第5話 面影の花束

雲心月性

面影の花束



 花は何故美しいか。一筋の気持ちで咲いているからだ。


           八木 重吉










 臆病者の目には敵は常に大軍に見える。


           織田 信長
































 第五話【面影の花束】




























 「やっぱりすみれちゃんが出ない」


 「またか。別にいいだろ」


 「良くないだろ!!すみれちゃんに何かあったのかもしれない!!!タカヒサ!!お前もすみれちゃんにかけてみろ!!」


 「は?」


 タカヒサはスマホなどといったものを持たない傾向にあった。


 しかし、連絡を取るのが大変だからと、わざわざ誠人が用意したのだ。


 それでもタカヒサはスマホに触れることはほとんどなく、きっと充電もまともにされていないだろう。


 それを知っているからか、誠人とすみれはタカヒサの家に来てはスマホを探し、充電をしているのだ。


 なぜなら、タカヒサはトレジャーハンターには絶対にスマホを持って行かないと知っているからだ。


 「おい、勝手に・・・」


 「あった!!」


 やはり常備していないスマホを見つけると、そこに載っているたった2人の名前のうち、すみれの名前を選択する。


 それでもすみれは出ない。


 「やっぱり何かあったんだって!!タカヒサ!!すみれちゃんを探しに行こう!!」


 「おい、俺は銃の手入れ・・・」


 「そんなもんよりすみれちゃんだ!!」








 そんなこんなで、すみれを探し始めた。


 とはいえ、すみれが普段どこで何をしているかなんて知らないはずだったのだが、誠人の情報能力はすごかった。


 すみれが通う服屋も靴屋も、食事をするところも友人の家も、なんでそんなことまで、と思う様な場所まで知っていた。


 それでもすみれは見つからなかった。


 「何処行っちゃったんだー、すみれちゃん・・・」


 愕然と項垂れながらタカヒサの家に戻ったとき、誠人のスマホが鳴った。


 そこにはすみれの名があった。


 「すみれちゃん!?心配したよーー!!」


 「メールだろ」


 電話かと思って出てみたら、メールだった。


 そこには、こんなことが書かれていた。


 【野崎すみれは預かった。返してほしくば、ドロイの七道具と交換だ】


 「すみれちゃーーーーーーーーーん!!」


 そして勢いよくタカヒサの胸倉を掴むと、泣いているのか怒っているのかなんの感情かよく分からない顔で叫ぶ。


 「タカヒサ!!!さっさとあんな変なおっさんの絵とか変なもんなんて渡せ!!!そしてすみれちゃんを俺のもとへ返してくれ!!!」


 「俺が共犯者みたいな言い方するな」


 「すみれちゃん!!!変なことされてないかーーー!!」


 「・・・・・・」


 七道具を戻せというのはどういうことだろうかと、タカヒサは冷静に考えていた。


 そもそも、あまり世には知られていないもののはずであって、それでいてタカヒサたちが持っていることを知っているとなると、予想出来る人物は1人。


 あの七道具を彼らに渡した張本人だ。


 「新ヶ尸落ち着け」


 「落ち着いてられるか!!!」


 「道具を返せってことは、道具の使い道まで知ってやがるってことだ。渡せばまたあの連中みたいな奴らが出てくるんだぞ」


 「すみれちゃんの命には変えられない」


 「あいつはそう簡単にやられる魂じゃねぇから安心しろ。多分命令しながら生活してるだろうよ」


 「すみれちゃんは大人しくて人見知りな子なんだ!!そんなこと出来ない!!」


 「・・・お前の目に映ってるすみれは多分別人だな」


 未だわーわー言っている誠人をなんとか落ち着かせると、タカヒサはリュックをもう一つ用意し、そこに非常食や飲み物を入れ始めた。


 それをぼーっと見ていた誠人だが、タカヒサが立ち上がって2つのリュックを持つと、なぜか勢い余った一緒に立ちあがった。


 「あ、えっと、どっか行くのか?」


 「・・・お前に会わせてやるよ」


 「は?」








 「かっけぇ!!!!」


 以前、タカヒサをノリ気にさせるために買った、届いたばかりのバギーを乗りこなすタカヒサと、後ろで叫ぶ誠人。


 でこぼこ道を上って行くと、ぽつん、とそこに小屋が立っているのが見えた。


 「なんだあの小屋」


 「知恵を借りようと思って」


 「知恵?」


 わけが分からずも、バギーから下りて歩いて行くタカヒサの後を着いて行く。


 タカヒサはドンドンと強めに戸を叩くが、中からは何も聞こえない。


 それでもタカヒサは遠慮なく扉を開けると、そこから急に包丁が飛んできて、タカヒサはひょいと避け、その後ろにいた誠人の頬を掠めた。


 滅多なことでは驚かない誠人だが、さすがにこれには顔を引き攣らせた。


 そんなことも気にせずに小屋に入って行くタカヒサは、リュックを置くといきなり両膝を曲げて頭を下げた。


 「!?」


 何が起こっているのかさっぱりな誠人を他所に、タカヒサはこう言う。


 「お久しぶりです。不躾ながら、知恵をお借りしたく参りました」


 普段ならば絶対に聞くことのないタカヒサの敬語に、誠人はその向こう側にいる男に目を向ける。


 男はゆったりとした浴衣姿で出てきて、タカヒサを見たあと誠人を見て、そして口に咥えていた煙草の煙を吐き出した。


 「隠居した俺に何の用だ」


 男の声が聞こえると、タカヒサは顔をあげてリュックの1つを開け、その中に入っているあの道具を並べた。


 男は顔色一つ変えずにそれらを眺める。


 「・・・待ってろ」


 そう言うと、男は静かに奥の部屋に入って行った。


 タカヒサは戸を閉めると、もう一つのリュックから食料を取り出して献上品のように並べる。


 不可解な行動にしか見えないそれに、誠人はタカヒサに尋ねる。


 「なあ、あいつ誰?」


 「俺の師匠」


 「師匠!?このご時世に師匠!?どういうこと!?」


 「元トレジャーハンター、通称“鬼”。ここまで言えば分かるか?」


 「鬼って・・・聞いたことあるけど、まさかあのおっさんがか?」


 「超怖ぇからな。絶対に怒らせるんじゃねえぞ」


 それからしばらくすると、男は黒い服に身を包んで戻ってきた。


 「誠人、俺の師匠の」


 「ザンギだ。お前は新ヶ尸のガキだな。性悪女はどうした」


 「え、なんで俺達のこと知って」


 「なんだ、お前自分達が何て呼ばれてるかも知らねえのか」


 まあいい、と適当に流すと、ザンギは先程タカヒサが並べたそれらを眺める。


 短い黒髪に顎鬚の男は、傍から見れば普通のおじさんであって、それでいて背は高い。


 タカヒサもなかなかの高身長だが、そんなタカヒサよりもでかいこのザンギという男は、一時伝説になったトレジャーハンターだという。


 「何処でこれを手に入れた?」


 「それが、数人のところにありました。共通点などもなく、それを配ったと思われる奴に、すみれが捕まっていて、こいつがおかしくなってる状況です」


 「成程な」


 すみれと引き換えに全て返せと言われていることも話すと、ザンギは新しい煙草に火をつけようとして、止めた。


 「吸わないんですか」


 「ああ、1日3本までって決めたんだ。ラストは寝る前だな」


 「それで、ドロイの七道具を知ってる者自体少ないというのに、返せと言ってくるそいつは何者かと思いまして」


 「ああ、そりゃ、ドロイの子孫だろ」


 あっけらかんというザンギに、口を開いたのはタカヒサではなく誠人だった。


 「子孫なんているのか!?だって、関わった女はみんな死んだって言ってなかったか!?」


 「確かに、女どもは死んだな。だが、それは表上関わったと知られている女のことだ。ドロイ自体、関係を持った女は山ほどいるからな。そのうち何人かが孕んで子供産んでてもおかしくはねえ」


 「ど、どこ情報だ?それ」


 「あ?新ヶ尸のガキが、生意気に俺の情報を疑うのか」


 「そういうわけじゃ」


 すると、ザンギはタカヒサが持ってきた非常食に手を伸ばした。


 そしてそれを一口咥えると、タカヒサの方を見る。


 「前のよりはマシだな。だが、俺に持ってくるなら新鮮な生肉持って来いって言ってるだろ」


 「すみません。生憎、それしか用意出来ず」


 「それより、そのドロイの子孫のこと教えてくれよ。すみれちゃんが危ないんだ」


 「性悪女がどうなろうと知らねえが、相手はお前らと相反する性格だぞ。感情に流されちゃ、思うつぼだ」


 ザンギの言葉に、誠人はひとまずタカヒサの非常食を食べて落ち着く。


 それはザンギへの献上品だとタカヒサに叩かれたが、そんなこと気にしている場合ではないのだ。


 「ラウラ=マロウ=アル=チェスタ。父親からの虐待で右目はほとんど見えてない。見た目はネイビーの短髪。それほど特徴があるわけじゃねえ。ただ、人間には興味があるみたいだ」


 「興味・・・?」


 「他人を怒らせたり、言葉巧みに騙したり、そういうのが上手い奴らしい」


 なんだそりゃ、と思った誠人だが、タカヒサは別の献上品があることを思い出してそれをザンギに差し出す。


 するとザンギはそれを受け取り、それ以上ラウラのことを話すことはなかった。


 「おいタカヒサ、大事なとこだぞ。何渡したんだよ」


 「日本酒」


 「日本酒!?お前、酒なんて飲んだっけ?」


 「飲まない。この為に買った」


 それに、と続けると、タカヒサは並べていた七道具をリュックにしまい始める。


 「情報なら充分貰った。あとは新ヶ尸、お前の領域だろ」


 「・・・なんだそれ。まあ、確かにな。すぐに居場所ぐらい突きとめてやるってんだよ」


 「なんだ、帰るのか」


 御猪口を持ってきたザンギは、日本酒を注いでくいっと飲む。


 真剣な話が終わったからなのか、すでに浴衣に着替えてきたところを見ると、着つけも自分で出来るようだ。


 いや、浴衣とは言っても一枚ぺらっと着ているだけのため、着つけというほどでもないのかもしれないが。


 少し肌蹴たそこからは、タカヒサのように逞しい胸板が見える、なんて言ったら、きっとザンギからは白い目で見られるだろう。


 「新ヶ尸のガキ」


 「なに」


 「あんまり変なことに首突っ込むと、てめぇが危ない目に遭うぞ」


 「分かってる。俺だって仕事は選んでるんだよ」


 そう言って誠人が扉を開けて出て行き、その後ろをタカヒサがお辞儀をして出て行こうとしたとき、名前を呼ばれる。


 「タカヒサの坊主」


 「・・・その呼び方は止めてください」


 「悪ィ。昔のお前じゃねえもんな。無茶はしねぇ程度に、しっかりやれよ」


 「・・・はい」


 ほれ、と言ってザンギがタカヒサに何かを投げてきた。


 それを受け取って見ると、ザンギが昔身につけていた手袋だった。


 「どうしようかと思ってたんだ。処分すんのも面倒でよ。お前にやるよ。いらなかったら棄てりゃいい」


 黒い手袋だが、指先を出すことも出来る機能がついているもので、ときには手甲の役割もあり、吸水性もあるため、汗も拭える。


 また、洗濯機で洗えるのが良い。


 「あ、ありがとうございます!!」


 バギーのところで待ってた誠人は、手袋を大事そうに持っているタカヒサの顔が、いつもより随分と嬉しそうなのがなぜだろうと思った。


 バギーに乗り込むと、タカヒサはすぐにその手袋をつける。


 「早く乗れ。行くぞ」


 「さっきまでの可愛いお前に戻ってほしいよ」


 バギーで去って行く誠人とタカヒサを、ザンギは御猪口を片手に眺めていた。








 ザンギのもとから帰ってきた誠人とタカヒサは、早速準備に取り掛かる。


 とはいっても、誠人はザンギから聞いた名前や特徴を頼りに、ラウラの居場所などを突き止めることに専念する。


 一方のタカヒサは武器の手入れだけでなく、バイクの方もメンテナンスに入る。


 あとは、誠人がどれだけの時間で情報を得られるか、というところにかかっていたのだが、そちらの心配はなかったようだ。


 何せ、丸一日も使うことなく、誠人は居場所を割りだしてきたのだから。


 「・・・・・・」


 「これですみれちゃんを助けに行ける!!よくやった!俺!!」


 「・・・・・・」


 「待っててねすみれちゃん!!今すぐに俺が助けに行くからね!!」


 「新ヶ尸、お前どこで情報収集してたんだ?」


 タカヒサがこう思うのも仕方なかった。


 なぜなら、いつもなら身なりを気にしている誠人の髪の毛や服には葉っぱや泥、小枝やゴミがついていたのだから。


 それでも誇らしげにしている誠人に、とりあえずそのままバイクに乗せたくないからと、シャワーを浴びさせた。


 「一刻も早くすみれちゃんを助けに行かないと!一分一秒も惜しいんだ!シャワーなんか浴びてる場合じゃない!」


 と誠人は言っていたが、そのままの格好ですみれを助けたところで、すみれは汚い目でお前を見るだろうと言ったところ、迷った挙句、物凄く迷った挙句、シャワーを浴びた。


 そしてラウラのいるところまですっ飛ばせと言ってきた誠人に半ば呆れながらも、タカヒサはバイクを飛ばした。








 その頃、すみれはおろしうどんを啜っていた。


 「ん、さっぱりして美味しい」


 「やっぱりこの季節はおろしだね。かきあげも作ろうと思ったんだけど、さすがに暑くてね」


 「いいのよ、油ものは控えてるから」


 ラウラと平然とお話をしながら食事をしているすみれは、至って普通だ。


 緑の短髪の男、ラウラは、すみれと向かい合って食事をしている。


 「それにしても、どうして私達のことを知っていたの?」


 「君たちのことは調べさせてもらったよ。俺が折角あいつらに渡した道具を、回収しちゃったんでしょ?だから返してもらわないとね」


 「なら、こんな回りくどいことせず、直接言いにくればいいじゃない」


 「それじゃつまらないよ」


 「?」


 「俺はね、人が狂うところを見るのが好きなんだ。人が人を憎み、愛し、殺す。とても美しい感情だと思うんだ。こんな俺を、君の相棒たちは赦してくれるかな?」


 「・・・あなた、何者なの?」


 すみれが、鋭く尋ねる。


 腕組をし、足も組んでラウラと向かい合うと、ラウラは頬杖をついてニッコリと笑う。


 「それはきっと、君の相棒くんがもう突きとめてるだろうね」


 「・・・ドロイの七道具自体、誠人でさえあまり知らなかったもの。それを知ってるなんて、あなたドロイの関係者?それとも近親者かしら?」


 「俺はね、頭の回転が速い女は嫌いじゃないよ」


 「あら嬉しいわ。私もミステリアスな男は嫌いじゃないわ」


 互いに腹の探り合いのような時間が過ぎて行く。


 どれほど時間が経った頃だろうが。


 インターホンが鳴る。


 何度も何度も鳴り続くインターホンに、ラウラはようやく腰をあげる。


 そして扉を開ける瞬間、自らの身体も扉と同じようにして横にする。


 「わっとと・・・!!」


 開いた瞬間に蹴りを入れようとしていた誠人は、勢い余って前のめりになってしまった。


 後ろからは荷物を背負ったタカヒサが立っており、無遠慮に中に入ってくる。


 「やあ、待っていたよ。どうぞ中に。彼女も待ってるよ」


 「すみれちゃーーーん!!!」


 一目散にすみれのもとへと向かってしまった誠人を眺めていたタカヒサは、玄関を閉めるラウラにも視線を移す。


 タカヒサの睨みにも似たその視線に、ラウラはただにこやかに微笑み返した。


 そしてタカヒサを案内すると、そこではすでに、誠人はすみれに抱きつこうとしており、すみれは誠人を引きはがしているところだった。


 「ちょっと、見てないでどうにかしなさいよ」


 「すみれちゃんそれはないよ!!俺頑張ったんだよ!!住所不定のこいつの居場所を突き止めるの、メチャクチャ頑張ったんだよ!!」


 「あー、もう。はいはい、ありがとね」


 「すみれちゃん!それってもしかして告白!?こんなところで大胆だなぁ」


 「で、タカヒサ。ちゃんと持ってきたの?」


 「偉そうに言うな。やっぱり思った通り、別に監禁されてたわけじゃねぇな」


 「されてたわよ。この家から出られなかったんだから。美味しい食事も気持ち良いお風呂もフカフカのベッドもちゃんといただいたけどね」


 「そらみろ。全然じゃねえか。おい誠人、さっさとずらかる・・・」


 その時、ひゅん、と何かが走った。


 飛んできた方向を見てみると、まだにこやかに微笑んでいるラウラが、3人に銃を向けていた。


 「さあ、約束だ。俺のソレ、返してもらおうか」








 「タカヒサ、なんで返さないのよ。そんなの持ってても仕方ないじゃない。金にもならないのに」


 「すみれちゃん、俺とタカヒサで話しあったんだよ」


 「何を?」


 誠人はすみれの前に出ると、ラウラに向かってこう言った。


 「渡さねえことにした。そんなもんが世にあるから、あいつらみてぇな人間が生まれるんだからな」


 「ちょっと、正気!?あんなもの」


 「すみれ」


 「・・・!」


 いつものお茶らけた様子とは違う誠人に、すみれはぐっと言葉を飲み込む。


 「確かにタカヒサのリュックん中には、ドロイの七道具が入ってる。だけどな、こういうのを世に放ったままにしておくわけには行けねえんだよ」


 「立派な考えだけど、俺にとってそれは形見のようなものだ。それでも返してもらえないのかな」


 「悪いな。そう決めたんでな」


 「・・・残念だよ」


 誠人たちの会話からして、やはりこのラウラという男は、ドロイの関係者だったことには間違いないと、すみれは確信する。


 それに、確かにこの道具の能力を考えると、このままこの男に返すのは止めた方が良いということも分かっている。


 しかし、ラウラという男、狂っていることだけは分かっている。


 何しろ、誠人たちがここに来るまでの間、すみれを助けに来たら、誰から解剖するとか、どの臓器が一番売れると思うとか、目玉をくりぬいても人は生きていられるのかとか、そういう話ばかりをしていたのだから。


 「ねえ、誠人・・・」


 その瞬間、数発、また銃声が鳴る。


 この家は防音なのだと、言っていた。


 銃弾がすみれの方に駆け寄ってくると、誠人がすみれの身体を包み込み、くるっと身体を反転させる。


 タカヒサはリュックを下ろし、同じように銃を構える。


 「ここはタカヒサに任せよう。はっきり言って、丸腰の俺たちじゃ何も出来ないよ」


 タカヒサはいつの間にか頭にターバンを巻いており、余裕そうに咥えている枝も今はなかった。


 「どうして理解してもらえないのかな?人間の素晴らしい一面だと思うんだ。愛憎っていうのかな?そして芸術に惹かれることも、当然のことだよ」


 「お前のその歪曲した精神を鍛え直してやるよ」


 「生きている以上、君だって誰かを殺したいほど愛したり憎んでるはずだよ。そして時には快楽に浸ることだってあるだろう」


 「生憎だが、俺は新ヶ尸とは違って、そこまで他人に干渉はしねぇんだ」


 「新ヶ尸誠人。知ってるよ。よく俺の居場所を突き止めたよね。もっと時間かかるかと思ってたけど、さすがだね」


 こんなとき、いつもの誠人ならば調子良く褒められたと照れるのだろうが今は違った。


 そんな誠人から視線を外すと、今度はタカヒサの方を見る。


 「タカヒサ、本名不明。銃の腕前も運転の腕前もそこらのプロよりたつ」


 クツクツと喉を鳴らして笑ったかと思うと、ラウラはタカヒサに向けてこう言った。


 「だが君と俺との決定的な違いは、人間を殺すことに戸惑いがあるかないか、だ」


 「!!!」


 タカヒサに向けてではなく、それは無防備で武器など持っていない誠人とすみれに向けられる。


 誠人はすみれの盾になったまま、物影に隠れるように逃げるが、それも逃がさないと言わんばかりに、ラウラは角度を変えて次々に銃弾を撃ち込んでくる。


 「・・・っ!!」


 「誠人、あんた・・・!」


 「すみれちゃん、俺があいつを引き付けるから、その隙にキッチンに逃げて。勝手口あったから、そこから逃げられるよ」


 すみれの位置からははっきりとは見えないが、銃弾は誠人を掠めたか当たったか、とにかく怪我を負ったことだけは分かった。


 普段のすみれならば、ここで「ああそう」と言って、誠人に言われた通りに自分だけで逃げてしまうのだろう。


 しかし、すみれは誠人を睨みつけ、こう言った。


 「ふざけないで。私、足手まといにはならないわよ。それに、怪我したあんたに守ってもらうほど、腐ってないわ」


 「足手まといだとも腐ってるとも、一度だって思ったことないよ。女の子を守るのは男の役目、ただそれだけだよ」


 「そういうの、嫌い。女の方が弱いって言いたいわけ?女だって、戦場へ行った男を待ってるだけじゃないのよ」


 「戦場なの?」


 いつものようにニヘラ、と笑う誠人の頬を抓ると、すみれは少し俯く。


 「・・・・・・」


 それを見た誠人は、すみれの頭に自分の手を置き、そのまますみれの頭を自分の胸のあたりに沈める。


 後ろではきっと、タカヒサが1人でラウラと銃撃戦をしているのだろう。


 激しい銃声が鳴り響く中、誠人はふ、と柔らかく笑う。


 「すみれちゃんのそういうとこ、好きだよ」


 「あんた、こう言う時にそういう・・・」


 「だからこそ、すみれは逃げろ。それに」


 すみれの頭を押さえていた手をどけると、顔をあげたすみれと目が合う。


 何とも言えない優しい笑みを見せたかと思うと、いつものようなニカッとした笑顔になる。


 「嫁行き前の女の子に、傷をつけるわけにはいかないでしょ?」


 何か言おうとすみれが口を開けた瞬間、激しい爆音と爆風が襲う。


 誠人とすみれが隠れている場所から見える位置にタカヒサが避難しており、銃弾の補充をしていた。


 「タカヒサ、どうすんだ?お前、爆弾とか持ってねぇの?」


 「持ってるには持ってるが、威力が強すぎて多分俺達もぺしゃんこになる」


 「どうにかならねぇか、あいつ」


 「どうにかするしかねえだろ」


 ふと、タカヒサは腕時計を確認すると、折角値の張る多少良いやつを買ったというのに、罅が入ってしまっている。


 やれやれと思っていたが、その時、タカヒサはすみれに声をかける。


 「おいすみれ、この家のブレーカーの場所分かるか?」


 「分かるわよ。キッチンにあるわ」


 「ならブレーカー落としてこい」


 「おいタカヒサ、すみれちゃんに危ねぇことさせんじゃねえよ」


 それに自分達も視界を奪われるだろう、と誠人はタカヒサに抗議をするが、タカヒサはそんなこと知ったこっちゃない。


 ごそごそと何かを探す素振りを見せるタカヒサは、誠人の言葉に対し述べる。


 「ブレーカー落とすくれぇ女なら誰でもやることだろうが。ブレーカー落としたら避難すりゃいい。違うか?」


 「・・・まあ、ごもっとも」


 ならさっさと行け、とすみれに指図をするタカヒサ。


 すみれは少々不満げだが、誠人から離れると、再び始まったタカヒサとラウラの銃撃戦の中、影に隠れながらキッチンへと向かう。


 少しの時間ではあったが、この家の間取りなら大体分かった。


 ブレーカーの前に着くと、すみれは特に合図などなく一気に落とす。


 「うわ。何も見えねえ」


 急に視界が真っ暗になり、誠人はとりあえずその場に身を屈める。


 ラウラも下手に動けないだろうと思っていたが、なんの躊躇もなくこちらに向かって発砲を繰り返す。


 すると、いきなり何か大きな物音がした。


 ガラスのようなものが割れたような、その破片は誠人の足元にまで飛び散ってきた。


 かと思うと、「うっ」という小さな呻き声が聞こえてきた。


 それは聞き覚えのあるタカヒサの声に似ていて、誠人はタカヒサの方に駆け寄ろうともしたが、まだ目が慣れず出来なかった。


 以前、タカヒサに暗闇では声や物音を少し出しただけでも、位置を特定できるのだと言われたため、ただ息を潜めて大人しくする。


 すると、ラウラは感覚だけで銃を撃ち始める。


 「ここでみんな仲良く死のうか。俺が丁重に葬ってあげるから」


 家が壊れてしまうのではと心配していた誠人だが、もはや壊す勢いなのかもしれない。


 ―頼むぞ、タカヒサ。


 だが、一向にタカヒサが動いている気配もなければ、ラウラに反撃をしている様子もない。


 ただじっとそこで待つことしか出来ない誠人は、ふと、自分の腕時計を外す。


 そしてライト機能がついているそれのライトをつけると、天井に向けてそれを投げた。


 するとそのライトに導かれるかのようにして、ラウラの銃弾がそちらに向かって行く。


 壊れて行く時計を見ることもなく、誠人は動き出す。


 一旦銃声が止んだ。


 ラウラは銃弾を補充し、慣れてきた目で再び獲物をしとめようと引き金を引いたその時、なぜか自分の指に激痛が走った。


 それと同時に、肩にも痛みが走り、思わず銃を落としてしまった。


 消えていたはずの電気がまた点くと、キッチンからはすみれが姿を現した。


 「・・・いつの間に俺の後ろに回ってた?」


 「お前が馬鹿みたいに無駄に弾を撃ってる間にだ」


 「それだけの装備を身につけて、物音1つ出さずにこの俺に近づいたってのか?」


 ラウラから見て正面の物影に隠れていたはずのタカヒサが、いつの間にかラウラの背後へと回っていたのだ。


 首元に何か大きな眼鏡のようなものがあり、それが暗視用のものだと知ったのは、少し経ってからだが。


 「俺の背後にいながら、どうして俺を撃ち殺さない?」


 「撃ち殺すのが目的じゃないからだ」


 「俺の銃に仕掛けをしたのもお前か?」


 「いや、それは新ヶ尸だ」


 気付けば、誠人もラウラの近くにいた。


 そしてその手には銃弾のようなものが握られていた。


 「この銃弾は暴発するようになってんだ。お前が銃弾を補充するタイミングに、上手く紛らわせたってわけ」


 「お前の改造品ってか。さすがはあのザンギの弟子の男なだけあるな。だが、俺を殺さないのはやっぱり甘いな」


 「なんでザンギ師匠を知ってる」


 「そりゃそっちの世界では有名な奴だからな。それに、お前らのことも甘く見てたよ。てっきり、異名は大袈裟につけたもんだと思ってた」


 「異名?なんのことだ?」


 「それより、俺をどうする心算だ?他の連中と同じように、海底にある牢獄にでも閉じ込める心算か?」


 「・・・・・・」


 どこまで何を知っているのか分からないが、ラウラをこのまま生かしておくわけにもいかず、かと言って大人しく捕まるとも思えない。


 ひとまずラウラを拘束すると、誠人がラウラの前に仁王立ちをする。


 その間も、タカヒサはラウラに銃を向けたまま警戒をする。


 「ロジェとかゴアって名前に、聞き覚えはあるか?」


 「ロジェ?ゴア?」


 「お前がその変な道具渡した奴らが言ってたんだ。そいつは善人じゃないとか、裁きを与えるとか、よく分かんねえんだよ。てっきり最初は道具を渡した奴のことかと思ってたんだが、どうも違うみてぇだし」


 「・・・ククク」


 「あ?何笑ってんだ?」


 何か思い出したのか、それとも誠人の言葉で何か分かったのか、ラウラは愉快そうに笑っている。


 そしてひとしきり笑った後、誠人たちの方を見てニヤリとする。


 「答えを教える心算はねぇが、ヒントをやろう」


 「ヒント・・・?」


 「アナグラムってやつだな。簡単な話さ」


 「アナグラムって・・・」


 誠人がラウラに一歩詰め寄った途端、二階のどこからか爆音が聞こえてきた。


 ゆらゆらと揺れ出した足元を踏ん張っていると、また別の部屋で爆発が起こる。


 「てめぇ!!」


 「悪いが、俺はこんなところで捕まるわけにはいかないんだ。人間が人間を恨み、狂う姿をもっともっと見たいんだ」


 いつの間にか捕えていたロープは解かれており、タカヒサが銃を構えるも、天井が崩れ出したため、止めを刺すことは出来なかった。


 ラウラはひょいっと身体をひるがえすと、二階の窓から脱出をするため背中を向ける。


 「楽しかったよ。また会えたら、今度はゆっくり話そうぜ」


 追いかけようとした誠人だが、それよりも避難する方が先だと、すみれの手を引いて急いで出口へと向かった。


 タカヒサも起きっぱなしにしてあったリュックを持って出る。








 ガラガラと崩れて行くラウラの家を眺めていると、そのうち近くの人々が起きてきたらしく、声が聞こえてきた。


 誠人たちは急いでタカヒサのバイクに乗りこむ。


 3人も乗れるはずないのだが、なんとか乗り込んでそこから立ち去る。


 無事にタカヒサの家まで着くと、タカヒサは無言のままバイクから下り、スタスタと部屋に入って行く。


 「タカヒサ、どうした?」


 「・・・あいつは、コレを取り戻したかったって言ってたよな?」


 タカヒサは持ってきたリュックを開け、そこに綺麗にそのまま残っているドロイの七道具を示す。


 確かに、すみれと引き換えに返せと言ってきたそれらがそっくり残っている。


 あの時、リュックを持っていくぐらいのこと、ラウラなら出来たはずだが、リュックはそのままで去って行った。


 「なんでだ?」


 首を傾げていると、タカヒサが何かに気付く。


 「絵画がない」


 「絵画・・・?って、あのおっさんの肖像画か?形見がどうとか言ってたから、持って行ったんじゃねえのか?」


 「・・・・・・」


 それから、その七道具は手元に置いておくのも何だと言うことで、山奥に埋めることにした。


 高熱で融かすことも、バラバラに壊すことも考えたのだが、なぜか出来なかったのだ。


 これぞ呪いとでも言うのだろうか。


 まるで原型を壊すことを赦さないとでも言いたげに、それらは決して姿を変えることはないのだ。


 タカヒサと共に山奥に埋めてきた帰り道、誠人は何かをブツブツと言っていた。


 「五月蠅い」


 「いやさ、アナグラムがどうのって言ってただろ?それを考えてたんだよ」


 「分かったのか」


 「んー、多分」


 誠人によると、ロジェとゴアは、それぞれこんな具合な文字になる。


 ロジェ→ROGE  ゴア→GOER


 この4つの文字を並べ替えると、こうなるという。


 「OGRE・・・」


 「そ。つまり、ロジェもゴアも同じ奴を示してたってことだ。そして並べたその言葉の意味は」


 「鬼か」


 「そういうこと。てことは、あいつしか俺には思い浮かばねえ」


 「・・・・・・」


 「まあ、どうしてそんな名前になって広まったかは分からねえし、多分本人もそんな呼ばれ方してるなんて知らねえんだろうな」


 「・・・・・・」


 タカヒサはバイクを止めて部屋に戻ると、そこには堂々とテレビを見ているすみれがいた。


 「ちっとは自重しろ」


 「あら、おかえりなさい」


 「すみれちゃん!!今日もかわいいね!!」


 ダイビングしてくる誠人をひらっと避けるすみれに、誠人は何度も抱きつこうとチャレンジする。


 タカヒサは荷物を置いて何か作業をしようとしたとき、ふと、すみれの方を見る。


 「おい、そのテレビどうしたんだ」


 「だってタカヒサの部屋暇なんだもん。娯楽ものがあっても良いと思って。それに、テレビから情報を得ることも大事よ?天気とか政治とかね」


 「勝手に設置しやがって」


 「設置してくれたのは電気屋さんよ。私は見てただけ」


 「余計ムカつくな」


 すみれが帰ったら速攻でコンセントを抜こうと考えていた。


 すると、すみれはさっさと帰ろうとする。


 「すみれちゃん、もう帰っちゃうの?用事でもあるの?」


 「・・・そろそろ、本気で婚活を始めようと思って」


 「え、え?すみれちゃん、俺は?俺がいるよ?」


 にへらと笑いながらすみれの背中にそう言う誠人に、すみれはゆっくりと振り返って、小さく笑いながら言う。


 「なら、早く捕まえなさい。じゃないと、遠くに行っちゃうから」


 「へ」


 パタン、としまったドアをしばらく呆然と眺めていた誠人は、ギギギ、と音が出るようなぎこちない動きでタカヒサを見る。


 目をぱちくりとさせながら、口をなんとか動かす。


 「今、俺、すみれちゃんに『追いかけてきて』って言われた?」


 「いや、良い男捕まえるからさっさと諦めろって言ってた」


 「絶対違う。いつものすみれちゃんはそうだけど、さっきのすみれちゃんは違う。ついに俺の良さを分かってくれたんだ!!何がきっかけかは全然分かんねえけど、俺はいつまでもすみれちゃんを追いかけるよーー!!」


 「・・・果てしなく馬鹿か」


 すみれちゃーん、と叫びながら誠人は去って行く。


 やれやれやっと静かになったと、タカヒサはテレビを消し、次のトレジャーハンターの場所に備えて必要な物をかきだす。


 「次は深海に眠る太陽と月、か」








 「ふふ。この絵さえあれば、俺は何度でも蘇る」


 一枚の男が描かれた絵を持っている男は、そこに描かれている男を見て不敵に笑う。


 ある絵画には、こんな噂がある。


 そこに描かれている肖像画の男は、心に闇を抱えた者に見られると、動き出すとか。


 そして何に心を悩ませているのか、何を恨み何を愛しているのか、話しを聞いてくれるという。


 その上で、こう言ってくる。


 「そんなに愛しているのなら、そんなに憎んでいるのなら、生涯貴方だけを思い出すように、その人を愛しながらその手で殺せば良い」


 絵が喋るわけがない、そんな常識を持っていたのでは理解など到底出来ない世界があることを知っておいてほしい。


 この世では、常識では計り知れないことが山ほどあるのだ。


 「面白い奴らだ。是非ともまた会いたいもんだ」








 『烏』『梟』『蜘蛛』


 こう呼ばれている者達がいる。


 一体どんな者たちなのかは、誰も知らない。


 ただ風の噂で聞くのは、敵に回してはいけないということだけ。


 ある者は言う。


 『烏』とは、黒に身を包んだ者で、知識や記憶力、観察力に長けた者である。


 ある者は言う。


 『梟』とは、耳が良く、物音を出さずに敵に近づくことが出来る者である。


 ある者は言う。


 『蜘蛛』とは、決して自ら攻撃はしないが、罠を張って相手をおびき出す者である。


 彼らは自分達がそう呼ばれていることなど知る由もないだろう。


 なぜなら、自分の力を誇示している者ではないからだ。


 そしてもう1人、『鬼』と呼ばれている者がいる。


 その人物に関しての情報はほぼない。


 ただ共通して言われていることは、鬼のように恐ろしい、ということだろうか。


 彼もまた、ただ自由を求めて生きているだけの、ただの人間なのだ。


 「タカヒサ、すみれちゃんてば、俺と一緒にブティックに行きたいって言うんだよ。これって絶対俺のこと好きだよな」


 「お前は幸せな奴だな。女に貢がされているとも気付かないなんてな」


 「人聞き悪いこと言わないでタカヒサ。私は誠人がそれで幸せだって言うから買わせてあげてるだけよ」


 「最低な言い分だな」


 「すみれちゃん、今度は何処行く?やっぱりデートっぽく遊園地とかどう?」


 「パス。それよりもアウトレットとか高級寿司屋が良いわ」


 「全然良いよ!俺はすみれちゃんと2人なら何処へだって行くからね!!」


 「・・・哀れな男だ」








 これが、彼らの日常の一部。


 そして、これからも続く。


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