第35話 ホットサンド走法

「はい、完成!」

「さすがお嬢様です!」

「うまそ……」

「駄目よ、お昼なんだから」

「わーってるよ」


 絶望の淵に立っていた私を救い出してくれたのはやっぱりノノだった。 

 作り終わったサンドイッチのいくつかをホットサンドに加工するから手伝ってほしいとお願いされたから、落ち込んでいる暇なんてなくなったのだ!


 ホットサンドをつくるための、ぎゅっと挟めるタイプの鉄板にバターを塗って、サンドイッチを挟んだらずらさないように気を付けながら炙っていく。

 近すぎると焦げちゃうけれど遠すぎると焼き目がつかないので加減が難しかった。最初の一つ二つは失敗してしまったけれども、ロンドさんとドルツさんが食べてくれたので痕跡は残っていない。


 サーモンは火が通っちゃうのでホットサンドにはしなかったけれど、代わりにドルツさんのリクエストでたっぷりのチーズに千切りキャベツとベーコンを挟んだがっつり系のホットサンドも作った。

 あんまり重たいものはと思ったんだけど、私の10倍以上食べられるドルツさんなら平気かな。


 私も一口なら頑張れるかもしれないし、自分で作ったとなれば格別のはずだ。

 

「お昼楽しみ!」


 朝の残りの唐揚げもサーモンもあるのでどれを食べるか迷っちゃうけれど、さくっと食べれるなら何でもいい。


「それじゃ、そろそろ出発ですね」

「うん……皆に提案があるの」

「提案、ですか」

「疫病を止めるなら、早い方が被害は少ないよね?」


 今この時にも苦しんでいる人がたくさんいるだろうし、時間が掛かれば掛かるほど手遅れになる人が増えるだろう。

 だから、


「馬を限界速度で走らせてください」

「そんなことをすれば馬が潰れてしまいます!」

「却って遅くなっちまうぞ?」

「私が回復魔法で補強して移動します」


 馬車の中で動かずに魔法を使うだけなら、一日中だってできる。

 馬を回復しながら走らせ、昼食も馬車の中でる。そのためにさくっと食べられるものをお願いしたのだ。


 最高速で移動すれば、きっと救える命は多くなるはずだ。


——失わせない。


 そんなことは無理だって分かってる。

 人は必ず死んでしまう。大樹林でも何人もの兵士や騎士が命を落とした。

 でも、私のせいで人が死ぬのはもう嫌なんだ。


 私が頑張らなかったせいで。

 私が諦めたせいで。

 私が楽をしようとしたせいで。


 助かるはずの命が失われることは耐えられなかった。


「揺れで馬車酔いするようならそれも癒します。ガタガタの道でお尻が痛くなったらそれも癒します」

「……通常の三倍。いや、休憩もほとんど取らなくていいから四倍は進めるな」

「経由する街も減らせますからもっと早くなります。一か所だけ、食料の手配のために寄ってもらわねばなりませんが」

「食料も空間魔法の中にから大丈夫。大鍋も魔法で作るから、現地で料理の手伝いをしてくれる人を募ればどこにも寄らなくていい」

「ルートを変えます。まっすぐ王都に向かいましょう」

「道も土魔法でならすし、風魔法で追い風にする」

「そんなことをすれば魔力がもたないだろう!?」


 私の言葉に反対したのはジグさんだ。


「魔力が切れれば意識は失うし、死ぬほど苦しい思いをするんだぞ。無理をして進もうとしても無駄に苦しむだけでいい結果にはならねぇぞ」

「もつよ?」


 数年前までは無理だったかもしれないけれど、今の私なら絶対にもつ。


「それに、もし気絶したら太ももか肩を刺してくれればすぐ起きるもん」

「なっ」

「ッ!?」

「馬鹿か!?」

「馬鹿じゃないよ。傷は魔法で癒せるし、私が起きれば救える命があるんだから」


 私の言葉にしかし、ジグさんはおろかロンドさんやドルツさんまでもが苦しそうな顔をしていた。

 ノノは指が真っ白になるほどに握り込み、食い込んだ爪で血をにじませていた。


「……お嬢様。やはりブレナバンに行くのはやめませんか?」

「ごめん」


 それはできない。

 だって、そんなことをしたら救えるはずの命が救えなくなるから。


「……償わせる……何が何でも償わせる。すまん……!」


 なんでジグさんは泣いてるんだろう。

 どこか痛いのかな。


 ***


 王城に、火の手があった。

 城そのものが燃えているわけではない。

 中庭に用意された木材に火がつけられ、その中に死体が投げ込まれていたのだ。


 疫病で死んだ者たちだ。


 人の脂が焼ける不快な臭いとともに黒煙がぶすぶすと立ち上っていた。


「ふん……他に発病者は?」

「おりません」

「では予定通りに処刑を執り行う」


 第二王子が号令をかけると同時、一人の人間が兵士に引きずられてやってきた。


 それまでとは違い、生きた人間だ。


「流行り病をばら撒いたばかりか、王城を病で穢した罪を償え」

「殿下! おやめください殿下! 病は王命で研究していたのです!」

「放り込め」

「殿下ぁ!」


 悲鳴を上げる大臣は四肢を持ち上げられ、そのまま

 耳をつんざくような悲鳴があがり、そしてすぐに消えた。


「ふん……次は異母弟マーカスか。まだ捕まらないのか?」

「申し訳ありません。徴発された村人の数が予想よりも多く」

「さっさと殺せ。マーカスに与する者など我が国には要らぬ」

「し、しかしこちらの被害が……」

「王都の民も俺のために死ねるのならば本望だろう。人が減り、風通しが良くなれば病もおさまるであろう?」

「……かしこまりました」

「徴発で病をもらってくるなよ? 発病者は見つけ次第殺して家ごと焼け」


 第二王子の言葉に部下たちが顔をこわばらせる。王城で働く者は、王都で生まれ育った者も少なくはなかった。

 とはいえ反抗することはできない。

 今さっき、生きたまま焼かれた大臣を見せつけられたばかりなのだ。

 諫言をすればほぼ間違いなく勘気に触れる。どのような処刑方法かはわからずとも、結果だけははっきりと見えていた。


「はっ」

「発病者を隠した者も同罪だ。すぐに焼け」


 顕現した地獄は、更なる状況の悪化を見せていた。


***


「あいつはどこ行ったんだ! この忙しい時に!」


 魔王種が頭を掻きむしっていた。怒りと焦りを体現するかのように魔王種を取り囲む植物が悶えていた。

 互いに憎みあうかのように絡み合い、締め付けあう。

 ちぎり、折れ、枯れた先からさらに植物が生え、再び絡み合って悶える。


 そうして枯死した植物が地層のように積み重なった上に、ぴょろりと一本の植物が生えた。

 驚異的な速度で成長した植物は先端に実をつけた。

 むくむくと大きくなった木の実はぱっくりと割れ、そこから目玉を覗かせた。ぎょろりと動くそれは明らかな意思を持った何かだ。


「……審判の樹、じゃと……?」


 魔王種は戸惑いながらその実へと手を伸ばした。ぽとり、と手のひらに落ちたそれはやがて一つの方向を見据える。

 大樹林より離れてなお遠く、その視線が向いた先には。


「死をもてあそぶ愚か者か」


嫌な臭いを放つ黒煙がたなびいていた。

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