人間のふりをした化け物(後編)

「こんばんは。お客さんですか?」


 声をかけたが、返事は無かった。

 代わりに、相手は戸を再びゆっくりと動かし始める。徐々に露わになった相手は、黒色の羽織を着ていた。背は朔太郎よりも低い。頭から肩にかけて大きな布を巻いているせいで顔立ちは分からなかった。


「こんばんは」

「……こ、こん、ばんは」


 もう一回言ってみると、今度は返事があった。何故かきごちない口調だ。


「うちの店に何か用ですか?」

「あ、あぁ。お前さんが〝師走の萬屋〟で合っているか?」

(ガキか)


 声は低いが、話し方が幼い。歳は10代後半頃だと朔太郎は予想する。

 さらに、


(こいつ、人間じゃねぇな)


 と、直感した。

 少年は姿形こそ人と変わらないが、纏う気配が明らかに異質なのだ。普通の人間ならば騙せるだろうが、妖怪退治を何度も引き受けてきた朔太郎の鼻は誤魔化せない。

 この少年は間違いなくあやかしの類だ。


(今日はおかしな夜だな)


 女に〝人間のふりをした化け物〟と罵倒されて振られた。

 直後、現れた。


(俺の場合は比喩だが、こいつは違う。本物だ。化け物が人間のふりをしてやって来た)

 

 朔太郎はふわりと微笑んだ。


「えぇ、合っていますとも。外は冷えるでしょう。あちらに座ってくださいな」


 促すと、少年は中に入ってきた。店内をキョロキョロと見回しながら、朔太郎が指差した椅子に座る。


「少々お待ちを。お茶を淹れますね」

「い、いや、何も要らない」

「そうですか? ではさっそく依頼を聞きましょうか?」

「噂で聞いたんだが、お前さんは何でもやってくれるんだよな?」

「はい。代金さえ、きちんといただければ」


 たとえ依頼人が化け物だとしても……と、心の内で続ける。


 ジャラリと金の音がした。少年が羽織の内側から林檎ほどの大きさの布袋を取り出して、机の上に置いている。

 

「俺は辺鄙へんぴなところに住んでて、お金のことがよく分からねぇんだ。なぁ、これだけあれば足りるか?」

「金額は依頼によりますね。どんな内容ですか?」

「俺を殺してくれ」


 その瞬間。


 壁時計の鐘が鳴り響いた。


 閉店時間の21時になった。

 

 朔太郎は椅子に腰かけ、少年と真正面に向かい合う。

 

「俺を殺してくれないか?」


 少年は繰り返す。

 

「この胸を貫いてくれ。そうすれば俺はすぐに死ぬ」


 朔太郎は柔和な笑みを崩さないまま、改めて思った。

 本当におかしな夜だなぁ、だと。

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