第4話 自由の摩擦
雲心月性
自由の摩擦
簡単に得たものは失いやすい。
中村 天風
第四話【自由の摩擦】
「タカヒサ、何処行ってたんだ?」
「誠人がまた仕事持ってきたんだって。その荷物どうしたの?」
「・・・どこぞのくそ女が食った俺の食料だ」
「あら、そんなはしたない人がいるのね」
まるで他人事のようにいうすみれを一睨みだけすると、タカヒサは自分の家のように寛いでいるこの2人を無視し、荷物をしまっていく。
そして大方しまい終わるのを見ると、誠人が勝手に話し始める。
「実はさ、今回はタカヒサが適任かと思ったんだよ」
「あ?」
「次のターゲットは、コレクターなんだって。タカヒサみたいじゃない?」
誠人もすみれもニコニコと、それはもういらつくくらいの涼しい顔で微笑みながらタカヒサを見ていた。
誠人の話によると、ミドル、というのが今回の狙いの男のようだ。
緑色の癖っ毛が特徴的な男で、眼鏡をかけている。
「骨董品もだが、絵画とかオタクみてぇなフィギュアとか、とにかくなんでも集めてるらしい」
「俺はコレクターじゃない」
「まあそうなんだけど、俺もすみれちゃんも、特にそういう趣味がねえし、今回はお前が適任かと」
多少マンガや小説を読んだりはするが、特別集めているものもない。
一方、タカヒサはトレジャーハンターとして生活しており、コレクションなのかは分からないが、色んなものを何処かに隠しながら集めているらしい。
その部屋を見せてもらったことがないため、実際のところよく知らないが、それでも、誠人やすみれよりは話が合うだろうということになったとかで。
「嫌だ」
「こらタカヒサ。そういう我儘いっちゃいけません。お母さん怒るよ」
「お前から生まれてきた覚えはねぇよ、新ヶ尸。それに、新ヶ尸もすみれも嘘が上手ぇんだから、別に平気だろ」
「ばっかお前。所詮嘘なんて見抜かれるんだよ。本当のコレクターにしか分からないもんってのがあるだろ。俺にはそれがねえ!」
「自信もって言う事じゃねえよ」
「確かに、俺ほど知的で情報収集能力も高くて、記憶力抜群の男なら、多少の時間誤魔化すことは可能かもしれねねえ。だがなタカヒサ。ミドルって男はそんな簡単な男じゃ年だよ」
誠人がこうも言い放つのには、ちゃんとした理由があったようだ。
数日前のこと、誠人は情報を集めるためにミドルに接近を試みた。
それなりに知識も頭に入れて臨んだ心算だったのだが、やはりコレクターの気持ちなどこれっぽっちも分かることが出来ず、ミドルのコレクションに対する反応でにわかバレてしまったらしい。
すみれが言うには、その時の誠人の撃沈ぶりは半端なかったそうだ。
幾ら知識や記憶を取り入れたところで、その男を騙すことなど出来ない。
そもそも何の為に集めるのか、どうして同じ物を幾つも持っているのか、利用価値はあるのか、処分はどうするのか、そんなことを考える日々になってしまった誠人。
そしてようやく分かったのが、自分にはコレクターの気持ちが全く理解できないという結論のみだった。
「だから、タカヒサに頼みたい!!」
「だから俺は」
「コレ、予約しておいた」
「・・・・・・」
そう言って誠人が見せたのは、何かを注文した用紙だった。
それを見たタカヒサは一瞬にして目をキラキラさせ、そこに印刷されているものをじーっと見ていた。
「新品のバギー!!全地形に対応した奴で、食料とか道具とかも詰め込めるようになってる!!なのに総重量は従来のやつより軽くて、それでいて10年間の保証付き!!」
「・・・・・・」
「ちなみに、色は迷った結果青緑にした!まあ、気に入らなければ塗り直してくれていい!!」
「・・・・・・」
誠人はゴクリと唾を飲み、タカヒサの返答を待つ。
しばらくその用紙を見ていたタカヒサだが、ゆっくりと顔をあげたかと思うと、いつもの表情でいつもの口調でこう言った。
「仕方ねぇ。俺がやろう」
「よっしゃ!!」
「・・・タカヒサも可愛いとこあるのね」
乗り気になってくれたタカヒサを尻目に、すみれは誠人に幾らしたのかと聞いてみると、誠人はニコニコしながらも、顔を青ざめて何も答えなかった。
タカヒサの心を掴むために、この男は幾らつぎこんだのだろうと少し心配になったすみれだが、自分の財布とは関係ないため、すぐにどうでもよくなった。
「バギー・・・」
どうやら相当嬉しかったようで、タカヒサはなかなか誠人の話を聞こうとはしなかった。
というのも、バギーの写真ばかりを眺めていたためだ。
こんなタカヒサはそうそう見られないため、誠人からしてみても貴重な場面ではあるのだが、それよりも話しを聞いてほしいと何度か頼めば、なんとか聞く耳をもってくれた。
「死体収集・・・?」
「そ。確かに色んなもんをコレクションしてるんだけど、何がきっかけか、死体を集めるようになったらしくて、それを調べてほしいんだ」
最初は猫、犬、鳥などの動物の死体を集め始めたようなのだが、それでは満足いかなくなったのか、いつしか人間の死体を集めるようになったという。
誠人が理由を突きとめられなかったとなると、考えられるのはただ一つ。
―ただの、趣味。
「厄介な趣味だな」
「何を美しいと思い、何を格好良いと思い、何を残したいと思うかは人それぞれだが、異常だ」
ほら、と言って誠人から渡された紙には、ミドルの住所や詳しい情報が書かれていた。
これまでに集めてきた骨董品や、宝石類。
はっきり言うと、そのほとんどの価値はタカヒサにも分からないものばかりだ。
折角誠人が調べ上げてきた紙をぐしゃっとまとめると、タカヒサはゴミ箱に捨ててしまった。
「おいおい、大丈夫なのか?」
「コレクションしてるものが同じ奴なんて滅多にいねぇ。ただ共通してるのは、集めたいっていう願望だけだ」
「利用方法は?」
「コレクションなんてな、ただ見てるだけでいいもんなんだよ」
「同じものを持ってるのは?」
「鑑賞用とか、実際に使う用とか、まあ、それも色々だろ」
「わっかんねぇ世界だな」
「じゃあ、行ってくる」
タカヒサは誠人の制止も聞かず、さっさと行ってしまった。
取り残された誠人は、タカヒサが持っている発信機と盗聴器の受信を開始する。
「・・・・・・」
タカヒサはミドルの家、ではなく、別の場所に来ていた。
それは、タカヒサがいつも利用している店で、トレジャーハンターで使う物を色々と置いてある。
先程見たミドルが通う店の中にこの店の名があったため、とりあえず来た、というよりも、実際に買い物があったから、と言った方がいいだろう。
バイクを店の駐車場に停めて店の中に入ると、入ってすぐのところに新しい戦闘服が並んでいた。
そろそろ新しいのに買えようかとも思っていたのだが、今着ているものにも愛着があり、なかなか変えられずにいる。
それにリュックもだ。
大きくて色んなファスナーや仕掛けがあるこのリュックは実に使い勝手が良い。
しかし、長年使っているせいもあってか、やはり老朽化が進んでしまっている。
リュックもセットで幾分かお安くなるらしいが、タカヒサはどうするかをしばらく悩んでいた。
鼻の上に絆創膏、そして口には枝を咥えているという、明らかに近寄りがたいタカヒサではあるが、そんなタカヒサに声をかける者がいた。
「悩みますよね」
「え?」
ふと顔をそちらに向けると、そこには誠人が見せてきた男、ミドルがいた。
何を買いに来たのかは知らないが、誠人の隣で同じように横に置いてあるモデルガンを眺めていた。
「家にも20丁ほどあるんですけど、これも格好良いなぁ。遠距離用のは持ってないから、買っておこうかなぁ・・・」
「俺も替えの戦闘服はあるんだが、新しい機能がついてるのを見るとつい欲しくなる」
「ひとつひとつ個性が違いますからね。ところで、もしかしてそれは銃ですか?」
そう言われ、タカヒサはすぐに組みたてられる銃を持っていることを思い出す。
すぐに組みたてられると言っても、素人が見て銃だと分かるような形はしていないはずだ。
「ああ。俺の相棒だ」
「身軽な上に強固な形してますね。理想の銃です。こちらで買われたんですか?」
「ああ。ここで買って自分で改造した。さすがに100%理想のもんが無くて。着色も細工も色々した」
「すごいですね。僕にもそんな技術があればいいんですけど」
結構な時間悩んだ挙句、結局新しいのを買うのは止めたようだ。
ミドルから自己紹介をされ、タカヒサも自らを名乗った。
そしてミドルが是非とも自分のコレクションを見てほしいと言ってきたため、タカヒサはミドルの家へと上がりこむことが出来た。
コレクターの家なのに、どうしてこうもでかいのかと思うほど立派な佇まいで、庭には噴水つきの大きな水甕がある。
庭木も手入れされているのが分かる。
左右対称に作られた家に入ると、玄関は大理石で出来ていた。
靴のままあがってくれと言われ、タカヒサは言われた通り靴のまま入る。
「こちらです」
ミドルに案内され書斎に入ると、ミドルは書斎にある唯一のデスクの上にあるワシの形をした電燈を動かす。
すると、ゴゴゴ、と音が鳴りだし、書斎の本棚の1つがぼこっと出っ張ってきた。
そこを引っ張って横にスライドさせれば、隠された部屋が出てくる。
「これは・・・」
「どうです?私のコレクションです」
そこには、誠人が言っていたとおりの絵画や骨董品の数々、モデルガンやフィギュア、それに船や飛行機の模型や杖、しまいには深海生物や恐竜の化石などもあった。
思っていたよりも遥かに大きいスケールに、タカヒサは思わずぽかんと口を開く。
「すごい・・・!これ、もしかしてモデルは58年型の・・・!こっちは72年に一度だけ作られた・・・!!」
まるで玩具を見つけた子供のように、目をキラキラと輝かせながら、そこに飾られている銃に釘付けになる。
「どうぞ触っていいですよ」
「い、いいのか?手袋とか持ってないぞ」
「構いません。一日一度、寝る前に全て手入れをしていますので」
それならばと、タカヒサはそこにある銃を片っ端から触って行く。
これは持ちやすい、これは形が良い、これは世に数丁しかないなどと、そんな余計な、いや、豊富な知識をブツブツといいながら見ていると、ミドルがお茶を用意してくれていた。
しばし小休止を取ってもらおうとしたようなのだが、タカヒサは小休止よりも今目の前のあるそれらに囲まれていたいという衝動の方が強いらしく、なかなかそこから出てこなかった。
しかし、それが逆にミドルにとっては嬉しいことでもあった。
「あなたのような方は初めてです。みなさんそこまで興味を持ってくださらないので」
「これの良さが分かる奴はそうはいねぇだろうな」
絵画や模型などには興味のないタカヒサは、ただひたすらに銃やモデルガンを見ていた。
そしてようやく腰をあげたのは、ミドルの家に来てから5時間ほど経った頃だろうか。
「それにしてもよく集めたな」
「もともとは、近所の潰れた店からいただいたものを置いていただけなんです。この辺には商店街が沢山あったんですけど、時代と共に消えて行ってしまいまして」
「ふーん」
ミドルは書斎から見える自らのコレクションを眺め、恍惚とため息を吐く。
それを見て、タカヒサはふと思い出した。
「コレクションって、ここにあるだけなのか?」
「・・・といいますと?」
「いや、こんだけ沢山あるからよ。もしかして別の部屋にもあるのかなーと思っただけだ」
「あるにはあるんですが、そちらはちょっとあまりにも個人的なものといいますか、恥ずかしいので」
「そっか」
するとその時、書斎の電話が鳴った。
ミドルは電話に出て何か話しをしていると、電話を切ってコートを手に持つ。
「すみません、少し出てきます」
「ああ、じゃあ今日はもう俺は帰るよ」
「折角ですから、夕飯を食べて行ってください。もっとあなたとお話をしたいんです」
そう言うと、ミドルは腕時計を見ながら言う。
「1時間ほどで帰って来られると思いますので、それまでごゆっくりしてください」
にっこりとそういって、今日会ったばかりのタカヒサを1人残して出ていってしまった。
どうしようかと思ったタカヒサだが、これだけのものに巡り合うのもそうそうないと、その時間をいただくことにした。
とはいえ、本業を忘れてはいない。
書斎にこれだけの大きな隠し部屋があったということは、必ず何処かに噂の部屋があるのだろう。
タカヒサはリュックの中から、誠人に渡された家の見取り図を取り出して広げる。
そして一部屋一部屋、どこかおかしいところはないか、などを調べながら歩きまわっていた。
「はあ、ダメだ」
何処にも怪しい場所がなく、タカヒサは諦めて書斎に戻ろうとした。
その時、首筋に何かが走る。
自分の身体が倒れるのが分かる、ああ、きっとスタンガンでも押し付けられたのか、と遠のく意識の中考えられたのは、これまでにも幾つも窮地を乗り越えてきたタカヒサだからだろう。
「ん・・・」
目を開ければ、そこはまるで異世界。
冷たい、という感覚はないが、光がさしこめるような窓などは一切ない。
「起きましたか」
「ああ、起きた。なんだここは」
「あなたが探していた部屋、と言えば分かりますか?」
「知ってたのか」
「知りませんでした。しかし、あなたをここの住人にしようと考えていました。そしたら、あなたが僕の家の見取り図を持って部屋を歩いているのが見えまして」
思っていたよりも早く帰ってきていたようで、ミドルは部屋の電気をつける。
「!!!」
すると、そこには綺麗に透明のケースに入れられた、誰かも分からない死体が並んでいた。
タカヒサは手錠で両腕を拘束されており、思うようには動けないでいる。
「そいつらは、知り合いなのか」
タカヒサが、そこに並んでいる死体の方を見ながらミドルに聞けば、ミドルはキョトンとした顔で無邪気に答える。
「いいえ?」
「知り合いでもねえ奴の死んだ身体を、どうやって?なんで集めてる?」
ミドルはゆっくりと足を進め、自分で集め自分で並べたそのコレクションを眺めながら、トーンを変えずに話す。
「何を集める、どうして集める、それは分かりません。ただ、集めずにはいられないんです。衝動に駆られてしまうんです」
「まともな趣味ではねえな」
「そう言われても仕方ありませんね。ですが、僕にとっては、女性が洋服を集めることと同じで、他の銃や骨董品、模型を集めるのと同じ感覚なんです」
並んでいる死体は、若い女性から男性、歳老いた老婆に老人、幼い子までいる。
全ての死体が生まれたままの姿にされており、良く見ると身体を包み込むようにして、針が無数に刺さっていた。
「例えば・・・」
ふと、ミドルがタカヒサの方を見た。
「例えば、蝶をコレクションする人がいるじゃないですか」
「・・・ああ」
「あの人たちだって、蝶をこんな風に板に張り付けて、自己満足に酔いしれているでしょう?なら、僕がしていることは間違っているんですか?」
「それとこれとは話が違うだろ」
「同じことですよ。いつからかは忘れましたが、人間の死、いえ、人間の短い“生”を表現したかっただけなんです。いずれは腐って骨だけになってしまうなら、美しく魅せてもいいのでは?と」
普段はあまり話しをしないタカヒサだが、今は誠人もすみれもいないため、自分がなんとかするしかない。
それに、ミドルとはどうも意見が合わない。
「お前、殺しただろ」
「何を言ってるんです?これは集めただけであって」
「いや、確かに最初はただ亡くなった人の死体を集めてただけかもしれねえが、ここは血の臭いがする。それに、お前の後ろのそいつらの中に、明らかに首を絞められた跡とか、切られた痕とか残ってる」
そう、集めたと言っている死体の中には、首のところが青紫になっているものや、首が切られたもの、銃で撃たれたものがあった。
初めは事故や事件のものかとも思ったタカヒサだが、洗っても拭っても落ち切れていないこの部屋の嫌な臭いは、確実に鉄の臭いだ。
「おかしいですね。ちゃんと部屋中綺麗にしているんですけど。犬並みの嗅覚なんですね」
「集めるだけじゃ満足いかず、てめぇで殺すようになっちまったか」
「本当は生きたままを標本にしたかったんです。でも、みんな嫌がったんです。痛いとか怖いとか、美しいという感性よりも勝るものなんてないのにです。どう思いますか?」
「そいつらの方が正常だと思うがな」
「あなたなら分かってくれると思ってたんです。それに、あなたの身体は素晴らしそうだ。鍛えていないだらしない身体なんて見たくもありません。・・・さて、そろそろあなたを綺麗に美しく飾ってあげましょう」
「・・・・・・」
そう言いながら、ミドルは手に何かの薬を持っており、タカヒサに飲ませようとする。
「スタンガンは好きじゃないんです。身体に痣が残ってしまいますから」
そう言って、タカヒサの鼻をつまむと、タカヒサが苦しくなって口を開くのを待つ。
「止めとけ止めとけ。俺の方が美しい標本になれるかもしれないよー?」
「・・・あんたは確か」
「あれ?覚えててくれたー?以前声をかけた新ヶ尸誠人ですー」
「なんでこんなところに・・・」
ミドルがタカヒサから少し距離を置き、誠人に対峙する。
ニコニコと微笑んでいる誠人は、そこにある死体を見て、「あー」と無感情に言う。
「こりゃすげぇ。コレクターの領域は広いんだなー」
「僕の邪魔をしないでください」
「俺からの忠告だけどな、その男は油断しねぇ方が良いぞ。ほら、背中なんか向けてると・・・」
ミドルが振り向くが早いか、音が聞こえるのが早いか、何かを引き千切る音が聞こえたかと思うと、目の前には自分よりも大きな影が立っていた。
男は垂らしていた髪の毛をあげ、ターバンを頭に巻いていた。
「ほらよ、タカヒサ」
ぽいっと投げられた自分のリュックを受け取るが、タカヒサはそれを床に置く。
「ど、どうして・・・!?」
手錠で捕まえていたはずなのに、とミドルが驚きを隠せないでいると、それに答えたのはタカヒサではなく誠人だった。
「その男はねー、俺が言うのもなんだけど、とっても頼もしくて怖いんだよ。それに、沢山の修羅場を潜り抜けてきたから、手錠なんて壊しちゃうんだよねー」
のんびりと説明をする誠人に対し、ミドルはそれを聞くだけの余裕がないようで、ただそこに立っている影に呼吸を荒げるのだ。
タカヒサという男は、コレクターではなく、トレジャーハンターなのだ。
銃でなくても、この男を黙らせる方法なんて幾らでもあるのだ。
すると、震える声でミドルが何か呟く。
「ゴ、ゴア・・・」
「ゴア?」
今度は何だと、誠人はミドルに近づく。
「ゴアは烈火の如き地響きを奏で、涼水の如く矢を射抜く・・・」
「あ?さっきから何の話しを・・・」
「ああああああああああ!!!嫌だ!!僕は裁きなんて受けない!!僕は違う!!僕は悪人じゃない!!!」
「おいおい、発狂し始めたぞ」
このままじゃ手に負えないと、誠人は面倒臭そうにしていたが、それを一瞬で解決したのはやはりこの男だった。
ミドルの腹に一発、軽く入れただけなのだが、ミドルは気絶してしまった。
「タカヒサ、手加減してやれよ。素人だぞ」
「手加減した心算だ」
「それでか。まったく怖ぇなぁ」
ミドルを担いでさっさとそこから出ると、そこは書斎の奥の隠し部屋だった。
隠し部屋の奥にさらに隠し部屋があったのかと分かると、一旦は適当な場所にミドルを置き、タカヒサはコレクションの中から2つ、リュックにしまおうとした。
「杖と絵画?それも道具なのか?それになんだその男は。どこのおっさんだ?」
「この杖は毒が塗ってあって、使ってる人間の身体を蝕む。こっちの絵は肖像画だ。噂じゃあ、闇を抱えてる人間の目には別のもんに映るらしい」
「肖像画ねぇ」
「このおっさんが、ドロイ=マロウ=アル=チェスタだ」
「へえ、このおっさんが・・・え!?まじ!?ただのおっさんじゃん!!なんかショック!!!」
誠人の反応を無視し、タカヒサはいつも通りにリュックを背負う。
そしてミドルを担ぎ、乗ってきたバイクに跨って誠人と共に何処かへと姿を消す。
「それにしても、ロジェとかゴアとか、一体なんなんだ?聞いたことあるか?」
「私知らない」
「だいたい、なんであんなもんをあいつらに渡したんだ?誰がなんの目的で?」
「私知らない」
「あいつらには繋がりはない。となると、あいつらに直接繋がりがある奴がいる?いや、それはねえよなぁ。タカヒサ、お前どう思う?」
「なんで私には聞かないのよ」
「すみれちゃん知らないって連呼してたから。それに、面倒なことには関わりたくないって言ったのはすみれちゃんじゃない?」
「そうだけどさ」
タカヒサは、これまでに集めてきたドロイの七道具を取り出していた。
誠人が近づいて行き、同じように眺めている。
すみれは誠人に買わせたドーナツを頬張りながら、遠目でそんな2人の背中を見ていた。
唸っている2人を見てつまらなくなったのか、すみれは自分の好きなドーナツだけを食べ終えると、「帰る」と言って部屋を出て行く。
太陽が燦々と照りつけるこんな昼間に出なくても良かったかな、と思いながらも、すみれは新しい洋服でも買おうと足を進める。
そんなすみれの背後に、影が近づいているとも知らずに。
「なあ、これってどういう原理で作られてるんだ?」
「俺が知るか」
「世の中には不思議なことがあるんだな。すみれちゃんの美貌しかり」
「お前の頭はそれだけか」
誠人はこれらが幾らで売れるのだろうかと思っていたが、そんな考えを見透かされたのか、タカヒサには怪訝そうな顔を向けられた。
「あ、そうだ」
何かを思い出した誠人がスマホを取り出すと、どこかへと電話をかける。
「あれ?出ない」
何度かかけてみるが、相手は一向に出る気配がない。
「タカヒサ、すみれちゃんが出てくれない」
「いつものことじゃないのか」
「嫌嫌ながらも出てくれるっての!この残ったドーナツ食べていいかな。怒られないかな」
「・・・すっかり尻にしかれてるな」
「ま、いっか。また後で買ってあげればいいだけだし」
そう言って、誠人はホワイトチョコのドーナツを口にした。
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