第2話 春の夢(2) 

 息を潜めて、娘が来るのをじっと待つ。

 草履が土を踏みしめる音がすぐ近くまで聞こえるようになると、


『よぉ』


 さっきの男たちにしたように、虎児は娘の脳内へ語りかけた。


 娘の足が止まった。声がどこから聞こえたのか分からず、周囲を見回す。

 前、左、後ろ、それから最後に右へ……虎児がいる方へと向いた。


『珍しいな。お前さんみたいな娘がここを通るなんて』

「……」

『肝試しでもやらされてんのか?』

「……」


 娘は何も言わない。竹と竹の間に胡座をかいて座る虎児を、黒い瞳に映したまま微動だにしない。


 シンと、場が静かになった。1秒、2秒、3秒と沈黙が重なっていく。10秒を過ぎると、虎児は痺れを切らした。

 

『おい、黙ってねぇで喋れよ』

「きゃああああーーーーっ!!!!」


 娘が口を大きく開けて悲鳴をあげた。無表情だった顔を真っ青に染め、瞬きすらしなかった目に涙が浮かべて。

 そして娘は弾かれたように走り出し、あっという間に卯月の町に向かって消えていった。


「……。なーんだ。見た目通り、ビビりの女かよ」


 しらけた。一気に娘への興味が失せる。


 すると、足元に細長く光る物を見つけた。

 

「あぁ? さっきの娘の落とし物か?」


 拾ってみると、小さな花の飾りが付いた髪留めだった。かなり年季が入っており、花弁の一部の色が剥げている。


「……そういえば母親カカもこういう物を持ってたなぁ」


 髪留めを袖の内側に入れて、虎児は今度こそ寝床へ帰っていった。









 翌日の夕方。

 虎児は我が目を疑った。


(間違いねぇ、昨日の娘だ!)


 人の気配がしたので一本道まで行くと、髪留めを落とした娘が歩いていた。昨日と同じく忙しない足取りで、皐月の町から卯月の町へ向かっている。


 虎児に会った者は、2度と竹林を通ることはない。同じ人間を再び見るのは初めてのことで、虎児はとても驚いた。


『おい』


 呼び止めると、娘はやはり昨日と同じく立ち止まった。虎児は一瞬で娘のそばに移動する。


『お前さん、昨日……』

「きゃああああーーーーっ!!!!」


 娘は最後まで聞かず、逃げていった。


(……はぁ!?)


 何もかもが昨日と変わらない娘に、虎児は立ち尽くした。


(何なんだ!? あいつ、今日もまた泣いてたぞ? 結局は俺が怖いのか? じゃあ来るなよ!)


 頭の中に様々な感情が渦巻く。


「……返してやろうと思ったのに」


 虎児は手のひらに視線を落とした。そこにあるのは持ち主に置いていかれた髪留め。それを抱きしめるように、虎児はそっと指を曲げた。

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