第37話 魔王種

「ああ、間に合った」


 穂先がマーカスの喉笛を食いちぎるその直前。

 石畳に絨毯が敷かれていた謁見室に、植物が生えた。瞬きする暇もなく太く大きく成長した植物は穂先を受け止め、柄に絡みつき、槍を絡めとった。

 

 慌ててジグさんが飛び退く。


 蔦は槍のみならず第四王子や第二王子を絡めとり、ギロチン台のように首と手を固定してしまった。

 その上に、いつの間にか現れた黒い影が座る。


「いやぁ……間に合わぬかと冷や冷やしたぞ……おお、よく見れば我が花嫁候補もおるではないか」

「誰だ貴様は」

「何をしている。そこをどけ」


 ジグルドさんとドルツさんが警戒する中で、影はカラカラと笑った。


「我は魔王種にして裁定者の職を継ぐ者。死を弄び、疫病をまき散らした愚か者に裁きを下しに来た」

「裁き」

「左様。花嫁に課した試練と同種のものじゃ」


 言いながら影が手のひらで弄んでいたのは、とてつもなく嫌な気配のする木の実だった。

 吐き気を催すような雰囲気をまとったそれを見て、ヘルプが勝手に起動した。


『鑑定:審判の実

 対象の中にある悪意の大きさによって育つ植物。有罪ラインを超える悪意を持った者の魔素を吸い尽くして死に至らせる』


「あっ」


 思わず手を伸ばすが、制止する暇すらなくそれが第二王子の口に押し込まれた。


「ぐがっ、ギギギギィ……」


 瞬間、体中のエネルギーを吸われた第四王子は体を茶色く干からびさせて命を失った。


「何だ!? 何をした! おい、無礼者! 私を誰だと思っている!?」


 間近で兄弟の死を見せつけられたマーカスが半狂乱になって暴れるが、彼を固定する樹木は揺れる様子すらない。

 マーカスの目の前で再び植物が生え始め、ねじれあいながら審判の実をつけた。


「貴様が誰かなど知らぬ。罪を裁くが我が務め」

「ひっ! や、やめろ! やめてくれ! そ、そうだ! その実を使うならそこのジグルドにしろ!」

「我としてはこのような茶番、すぐにでも終わらせて嫁を娶らねばならぬのだ」

「よ、嫁? そこの侍女か? それとも聖女か? どちらもくれてやる! 城の魔道具に相手を意のままに操る首輪がある! それを付けてとも好きなように飼えば——」


 ごぼり、と植物が木の実を口の中に押し込んだ。

 息が詰まった第二王子は体をぶるりと震わせ、しかし先ほどとは違いすぐさまミイラになるようなことはなかった。


「ほっ! 審判の実ですら戸惑うほどの悪意か! 人間とはどこまでも欲深いものじゃの!」


 ぢゅるり、と口から唾液塗れの蔦が伸びた。

 口だけではない。

 鼻から。

 肩から。

 眼から。

 背中から。

 耳から。


 ありとあらゆる部位を突き破って植物が生えた。

 マーカスは全身を串刺しにされ、死んだ。

 ねじれながら鋭く育った樹木は、彼の体を中空に固定したまま枯れていく。


「ふぅむ……凄まじいの。養分にしきれず枯死させるほどの悪意か。まぁ、そうでなくては世界を滅ぼすほどの行いを早々できるわけもない、か」


 魔王種はマーカスの死を見届けてから私たちに……否、ノノに向き直った。


「どうじゃ。人間のメスは我のような強者に惹かれるのであろう? 番わぬか?」

「エッ!?」

「……私は身も心もお嬢様に捧げると決めています。その馬鹿ども殺したことは評価しますが、それだけですね」

「ふむ。では無理やりになるが、良いかの?」

「首を刎ねられても文句を言わないのであれば御随意に」

「くかかかっ。その意気やよし! 我の偉大さをその身に刻み込み、子を孕ませてやろう」


 あ”?


「むりやり……? ノノに? 私のノノに、何をするつもりなの?」「

「ぬっ、貴様もナノマシンの適合者か! じゃが所詮は小娘、千年の時を生きる我と比べれば練度が——」

「ねぇ」


 びしびしと王城が軋んだ。 

 私の体から漏れ出た魔力が氷の蔦となり、石畳も絨毯も植物も関係なしに絡めとっていた。


「質問してるんだよ? 私のノノに、何をするつもりなの?」

「知れたこと! 無理やりにでも組み敷いて我が子を産ませ——」

「ノノにひどいことするなら、許さないから」


 あふれ出た感情のままに、魔力を振るった。


「グアッ!? クソ、なんだこの力は! 貴様も我が嫁として迎え入れてやろうかとも思ったが辞めじゃ。一思いに殺してや——」

「殺すと仰いましたか? お嬢様を、殺す、と?」

「ふむ。そなたの大切な者か。それならば生け捕りにして人質に——」


 ズドンッ!!!!!


 王城が砕けるほどの勢いで大剣が振るわれた。

 腕から生えた植物群がなんとかそれを防ぐが、魔王種の背後にあったはずの壁は吹き飛ばされ、青空すら覗いていた。

 放射状に消し飛ばされた王城が、端から崩れ始める。


 ……丁度良かった。


 私が全力で魔法を使うとき、室内だと逃げ場がなくて危ないからね。

 魔力を練り上げる。

 すべてを無かったことにしてしまう太陽のような熱。

 赤、青、透明、と色を替えながら凝縮された魔力の塊は、目を焼き切るほどの輝きとなった。


『警告:疑似太陽の出現を確認しました。地上に落ちれば地形が変わるほどの被害が出ます』


 大丈夫。この魔王種ごと空に打ち上げるから。

 ノノは私が守るよ。

 守られてばっかりじゃいやだ。私がノノの主なんだから。

 そう思ってノノに微笑みかければ、ノノも大剣を振りかぶりながら私に微笑み返してくれた。


 きっと同じことを考えてる。


 そう思っただけで何だか嬉しくなる。

 改めて魔王種に向き直って魔力を解き放つ。


「ノノをいじめるなっ!」

「お嬢様は傷つけさせませんっ!」


***


 放たれた疑似太陽を、魔力を使って逸らす。

 ノノも歯を食いしばって刃を止める。


 なぜか。


「キュキュキュッ! キュウィ! キュ、キュ~!!」


 魔王種を庇うようにルビーが立ちはだかったからだ。ルビーは頭のいい子だからそんなことをすればどうなるかくらいわかっているはずだった。

 実際、当の魔王種はぽかんと呆けたまま尻もちをついていた。


『予測:魔王種のナノマシン適合率は11.7%。現生種としては驚異的ですが、ナノマシンと融合した個体名ノノや、回復魔法で無理やり適合した個体名マリアベルとは比べるべくもありません』


 えっと、ちなみに私とノノのナノマシン適合率は……?


『計測:概算ですが、個体名ノノは58.8%。個体名マリアベルは拒絶反応を癒しながら無理やり適合させたことで、220%を超えております』


 うん。

 よく分からないけど、魔王種に負けることはないって思えばいいかな。


「……お、お主、何をしておったのじゃ?」

「? ルビーの知り合い?」

「わ、我が眷属じゃ! 唯一の家族じゃぞ!?」


 魔王種は腹ばいになってルビーに抱き着き、頬ずりをしていた。


「だいたい何じゃあのでたらめな威力の攻撃は! お主ら、我を殺す気じゃったろ!?」

「えっ? うん」

「何を当たり前のことを言ってるのですか」

「えっ……ナチュラルに怖いんじゃが……我は超古代より連綿と受け継がれし裁定者じゃぞ!? 殺して良い訳なかろう!」


 って言われてもそれが何なのか知らないし。

 それに。


「お嬢様を傷つけようとしたならば当然の報いです」

「ノノに嫌なことしようとした人を許すはずないよね……何、嫁候補って」

「裁定者の地位を受け継ぐ子が必要なのじゃ……そのためには我と番える者が必要じゃった」


 すっかりこころのくじけた魔王種から話を聞くこと小一時間。

 ヘルプの解説とか補足も込みでどうにか理解したのは、


・魔王種はナノマシン適合率が高い生命体の総称

・その中でもこの魔王は超古代文明時代に設定された「役職」を持つ者

・世界を滅ぼすような暴走をした者や、悪人を裁く権利を与えられている


 とのことだった。


「とはいえ、我にできるのは裁くかどうか判断する植物を生やすことのみ」


 ほれ、と地面から生やされたのは、先ほどとは別の植物だった。


『鑑定:

 善悪の花粉 悪意に応じて体を変異させる

 吸魔草   悪意を吸って綺麗な花を咲かせる』


 ヴェントに現れた異形の怪物も、これによって変異した者なんだとか。


「恣意的に選んだことは間違いないが、本人たちに素養がなくばただの草花じゃ。我のせいにしてくれるなよ?」


 魔王種はそう言いながら、私とノノをチラチラ見た。


「そ、それでじゃな? そのう……お主らは我よりもずっと強かった。じゃから嫁にするのはもうあきらめた。じゃが、お主らからみて我はどうだった? 強かったか?」

「分かんないけど、たぶん?」

「おそらく今までに戦った者の中では一番……?」


 私とノノが曖昧なのは、ほぼ戦うまでもなく決着してしまったからだ。

 それでも強かったという評価が嬉しかったのか、魔王種は顔を上げた。


「ならば、我を嫁にしてくれ!」

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