第34話 朝ご飯

「ノノ、サンドイッチが良い! 種類をいくつか用意して、お昼も食べれるようにしたいの」

「サンドイッチですか。かしこまりました」


 私のリクエストに沿ってノノが具材を用意していく。

 パリパリのレタスや糸みたいに細く切ったニンジンをたくさん用意する。

 マヨネーズも作ったし、粒々がキレイなマスタードもある。


「あとはメインの具材ですが」

「さっぱり系が良いの! なるべくさっぱり爽やか!」

「かしこまりました。それではスモークサーモンととりハム……代わりにバジリスクハムを使いましょう」


 煙っぽい香りが食欲をくすぐるスモークサーモンには酢漬けのケーパーで酸味をプラス。

 薄切りにしたバジリスクハムには、レモン汁を足したマヨネーズを塗ってさっぱり系にして、仕上げにレモンの皮を薄く削って散らしていく。


「……美味しそう……!」


 柑橘の香りが鼻をくすぐる。きゅっとするようなレモンの酸味を想像して涎が溢れそうになったので、あわてて慌てて口元を拭った。

 見られてないかな、と周りの様子を伺えばジグさんとドルツさんが涎をしっかり垂らした状態でバジリスクハムにくぎ付けになっていた。


「えっと……足りない気がするのでもう少し作りますか」

「そうだね。何を挟んだら美味しいかなぁ」

「ツナマヨと玉子サンドも作りますか。男性陣にはガッツリ系の唐揚げとかがあっても良いかもしれませんね」

「唐揚げ!?」

「お嬢様は我慢ですよ」

「えぇっ!? なんで!?」

「ただでさえ負担の大きい揚げ物です。馬車で揺られたら気持ち悪くなってしまう可能性が高いです」

「か、回復魔法を使えば……!」

「きちんと食べるのは胃腸が丈夫になってからのお楽しみにしましょう」

「むぅ!」


 唐揚げだよ!?

 唐揚げなんだよ!?

 何で私は胃腸が弱いの……!


「た、食べれるかもしれないし!」

「天丼の時のことをお忘れですか」

「で、でもいっぱい歩けるようになったし……!」

「そうですね。それでは今日のサンドイッチでマヨネーズを使いますので、これを食べても胃もたれしないようならば考えてみましょうか」

「むぅぅぅ!」


 ノノの意地悪!

 ロンドさんとドルツさん、そしてジグさんは口と鼻の辺りを手で押さえて首の骨が折れちゃうんじゃないかってくらい視線逸らしてた。

 そこまで私の味方したくないアピールするの!?

 もう良いもん!


「ふぇ、フェミナさん……」

「マリィちゃんやめて……私はマリィちゃんの味方だけどマリィちゃんのためにも心を鬼にしないといけないの……!」

「る、ルビー……!」

「きゅっ!? きゅきゅっ! きゅきゅぅっ、きゅっ、きゅう!」

「お嬢様、さすがにルビーにまで助けを求めるのは無理があるかと」

「だってぇ……」

「仕方ありませんね……食べやすいサイズのものをご用意しますので、サンドイッチとは別に、朝のうちに少しだけ召し上がってください」

「やった! ノノ大好き!」

「アッ……わ、私も唐揚げさえ作れれば抱き着いてもらえたのに……!」

「お嬢様を甘やかすのは私の特権です」


 ぐりぐりとお腹の辺りに顔をこすりつけると、ノノはくすぐったそうに笑ってくれた。

 うん。

 怒ったりしてるときより、そうやって笑ってくれてるノノの方がずーっと素敵だ。

 ……わがまま言っちゃったのは私だけど。

 

「さて、それではさっさと作ってしまいましょう。朝食はオープンサンドにします」


 お肉の脂を落とすために波型になったフライパンで大きめに切った食パンを焼く。小麦の香ばしい匂いがしてきたところでパンにマヨネーズとマスタードを塗っていく。

 マスタードはうすーく伸ばして、マヨネーズはちょっと多め。

 レタスにニンジン、オニオンスライスと色味良く重ねて、一番上にメイン食材を置くのがほとんどのサンドイッチ。

 玉子サンドだけはやり方が違うのでまだ作ってない状態だ。


「お嬢様は何を召し上がりますか?」

「うっ……」


 本当は全部食べたいんだけど絶対に食べきれない私は散々悩んだ末に玉子サンドを選んだ。


 ツナマヨは前に食べたし唐揚げで鶏肉は食べる。そして裏ワザとしてスモークサーモンも少しだけ切ってもらったものを別添えでお願いした。

 玉子サンドだけ作り方が特別っぽかったし、一番食べたことのない味に挑戦しようと思ったのだ。


「それではこちらの茹で卵をフォークで崩していただけますか?」

「はぁい」


 たくさん作った茹で玉子。そのうちのいくつか剝いてからボウルに入れて、フォークで崩していく。つるんとした白身と薄黄色の部分が混ざったところでマヨネーズとマスタード、隠し味にすこーしだけレモン汁を垂らす。

 水分が入ったことで滑らかな感じになったところで準備は完了だ。


 カリッと焼いたトーストの上にノノがスライスしてくれた茹で卵を並べていく。その上から私が潰したやつを塗っておしまい。

 何と、玉子サンドには他の具材を使わないのだ!


 山積みのサンドイッチを前に、全員そろって手を合わせる。


「いただきます!」


 トーストに噛り付くと、小麦の香りと一緒に玉子フィリングの甘味が口いっぱいに広がる。レモン汁でさっぱりさせた玉子は全然くどくないけれど、ぷりぷりの白身にしっとりした黄身のソースが絡まって噛めば噛むほどコクと香りが口いっぱいに広がっていく。


「ふぁぁぁっ……!」


 美味しすぎてもう言葉にならない!

 濃厚な玉子を味わい切ったところで付け合わせに出してもらったスモークサーモンを一口。

 サーモンの脂にスモークの香り、そしてケーパーの酸味が玉子の後味を追い出してくれる。

 これはもしかして至高の組み合わせなのでは!?


「はぐっ! あむっ……!」

「お嬢様。唐揚げもございますよ」


 分かってるけど、分かってるんだけど止まらないんだよ……!

 唐揚げもさくさくホカホカなのが二つも用意されている。茶色の衣をまとった姿はまさに揚げ物!

 私が求めてまない憧れの食べ物の証だ。


 まさかのドルツさん達と同じサイズのおっきな玉子サンドを半分も食べたので、そろそろ限界が近い。

 うーん、玉子サンド美味しい……でも唐揚げも食べたい……!


 断腸の思いで玉子サンドを紙に包む。続きはお昼、続きはお昼と言い聞かせて唐揚げにチャレンジだ。


「はふっ」


 噛んだ瞬間、しっかり目に揚がった衣が軽い音を立てて崩れて中から肉汁が溢れた。

 しょうがとにんにく、そしてしょうゆが香る肉汁の洪水はさっきまで口の中を支配していた玉子の気配を一気に押し流し、塩気と脂でいっぱいになる。


 こくん、と勝手に喉が動く。


 熱を帯びた肉汁が喉を通り抜けると同時、香りがよりいっそう強く鼻に抜けた。


「…………」

「お口に合ったようで何よりです」


 自然と口の端があがり、笑顔になってしまった。

 あっ、二つ目のからあげ……いやでもサーモンも少し残ってるし、玉子サンドもあと一口だけ食べたいような気もしている。


「うー……あー……」

「大丈夫ですよ、お嬢様。食べ物は逃げたりしませんから」

「うー……わかった」


 わがままを言って困らせたいわけじゃないし、食べられないのは私がお腹いっぱいなせいなので我慢する。お昼になれば食べられるもんね!

 それに、ドルツさんたちの半分も食べたのだ!

 私の胃も順調に元気になっている証拠だろう。この調子でいけばすぐにたくさん食べられるように——


「あ、あれ? ドルツさん、それは?」

「んー? 嬢ちゃんの食べてた玉子サンドがあまりにも美味しそうだったからお代わりした」

「ドルツったら、もう5つ目なのよ! お昼の分もあるから我慢しなさいって言ってるのに!」

「本当だったら10個とか食べたいのを我慢してるんだぞ!?」


 ……10個……?

 そんなに食べたら私のお腹はきっと爆発しちゃうだろう。


「お嬢様、何を打ちひしがれていらっしゃるのですか?」

「り、理想の高さに……?」


 道のりが険しい……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る