第38話 ノーライフキング

「我を嫁にしてくれ」

「はぁ……?」


 私とノノが同時に眉を寄せるが、そんなことはどうでも良いと言わんばかりに魔王種は自らの体内にあるナノマシンを操作していく。


「不可逆? 致命的……? かまわぬ! 強き者が嫁を娶るが世界の道理! 我を……否、妾を嫁にふさわしい体へ!」


 ルビーを抱きしめたまま、魔王種の体が凄まじい光を放った。

 ごきごき、ごりゅ、ばき、と人からは聞こえて欲しくない音が響き、黒い影が作り替えられていく。

 もやのような影が薄まり、そこから現れたのは、


「ホントの我、デビュー! ……って幼くないか……? なぜじゃ! もっと豊満な肉体が良かったのじゃ!」


 はちみつ色の肌に雪のような白い髪。ピンと尖った耳が特徴的な、私と同じくらいの女の子だった。


「えっと、私もお嬢様も女性ですが……?」

「ぬ? ならばオスになればよかろう!」

「えっ? 嫌だよ!?」

「私もお断りします!」

「そんな!? ならばなんのために妾はメスの体へと変身したのじゃ!?」


 いや、知らないよ。

 勝手にやっただけじゃんか。

 絶望に打ちひしがれていた魔王種だけれど、ルビーに頬ずりされて励まされ、すぐに元気を取り戻した。


「うむ。別に女同士で子が作れぬと決まったわけではあるまい! これから色々試してみればよいのじゃ!」

「?」


 子供を作るって、どうやって?

 やっぱりチューしてみたり、とか……?


「何を言っているのですかそんなうらやま……うらめし……いえ、ふしだらなうらやま……お嬢様を穢すなんて許しません!」

「お主、いま裁定したら有罪になるレベルで欲望ダダ漏れじゃないかのう」

「いいえ! これは純粋な愛です!」

「ノノとチューすればいいの?」

「!?」


 ノノだったら別に嫌じゃないな。

 そう思ったのでタタッとノノに近づき、頬に唇を当てた。


「……きゅう」

「あっ、ノノ!? ごめん、嫌だった!?」

「いえそんなことはあり得ませんっっっ!!!!!!!!!!!」


 ぺたんと座り込んでしまったノノだけれど、嫌ではなかったと言ってくれた。

 なんだか嬉しい。


「えっと……どう?」

「どう、とは……?」

「赤ちゃんできそう、かな……?」


 ちょっと恥ずかしかったのでもじもじしながら訊ねると真っ赤な顔をしたノノの元に魔王種が寄ってきて何やら相談を始めた。


「この純粋さ、襲っていかじゃろ?」

「当たり前です。合意の上でしかありえません!」

「じゃが、キス一つで子を孕めると勘違いしている者に説明するのは苦しくないか?」

「そ、それは……!」

「ならばほれ。妾を使って説明すれば良いのじゃ!」

「なっ、そんなふしだらな姿を見せるなどできるはずがありません!」

「別に無理やりとは言っておらぬ。お主が誘ど……もとい、会話の中で自然に彼女が興味を持った時に、誰もいないのであれば教えようがあるまい?」

「しかし」

「案ずるな。妾はこれでも恋愛ますたあじゃ。祖父の書いた指南書も何冊も暗記するほど読んでおる」

「………………ちなみにご経験は?」

「頭の中で何度もシュミレーションしたぞ!」

「……つまり誰ひとり経験なし、と。とりあえずは保留です。保留ですが、もしかしたら、場合によっては、稀なケースとして、奇跡が起きて、あなたの助力が必要になるかもしれませんね」

「えっと……二人で内緒話?」


 魔王種の口がノノの近くに寄せられてるのがちょっと気になる。だってノノにチューしたのは私だよ? 

 魔王種までチューして双子になっちゃったら困る!

 それに魔王種に取られたくないし!


「うむ、打ち合わせは終わった。これからは妾もお主らの旅に同道しようと思うてな。申し遅れたが、妾はリルトレーア・ルヴァンプライム・ファイアフォックス・ネットフ・リックス・フールゥじゃ。気軽にリーアと呼んでたもれ」


 リーア。

 可愛い名前だ。

 旅についてくるのは良いけどノノは絶対に渡さないからね。


 でも一緒に一緒にご飯食べれる人が増えるの嬉しい。これから始める炊き出しでも手伝ってもらえるだろうしね!


 決意を新たに拳を握ったところで、ヘルプが勝手に起動した。


『警告;異常な魔力を感知しました』

「ほえ? 魔力?」


 慌てて周囲を見れば、樹木に貫かれて絶命したはずのマーカスの体がびくびくと痙攣し、弾けた。

 血肉の代わりにぼたぼたと地面に落ちるのは闇色の魔力。

 穢れの塊にしか見えないそれはすぐさま人の形をとり戻した。


 かさかさの皮膚。

 くぼんで落ち込んだ目。


『鑑定:生命を穢す王ノーライフキングです』

「王……ナレタ……私は……王、ニなれタのだッ!」


 生命を穢す王ノーライフキングが両腕を振り上げて快哉を叫べば、それに合わせてそこかしこから死霊があふれだした。

 両腕を上げて絶叫する死霊たちの一体が近くにした兵士に縋りつく。


「イノチ……魂……熱……欲シイ……欲シイッ!」

「た、助けてくれッ!」


 ドルツさんが双剣を振るって死霊を切り払うが、即座に絡みついて元の形に戻る。兵士に縋りつくのもやめていない。


「無駄だ。私ノ民……地獄の亡者ニ実態は無いゾ。大人シク体を明け渡シ、命を捧ゲロ」


 得意げに宣告する生命を穢す王ノーライフキングに、ノノの大剣が突き刺さった。


「よもや地獄から戻ってくるとは思いませんでした。ゴキブリ並みのしぶとさに感謝しますよ……死ぬまで殺して差し上げます」

さえずるナ、下女如きガ。私に盾突く愚か者ドモは一人残らズ地獄へ引きずり込んでヤル」


 ノノは怒涛の勢いで大剣を叩き込んでいた。

 特別な力を持つ大剣が生命を穢す王ノーライフキングの体を細切れにしようと、竜巻のような速度で振るわれ続ける。


「無駄ダ……私は命も痛ミも超越シタ。ゴミのようナ聖女を買い続ケる必要モナイ……憂さ晴らシに四肢を引きちギッテやろウ。お前ガ、全てノ元凶だ。お前サエいなケレば。存在しなけレば」

「汚らしい視線をお嬢様に向けるなっ! 臭い口でお嬢様を語るなっ! お嬢様に責任を押し付け——」

「邪魔ダ」


 ノノが吹き飛ばされた。

 慌てて回復魔法を放ち、ノノが地面に落ちる前に全快させる。


「ノノ!」

「グゥ!? 何ダこの光ハ!?」

「回復魔法……もしかして……?」

「ふむ。生命を穢す王ノーライフキングは死を司る魔物じゃ。聖属性の回復魔法はそのまま毒になるんじゃろうな」

「ノノを殴ったな。ノノを傷つけたな。よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも——!」


 魔力が弾ける。

 空間そのものを満たすほどの魔力をすべて聖属性に変換する。


『警告:ナノマシンの稼働率が100%に近づいています。クールタイムを取ってください』

「うるさい! 私は! 私だって怒るんだ!」


 ノノを。

 私の大切な人を傷つけられて。

 黙っていられるはずがないのだ。


「ああああああああああああああああああああああああああっ!」


 意味を成さない絶叫とともに、ありったけの魔力を振り絞る。


「ぬっ!? まずい、空気中のナノマシンども! 励起して聖属性魔法の発動と伝播を全力でアシストせい! ノノ、障害物をすべて消し飛ばせ!」

「私に命令して良いのはお嬢様だけです!」


 文句を言いながらも、干渉を始めたリーアのためにノノが大剣を振るい、王城を破壊した。

 ただでさえ一部が吹き飛んでいた王城は完全に上部を失い、東西南北360度、すべてが見渡せる状態になった。


 同時、私が振り絞った魔力が光となってはじけた。


 それは王城のみならず、王都を越え、ブレナバン全域に広がる。

 そして、回復魔法が豪雨のように降り注いだ。

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