第3話 貪欲な希望

雲心月性

貪欲な希望



 涙とともにパンを食べたことのある者でなければ、人生の本当の味はわからない。


            ゲーテ




































 第三話【貪欲な希望】




























 「ねえタカヒサ、トレジャーハンターって儲かるの?」


 「一種のギャンブルみたいなもんだからな。儲かるときは儲かる。けど一生安定するほどのもんはそう簡単には手に入らない」


 「やっぱり金持ちと結婚して養ってもらうのが、女にとっては一番手っ取り早いってことね」


 「苦労もしねぇで金持ってるガキみると腹立つ」


 「碌に顔が良いわけでも頭が良いわけでもスタイルが良いわけでもないしね」


 そう言ったあと、すみれは何かを考えるように首を傾げてから、小さく笑った。


 リュックの中を見て、何か足りないものはないかをチェックしていたタカヒサは特に気にしていなかったが、そんなタカヒサにすみれが話しかける。


 「あんたもそういうとこあるのね」


 「あ?」


 「正直、誠人もあんたも、他人なんて気にしない性格だと思ってたわ。ムカつくとか、羨ましいとか、そういうの無いと思ってた」


 先程のことかと分かると、タカヒサは呆れたように言う。


 「別に興味はねえけど、人生の不公平さを感じるだけだ」


 「あんただってまともに働けば良いじゃない。器用なんだし、もったいない」


 「お前に言われたくねえよ」


 2人で話しをしていると、そこへ勢いよく入ってきた1人の男。


 きっと誰もが分かったであろうが、男は一直線にすみれの方に向かうと、勢いに任せて抱きつこうとした。


 すみれは華麗にそれを避けると、男は壁に激突する。


 「すみれちゃん酷い」


 「猪が突進してきたのかと思って」


 「猪って・・・」


 しくしくと泣き真似をしている男は、すぐに顔をあげてニッと笑う。


 また仕事の話だろうと分かったすみれとタカヒサは、男、誠人の話を大人しく聞く。


 「今回はなんとー、庶民じゃない!」


 じゃじゃーん!と自らの声で効果音を出しながら誠人が2人の前に出した一枚の写真には、国が違うのではないかと思う様な女性が1人写っていた。


 茶色の綺麗な髪の毛は写真で見ても分かるほどサラサラで、まつ毛も長く、美しいイヤリングにティアラを身につけているのが見える。


 「名前はジェシカ。だが不思議なことに、ジェシカって女は死んでるってことになってるらしい」


 「死んでる?じゃあ、これは生前の写真ってこと?」


 「いや、死んだって言われてるのが2年前で、これはつい最近撮られたもんだ。で、こっちは死んだときに撮られたっていうジェシカの姿だ」


 「・・・・・・」


 どこから手に入れたものかは分からないが、誠人の手に持っている写真と新聞では、載せられている顔が違うように見えた。


 というか、誠人はそもそもどこからこのような情報を持ってきているのだろうか。


 それはさておき、ジェシカのことを詳しく調べてきたようだ。


 「今時信じられない話だが、リグアスっていう国の女王だったんだが、どうやら暴君として国民から死刑を求められたらしい。それが当時25.だが、この新聞の顔とこの写真を見る限り、別人に見えるだろ?」


 「別人だとしたら、影武者ってことか?そんな暴君のために命を落とす輩がいたのか?」


 「そこなんだけどよ、俺の調べたところによると、ちょいと面白い話があってよ」


 「?」








 誠人の話を全て聞き終え、誠人とタカヒサはリグアスへと向かっていた。


 正直な話、近い場所ではない。


 それに治安も悪いという理由で、すみれを連れてくることは出来なかった。


 タカヒサの運転するバイクに跨り、一度船に乗って移動すると、そこからまたバイクで長い距離を走る。


 「なあタカヒサ、なんでまたそのリュック持ってきたんだよ。邪魔じゃね?」


 「必需品だ。それに、リュック置いてくるくらいならお前を置いてくる」


 「俺リュック以下なわけね」


 ヘルメットはきちんと2人分あって、というよりも、誠人がしょっちゅうタカヒサのバイクに乗るものだから、ヘルメットくらい買えば乗せてやると言われたのだ。


 タカヒサは口に咥えている枝を弄びながら運転をしていると、誠人が後ろから話しかけてくる。


 「それにしても、酷い話だと思わねえ?女を孕ませた男も、産んだ自分のガキを置き去りにする女もよ」


 「結局のところ、自分が一番可愛いってことだろ。くだらねえ」


 「12のジェシカを孕ませた男は誰だか分かってねぇみたいだが、多分時期的に合うのは伯父のグシファーだろうな。当時、ジェシカの両親は海外に出てて、一人娘のジェシカを伯父に面倒見てもらってたみてぇだし、近親者なら他言出来ねえのにも納得がいく」


 「悪ガキって線はねえのか」


 「ほぼねぇな。よく考えてもみろよ。女王だぞ?1人で出歩きなんてまずさせねぇだろうし、城から家だか知らねえが、ジェシカの部屋には南京錠が幾つもつけられてて、監禁状態だったらしいから、入りたくても入れねぇってわけだ。箱入り娘ってのはこういうことを言うのかねぇ」


 「その伯父ってのは幾つだったんだ?」


 「当時42。犯罪だな。愛があれば、なんて言う奴もいるだろうが、そこに愛があればの話であって、仮にジェシカが孤独で寂しくて、そこにグシファーがつけこんで優しくしたなら、それこそ性質が悪いってもんだろ」


 ジェシカが12で妊娠したという事実を、隠すしかなかったのは確かだ。


 婚礼もしていない、フィアンセもいない、ましてや男性とまともな会話さえしたことがないだろう女の子にとって、身内の男は唯一心を許せる存在だったのかもしれない。


 美しく育つジェシカを見て、伯父のグシファーの理性が保てなかったとしても、行動に移してしまっては問題だ。


 自分のお腹に宿った命に、ジェシカは何を思ったのだろう。


 ジェシカが妊娠したことを知ると、両親はジェシカをより遠ざけるようになった。


 お腹の子が誰の子かなど、話しを聞くこともなく、ただそこにいるというだけで不穏な空気にしてしまうジェシカが気にいらなったのだ。


 「だが、ジェシカが子供を生んでから数年後、両親の乗った船は難破し、死亡した。ジェシカは女王の椅子に座ることになった。それが15の時だ」


 「なら、ガキは3つか」


 「そうなるな。ジェシカの子はジェシカそっくりに育ったらしい。顔から何から。似て無いとすりゃ、玉ねぎが大好物だってことくらいか」


 「お前の情報能力も、そこまでとなるともはやストーカー並みだな」


 「そんな褒めるなって」


 「着いたぞ」


 バイクを止めると、そこからは国の境界線となっていた。


 ここで必要となるのが、通行手形だ。


 誠人とタカヒサが持っているかと問われれば、持っていない。


 そこで、タカヒサの必需品が役に立つのだ。


 国の出入り口以外の場所は、高い壁になっており、それ以外にも有刺鉄線が張り巡らされている。


 2人は裏手の人がいないような場所を見つけると、リュックから太くて長いロープを取り出し、程良い長さに切ってから端に錘をつけ、有刺鉄線を飛び越えて向こう側に投げる。


 「これ、俺の重さに耐えられるか?」


 ロープに錘をつけたところで、あんなものじゃ自分の体重には耐えられず、むしろロープがこちらに来てしまうのでは、と聞いた誠人だが、タカヒサは気にせずリュックから新聞紙とライターを取り出していた。


 「聞いてる?」


 「平気だ。あの錘には仕掛けがあって、そう簡単には抜けねえから」


 「へー。で、それは何してるんだ?」


 「囮」


 「囮?」


 早く上れ、と言われ、誠人は仕方なくせっせとロープを上って行く。


 というか、有刺鉄線をどう越えろと言うのかと思ってはいたが、細かいことを聞いているとタカヒサに口を聞いてもらえないような気がして止めた。


 その頃、下ではタカヒサがライターからオイルを抜くとそれを新聞紙につけると、別の新聞紙で紙飛行機を作る。


 紙飛行機の上にオイルが染みた新聞紙を置くと、今度はマッチを取り出して新聞紙に火をつけた。


 徐々に燃え広がる新聞紙を見てから、紙飛行機を持って自分達がいる場所とは別方向に向かって紙飛行機を投げる。


 丁度風が良い具合にそちらに向かっていたため、紙飛行機は風にのってどんどん進んで行き、どんどん燃えて行く。


 「ふう・・・」


 ようやく壁のてっぺんに登った誠人は、有刺鉄線で身体をボロボロにしながらも、今度は下りようとすると、いきなりどこからか火が燃え広がり始めた。


 「火事だー!!」


 「いきなりどうして!?どこが出火だ!?」


 そんな声が聞こえてきて、そちらに目を向けていると、今度は頭上を何かが飛んできた。


 なんだと思って顔をあげると、そこにはいつの間にかタカヒサがいた。


 そしてタカヒサの更に上には乗ってきたバイクが宙に浮いていた。


 もう何がどうなっているのか理解できないでいた誠人の身体がふわっと浮いたかと思うと、タカヒサに抱えられていることが分かった。


 ストン、と着地すると、タカヒサは誠人を適当に投げ捨て、落ちてきたバイクをキャッチして地面に置いた。


 「おい、何してるんだ」


 「何してるんだじゃないよね。俺、どうなった?生きてる?なんでバイクが空を飛んでたの?」


 「なんでって」


 タカヒサの説明によると、念の為火をつけてそちらに人を誘導し、その間にバイクを投げ、タカヒサはロープでささっとのぼり、下りる時にまだ誠人がいたから抱えておりた、とのことだった。


 先程のロープを回収しながら、淡々と話しをしていたタカヒサの背中を見て、男ながらにこいつは逞しいと思った。


 「てか、バイク持ってくつもりか?正気?」


 「お前、このバイク幾らすると思ってんだよ。盗まれたら弁償してくれんのか」


 「持っていこうか」


 足を進めて行くと、ジェシカが住んでいたであろう城があった。


 廃墟と化しているのかと思ったが、どうやら違うらしい。


 城の周りは人々でにぎわう、小さな店が沢山出されているようで、その中の一人に声をかけてみた。


 「すみません、あの城にはもう誰も住んでないんですか?」


 「・・・お宅、どちら様?」


 見慣れない男2人に警戒心を強めたのが分かるが、それでも誠人は平然と笑顔を作ってこう答えた。


 「私、不動産の者でして、もし使われていないようでしたら、是非買い取らせていただけないかと思いまして」


 そう言うと、それを信じたのか、警戒心をといた店の主人はこそっと言う。


 「あそこのジェシカが処刑されてから、しばらくは誰もいなかったみたいなんだがね、ここ最近また誰かが出入りしてるところを見た奴がいるんだよ」


 「城の関係者の方ですか?」


 「さてね。俺も実際に見た事はないからなー。けど、若い女を見たって言ってるぜ。何人もな。もしかしたら、ジェシカの幽霊かもな」


 おお、怖い、と言っている主人にもっと話しを聞こうとしたが、客が来てしまったため、それ以上は聞けなかった。


 とにかく行ってみないことにはどうしようもないと、誠人とタカヒサは城に入って見ることにした。


 バイクは近くの影に隠し、一応ノックをする。


 どうやらジェシカが処刑されてからというのも、召使たちも一斉に辞めていってしまったようで、今は誰もいないということになっている。


 ならば今この国はどうやって政権などを行っているのかと問われると、隣の国に吸収され、そちらの国王が面倒を見てくれているようだ。


 頻繁に来ては声を聞き、国の繁栄を第一に考えてくれているという。


 そのため、国民が生活する上で問題となることはほとんどないという。


 「お邪魔しまーす」


 返事がないため勝手に入ると、埃被った絨毯にシャンデリア、階段の手すりに肖像画などが一気に視界に入る。


 タカヒサは頭にターバンを巻き、銃を構えながら辺りを見渡す。


 「タカヒサ」


 名前を呼ばれ誠人の方を見ると、誠人は階段の上の方をくいっと顔で示した。


 階段を上ると、1部屋1部屋順番に開けて行く。


 そしてある部屋を開けると、そこだけはなぜかあまり埃が被っていなかった。


 その時、タカヒサが何かに気付き、銃を構えて部屋の奥のクローゼットを見る。


 すると、そこからギィ、と古びた木の音が聞こえ、1人の女性が顔を見せる。


 「あら、お客様なんて珍しいわね。どちら様かしら?」


 ふんわりと微笑んだその女性は、紛れもなくジェシカだ。


 髪の毛の色、顔、それに、イヤリングをティアラもまだつけた状態だ。


 「ジェシカ、さん?」


 「ええ、そうよ。あ、違うわね。ジェシカは死んでることになってるものね」


 小さく微笑みながらそういうジェシカは、タカヒサに銃を向けられているにも関わらず、部屋にある化粧台に腰掛けた。


 まるで普通に生活をしているジェシカに、誠人は近づいて話しかける。


 「どうしてまだこの城に?」


 「変な質問ね。ここは私の城よ?どうして私が出て行く必要があるの?」


 「そうでしたね。では、何処に行っていらしたのですか?」


 「私が昔押し込められていた部屋よ。クローゼットの奥に隠し扉があってね、その奥にあるの。嫌な記憶だけど、今となっては笑える思い出ね」


 クスクスと笑うジェシカに、どう話しを進めれば良いのかと、誠人は小さくため息を吐きながらタカヒサを見る。


 タカヒサは俺の方を見るなという目を誠人に向ける。


 「綺麗なイヤリングとティアラですね。娘さんには譲られないので?」


 「娘・・・?」


 「ええ。あなたが自分の身代りとして置き去りにした娘さんです。よく国民を騙せましたね」


 にっこりと微笑みを向けながらそう言うと、ジェシカの表情が一瞬変わった。


 しかし、すぐにまた綺麗に笑う。


 「そうね。そういえばいたわ。私に似ていた娘。だからよね。みんなあの子を私だと思っていたの。化粧でちょっと大人っぽくしてあげたのよ?そうじゃないと、さすがにバレそうだったから」


 埃の被った窓の向こう側を見るように顔を背けたジェシカに、誠人は尋ねる。


 「この国は、以前はとても穏やかな場所だったそうですね。あなたの父親が国を治めていたときも。それなのになぜ、急に没落してしまったのでしょうね」


 「・・・さあ。なぜかしら」


 窓に向けていた顔を誠人達の方に向けると、ジェシカは笑みを崩さぬまま立ち上がる。


 化粧台の上に置いてある、当時使っていたものなのか、それとも現在も使われているのかは知らないが、そこに並んでいる化粧品を、ジェシカは指で突いて倒した。


 「私も、立派な女王になろうと思っていたわ。でも、出来なかったの。だって、両親によって私は国民に知られる事はほとんどなかったんだもの」


 「隔離されていた理由は?」


 「さあ。何かしら。もしかしたら、小さい時、お父様が私に悪戯したことが分かって、お母様も私を疎ましく思ったのかもしれないわ。何も分からない私を酷く罵倒していた記憶があるの・・・」


 美しく育っていくジェシカは、両親が亡くなったのをきっかけに、国に顔を出すこととなった。


 その美しさから、ジェシカに言いよってくる男たちは大勢いたのだが、ジェシカはその誰とも契を結ぶことはなかったそうだ。


 どんなに顔が良くても、優しくても、権力をもっていても、お金を持っていても、どれもこれもが邪魔な鎧に見えた。


 「娘が生まれたのは、12の時。すぐに伯父さまの子だと分かったわ。だから、娘を愛することなんて出来なかった。だって、あの子は望まれて生まれてきた子じゃないんだもの」


 「それで、娘さんを置き去りに?」


 「・・・ええ。娘は13だったわ。きっと、自分がどうして置いて行かれるのか、分かっていたのね。あの子は私に『いってらっしゃい』って言って笑ったの。その時思ったわ。この子を生んで良かったって。こんなに利用価値があるものだったんだってね」


 「母親が思うことじゃねえだろ」


 静かに話していたジェシカの言葉を遮るように低い声を出したのは、銃を構えていたタカヒサだった。


 このタカヒサの言葉に、ジェシカはふと、タカヒサの方を見て何か言いたそうにしていたが、またすぐにふわっと笑う。


 「男性には分からないでしょうね。自分のお腹に宿した命が、形となって自分から出てくるの。それは私の分身のようなものでしょ?」


 「だからって」


 「男性はね、怖くなるのよ」


 「は?」


 ジェシカの顔つきが少しだけ険しくなった。


 柔らかく下げていた目尻は、すうっと鋭く無感情を示す。


 「自らの欲望を勝手に吐き出しておいて、子供が出来たら逃げ出すなんて、とんだ億謬者でしょ?でも私は違うわ。愛していない男の子供でもきちんと産んだもの。ちゃんと育てた。違うかしら?」


 「・・・・・・」


 はあ、とため息を吐いたタカヒサの横では、誠人がジェシカを見たまま何も言わずにいた。


 しばらく黙ったままの誠人にタカヒサが声をかけると、誠人は髪の毛をぐしゃりとかきながら言った。


 「確かに、男の俺らにゃわからんがね、子供を生む感覚とか、それまでの時間とか。まあ、はっきり言うと、あんたの周りにいた男共がとんでもねぇクズだっただけの話であって、まともな男もいるとは思うがね」


 「そのクズに犯される女の気持ちも、分からないでしょう?」


 「ああ。だからって、あんたのしたことが許されるかと言えば、赦されねえな」


 先程までとは異なる誠人の口調に、タカヒサは誠人が少なからずジェシカに苛立っているのが分かった。


 表情はいつもと変わらずにやついているため、タカヒサやすみれでなければ、どれほど誠人が不機嫌かなど分からないだろう。


 「・・・あなた、ロジェのようなことを言うのね」


 「ロジェ?」


 そう言えば、以前イオという女性もそんな名を出していた。


 詳しいことを聞くことは出来なかったため、その正体は未だ不明だが。


 「ロジェって」


 「あら、ロジェを知らないの?まあ、その名さえ、本当の名か分からないんだもの、当然よね」


 異国の響きにも聞こえるその名のことを尋ねるが、ジェシカも詳しいことは知らないという。


 いや、本当は姿などは知っているのかもしれないが、話す心算がないのかもしれない。


 「ロジェはこの世を嘆いているの。人間という脆弱な生き物がのうのうと蔓延るこの世界を」


 「?」


 「きっといつかあなたたちも出会うわ。ロジェは私にも希望をくれたの。子供を見捨てた私にも。だから今日まで生きて来られたの」


 「・・・・・・」


 誠人とタカヒサは互いの顔を見合わせ首を傾げる。


 つまりは善人なのか悪人なのか、良く分からない奴だということだけは分かった。


 「あなたたちも覚えておくといいわ」


 ジェシカが妖艶に微笑む。


 「ロジェは全てを見通すわ。そして、裁きを与える」


 「裁き・・・?」


 その時、ばしゅん、と音が聞こえてきたかと思うと、隣にいたタカヒサが銃をジェシカに向けて発砲していた。


 思わず何をしているのかと聞いた誠人に、タカヒサは飄々とこう答える。


 「麻酔銃だ。話が長くなりそうだったから」


 「お前、本当クールな奴だな。ロジェに興味ねぇの?」


 「情報収集はお前の役目だろ。お前が知らねえなら、そう簡単に素性が割れるとは思えねえ」


 「え、もしかしてそれって俺を褒めた?ねえ、褒めた?まじ?超嬉しいんだけど」


 誠人は「照れる」とか言いながらタカヒサの肩を叩こうとしたが、タカヒサにひょいっと避けられてしまった。


 タカヒサは倒れたジェシカの耳からイヤリング、そして頭からはティアラを外して背負っていたリュックに入れようとする。


 それを見ていた誠人が、まさか、という顔をする。


 「おいタカヒサ」


 「なんだ」


 「あのな、知ってたなら言ってくれるか」


 「何がだ」


 「何がだじゃねえよ!それあのなんとか七道具ってやつだろ!!俺はそれに関しては見たことねえんだからな!!知ってたなら教えろよ!どういうもんか教えろよ!!」


 知ってたんじゃないのか、と呆れたように言うタカヒサは、リュックを再び背中に背負うと、ジェシカを担ぐ。


 「イヤリングは幻聴を聞かせる。ティアラは脳の操作をする。誰が何の目的で渡したのか知らねえが、国1つ潰すにしても、まっとうなやり方とは言えねえな」


 「てかさ、それ作った奴って相当すごい奴なんじゃね?そんな技術があるのに、なんで別のとこで発揮しようとしなかったんだ?」


 「俺に聞くな。趣味と仕事ってことだろ。仕事は手を抜いても、趣味には本気を出すタイプだったんだろ」


 「成程な」


 なぜかそのタカヒサの説明で納得をした誠人は、扉の前に人がいないことを確認すると、タカヒサのバイクに跨る。


 タカヒサが運転をするため、ジェシカは大きな布で包んで、周りから見えないようにした。


 そして誠人の膝の上に荷物のようにしておくと、タカヒサがエンジンをかける。


 「タカヒサ、俺バギーに乗ってみたい」


 「なら買え。運転は出来るから」


 「え、まじ?お前どんだけ格好良いの?俺なんてペーパードライバーだってのに」


 「ちゃんと掴まれ。振り落とすぞ」


 そう言うと、タカヒサは宣言した通り、誠人を振り落とす勢いでバイクを走らせた。


 タカヒサはバイクに装備してあった発煙筒をつけると、それを自分たちの向かう場所とは違う方向へと投げた。


 発煙筒によって人々はわーわーと騒ぎながら集まりだし、その隙に高い壁に唯一ある出口へと向かう。


 そこには屈強な姿の男たちがいたが、タカヒサはアクセル全開で、男たちを上手く避けながら国を出た。


 「入るときはあんだけ苦労したのに。入るときもこれで良かったんじゃね?」


 「馬鹿か。そしたらこいつを見つけられねえじゃねぇか」


 「俺、お前が頼もしくてしょうがない」


 気に入らなかったのか、タカヒサが急に左手を後ろに勢いよく振ってきたものだから、危うく当たりそうになった誠人は、必死で避けた。


 誠人が避けたことを知ると「ちっ」と舌打ちをしていたようにも聞こえたが、気かなったことにしよう。








 「すみれちゃんただいまー。俺がいなくて寂しかったー?」


 「タカヒサ、なんであんたん家には非常食しかないのよ。あんたどんだけ常日頃から緊急な生活してるのよ」


 「人ん家漁るな」


 「すみれちゃん、俺はずっとすみれちゃんのことを想っていたからね!とびきりの美人が出てきても、世界指折りのナイスバディが出てきても、俺にはすみれちゃんしかいないからね!!!」


 「最近の非常食は美味しいのね。あ、あとプロテインも飲んだわ。ココア味。思ったよりも普通の味だったわ」


 「お前ブン殴るぞ。責任取って食った分全部買い直して来い」


 「すみれちゃん・・・。もしすみれちゃんと俺の間に子供が出来たら、俺はちゃんと認知するからね!!ていうか、是非とも俺の子供を!!」


 「身体で払うわ」


 「いらねえ。一文にもなりゃしねぇ」


 「くっそ!!すみれちゃんが堂々と浮気をしたとしても、俺はすみれちゃん一筋だからね!!!例え何があっても!!」


 「安くしておくわ」


 「なんで俺が払うんだよ。逆だろ」


 はあ、とため息を吐き、すみれが食べてしまった食料の確認をしようしたタカヒサは、頭に巻いたままだったターバンを首にかける。


 思っていたよりも減っていた非常食に、タカヒサは額に手を当ててまたため息を吐く。


 「おい、すみれ・・・」


 文句を言おうとすみれの方をみたとき、誠人がすみれに向かって抱きつこうとしているのが見えた。


 だが、すみれは以前よりも強い力で誠人の頬をパンチングし、誠人はピクピクと水を失った魚のような動きをしていた。


 「あら、プロテイン飲んでたから、前より筋肉がついたのかしら」


 「つ、強いすみれちゃんも好きだよ・・・」


 「・・・こいつはどこまで馬鹿なんだ」


 すみれのスマホが鳴ると、これから表面上友達と言っている友達と食事に行ってくる、と言ってすみれは去って行った。


 タカヒサはのびたままの誠人を玄関に放置すると、シャワーを浴びるのだった。



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