第36話 聖女としてではなく
馬車を走らせて一昼夜。
私が寝なければ良いだけなことに気づいて夜も走ったことで、王都にたどり着いた。
都市内に引き込まれている川の近くから内部に潜入。
下水道らしき場所を超えて王城の地下にたどり着いていた。
「……こんなところにも死体が」
「誰も知らない道のはずでは?」
「おそらくは川に捨てられて流れてきたんだろうよ。誰かが歩いた形跡はない」
ジグさんの先導で城の地下牢近くにたどり着いた私たち。
本当だったら炊き出しを始めて回復魔法を掛けて回りたいところだったんだけど、それはできなかった。
王城に立てこもる第二王子と、外から攻める第四王子。
その二人が激突していたからだ。
「今は目立ちすぎます……何より、回復するそばから戦列に復帰したり、敵兵を回復されないようお嬢様に危害を加える可能性もありますので」
「だな。戦の終結を宣言するのが先だ……仲良く二つの首を並べてやればどっちの派閥も諦めるだろ」
本当は殺してほしくない。
だって私は救うためにここまで来たのだから。
でも、すでにそういうことを言えるような状況じゃないのは私にだってわかっている。
誰を殺すことが、より多くの命を救うことになるのだ。
「いくぞ」
ぴったりとはめ込まれているように見えた石壁を外し、王城内に突入。
戦端が開かれているためか、城内は閑散としていた。長年離れていた、と言っていたジグさんは勝手知ったる庭、と言わんばかりに堂々と歩みを進めていた。
「なっ、きさ——」
「誰……グギッ!?」
途中、出会った兵士や城勤めらしき人々。
敵か味方かすら分からない彼らは、碌に会話すらせずに無力化された。ジグさんの槍捌きはドルツさんみたいな冒険者と遜色ないもので、声をあげる暇もなく意識を刈り取られる。
痛そうなけがをしちゃった人にはすぐ回復魔法を掛けたけれど、一切歩みを止めることなく謁見室までたどり着いてしまった。
バンッ、と両開きの扉を蹴り開けると同時、ジグさんとドルツさん、フェミナさんが飛び込んだ。
中にはでっぷりと太った大臣たちと、どことなくマーカスに似た風貌の男。
20人近い大所帯で、何かを話し合っているようだった。
手近な人間を貫いたジグさんが吠える。
「第三王子ジグルドが帰還したッ! 国を荒らす異母兄弟とそれに従う
魔力の気配がした。
おそらく魔法を使える者が混じっているのだろう。
このままだとけがをするかも。
そう考えた瞬間、勝手に動いていた。
「スタンフラッシュ」
私の後頭部で閃光と音による無力化魔法を破裂させれば、私……というよりもジグルドさんに視線を向けていた敵の皆さんに突き刺さったらしく、そろって悶えた。
「今だっ!」
ジグさんの声に合わせてドルツさんとフェミナさんが走った。
ノノも、私を守っているよりも一気に制圧しちゃった方が良いと考えたのか風を斬って玉座へと向かう。
そして、ものの10秒もしないうちに謁見室は制圧された。
騒ぎを聞きつけて兵士たちがやってきた時には、すでに大臣たちも王子も四肢を縛られ、床に転がされていた。
「大勢は決した。動くなよ」
玉座に腰かけ、転がる第二王子に槍の穂先を突き付けたジグさんはどう見ても悪役だった。
「状況を理解したら白旗を上げてこい。
***
「はははっ! 愚鈍で使い物にならぬと思っていたが、一応は王族だったということか!」
何を勘違いしたのか、マーカスは小一時間でやってきた。
マリアベルたちが隠れているとも知らずにつかつかと入ってくると、玉座から退いたジグルドを小ばかにしたように見据えて鼻を鳴らした。
「それで? 第三王子殿下は何を望む? 国を放り出した罪の帳消しか? それとも爵位か? 公爵位をくれてやっても良いぞ」
「望むものか……そうだな」
演技を始めたジグルドだが、すぐそばに控えていたマーカスの側近トムソンが激高した。
「おい。言葉に気を付けろ。貴様の前にいるのは弟ではない! この国を統べる国王陛下であらせられるぞ!」
「ふふん、言ってやるなトムソン。玉座を望まず私に渡す程度の知恵はあるんだ。自らの立場も理解しているだろう」
「寛大なる陛下に感謝するんだな!」
出来の悪い茶番にしか見えないやりとり。
ジグルドは小さく笑い、それから自らの願いを口にした。
「俺は国を捨てた身だ。今更、価値のあるものを求めたりはしない」
だから。
「お前の首で良い。銅貨一枚の価値もない、空っぽな頭が乗ってるだけだからな」
槍を振るう。
迷うことなく胴と頭を切り離す一撃を繰り出したジグルドだが、その切っ先はトムソンによって弾かれる。
「ふん、欲に目が眩んだか」
「ばぁか。一緒にすんな」
ジグルドが敵対者であることを理解した兵士たちが、マーカスを守るように展開する。が、
「スタンフラッシュ」
どこからか放たれた魔法で目と耳を無力化された。
同時に飛び込んできたのは男女の冒険者。モンスター相手に鍛え抜き、練り上げた肉体はしなやかな動きで、しかし寸分の狂いもなく脚や腕を切り裂いていく。
悲鳴が上がる。
ものの一分もしないうちに第四王子側の兵士たちが無力化され、縛り上げられた。
「こいつらちょっと弱すぎねぇか……?」
「そう? こんなもんだと思うけど」
「おそらくですが、戦争で疲弊していたのでしょう……部下を労い管理できるような者たちが上に立っていれば別でしょうが」
ロンドの言葉にうなずいたジグルドは大臣以下主要人物を牢につないでおくように命じた。
同時に玉座背後に掛けられた絨毯——本来ならば有事に備えて近衛兵たちが隠れている場所からマリアベル達が姿を現す。
「ふん」
侍女のノノが不快そうに放り出したのは先に捕まえ、さるぐつわを噛ました状態で縛り上げた第二王子だった。
「……どうするつもりだ? 何の後ろ盾もなく、政治にも疎い
縛られ、這いつくばったまま怒声を放ったマーカスだが、最後まで言い終えることなく言葉を遮られた。
ノノのつま先がみぞおちにめり込んだのだ。
「お嬢様の前で不快な鳴き声をまき散らすなケダモノが!」
「なっ、ぐっ………ま、アリアベル……? なぜ貴様がここに!」
「俺が呼んだ。愚か者のせいで滅ぼうとしている国を救ってもらうために」
「そ、そうか! 聖女を生贄に儀式をグガッ!?」
「貴様が散々弄び傷つけた方に、これ以上なにを求めている」
「ぐぐぐっ……マリアベル、何をしている……はやく私を癒せ……!」
「どこまであさましい人間なんだ貴様は!」
いきり立ったジグルドが槍を構えた。
謝罪の一つもさせたうえで、民衆の前で首を
だが、生かしておくことで国を救おうとしてくれた聖女に負担が掛かるというのならば話は別だった。
「もう良い。愚かさを悔いる暇もやらん……死ね」
槍が繰り出された。
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