じ人間に会ったことが無く、どう対応すればよいのか困ったが、娘と出会ってから6日目になると困惑は苛つきに変わっていた。


(こいつ、どういうつもりだ!?)


 なのでとうとう7日目の夕方に、


『いい加減にしろ!』


 虎児はとうとう娘を追いかけて、追い越して、両腕を広げて通せんぼをした。

 

『いつもいつも勝手に来て、勝手に逃げて! お前さんは一体何なんだ!?』


 娘の肩がビクッと震えた。表情が強張り、二重瞼の黒い瞳は揺れている。ついさっきまで走っていたので酸素が足りないのか、それとも何かを言おうとしているのか、口はパクパクしている。


『答えろ!』

「……」

『人間はな、俺の姿を見たら金輪際、竹林には近寄らねぇんだ! お前さんだって俺が恐ろしいんだろう? この姿がおぞましいだろう!? だから話も聞かずに逃げるんだろう? なのに何で毎日来るんだ!?』

「……うっ」

『〝うっ〟?』

「うええええん! ごめんなさいぃぃぃ!!」


 虎児はギョッとした。娘が両手で顔を覆って泣き出したからだ。


『お、おい?』

「うわああああん!!」


 虎児はうろたえる。

 竹林で見かける人間は大人の男ばかりだった。男たちが泣いてもどうとも思わなかったのに、自分と同じ年頃の娘が大声で泣くと、何故か気持ちがザワザワした。


(えっと、こういう時はどうすればいいんだ? ああ、くそ! 父親トト母親カカもいないから訊けねぇよ!)


 虎児は辺りを見渡した。この状況をどうにかする方法を自分の〝内〟に見つけられず、無意識に〝外〟へと手段を求めた。

 すると、娘の斜め後ろで、とある物を見つけた。


「み、見ろ!」


 術で脳内に話しかけるのではなく、虎児自身の声を喉から出す。


「ほら、あそこ! 蒲公英たんぽぽが咲いてるぞ!」


 ひっくひっくと嗚咽を漏らしていた娘が、虎児が指差す方に、ゆっくりと振り向いた。


 そこには小さな黄色が2輪、寄り添うように並んでいる。

 髪留めに花の飾りが付いていたから、この娘は花が好きなのではないか。花を見たら気が紛れるのではないか。虎児はそう思いついたのだ。


「……か」


 娘は蒲公英を見ながら、


「かわいい……」


 呟いた。

 虎児は大袈裟に首をぶんぶんと縦に振る。


「そうだろう、可愛いだろう? だ、だから泣くな!」


 言ってる内容はめちゃくちゃだった。

 けれど、娘の泣き声はおさまった。

 虎児はとりあえず安心し、自分の羽織の袖を指で。そして涙で濡れた頬を拭いてやった。

 娘がハッと息を呑んだのが伝わってくる。


「……んだよ。俺みてぇな化け物に触られるのは嫌だったか?」


 昔、母親がこうして虎児を慰めてくれたことがある。それを思い出して真似してみたのだが……。


(気持ち悪いと思われたか?)


 しかし、


「誰かに涙を拭いてもらったの、すごく久しぶり……」


 娘の口から出てきた言葉は予想をまったく外れたものだった。

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