第32話 商談

「どうやらブレナバンで政変が起こっているようでして」


 あとはスープを煮込むだけ、という段階になってノノが合流してから切り出されたのは、そんな話だった。

 ここにいる夜盗っぽくない人たちは、ブレナバンからの難民だった。


 詳しい原因は不明ながら、国王が崩御。

 王都を支配する第二王子と、玉座を奪いたい第四王子マーカスが内紛を始め、国が割れた。


 騎士の損耗を嫌ってか、両陣営は近くの村や町から無理やり徴兵してきた国民たちに戦闘を命じ、王都近郊では死体の山が積みあがっているらしい。

 その結果として起こったのは、


「……流行り病で王都は壊滅状態です。貴族の多くが地方に引きこもり、他国どころか他領との行き来すら禁じる始末。ただでさえ今年は不作だったこともあり、俺たちは村を捨てて逃げ出すしかなかった」


 それが、この夜盗団の実態だった。

 道理でげっそりやつれているはずである。むしろ、そんな状況で老人や子供、傷病人を見捨てずにここまで来ただけでも苦労の連続だっただろう。


「流行り病に不作。……ブレナバンには死神が憑りついているのでしょうか」


 酷薄な笑みを浮かべたノノに首を振ったのはジグさんだ。


「憑りついてるどころか、んだろうな」

「何かご存じなので?」


 こくりと頷いたジグさんによれば。


「他国との関係が急速に悪化した原因を経済戦争だと断じた馬鹿どもが”搦め手での攻撃”をしようと躍起になってな」

「搦め手?」

「麦角と疫病だ」

「っ!?」

「麦角は管理に失敗して穀倉地帯を焼き払うことになった」

「それが不作の正体ですか」

「ああ。王族は必死になって隠していたが、第四王子バカが反乱の同志を募るためにバラした」


 えっと。

 それで王座を手に入れたとして、どうやって国を治めるんだろう。

 貴族はおろか、平民たちだって納得しないだろう。なにしろ汗水たらして育てた食べ物を毒物に変えてしまった人物の血縁なのだ。


「疫病も同様だ。屠殺した牛や羊を生きたネズミと一緒に閉じ込めて食わせてわざわざんだ。毎月、犯罪者を噛ませて毒性が強くなるまで育てといて、管理不足で自国にバラ撒いたんだ」

「……管理が成功していたら今頃は多くの国に蔓延していたでしょうし、我々商人が疫病の媒介者になっていたかもしれません。ブレナバンの人々には申し訳ありませんが失敗してくれて助かりました」


 言いたいことは分かるけれど、状況は最悪だ。


「というか、他国に広めたところでどうやって終息させるつもりだったの?」

「ははは。そんなことを考えられる人ならば疫病に手を出すようなことはしませんよ」


 その通りだ。

 ここにきている人々ですら飢えに病で苦しんでいたのだ。

 病の嵐から離れ、戦から遠ざかり、麦角から逃げたはずの人々ですらここだ。いまだに爆心地に——ブレナバン王都から逃げ出せなかった人はどうなっているのか。


「ここからが私の商談です」


 そういえば、そんなことを言っていた気がする。

 ブレナバンの現状があまりにも衝撃的過ぎて完全に吹き飛んでいた。


「……しょ、商談」

「ええ。マリィ様……否、元ブレナバン王国聖女、マリアベル様には滅亡の危機にある王国を救っていただき——」

「ふざけないでくださいッ!」


 ロンドさんの言葉を遮ったのはノノだ。


「あの国がお嬢様に何をしたのか、知らないとは言わせません! これ以上お嬢様から髪の毛一本でも何かを搾取しようとするならば私が相手になります!」

「お待ちください。これはマリィさんやノノさんにも利益のあるお話です」

「何が利益ですか!? お嬢様を犠牲を強いていたあの国が自ら滅んでくれるんですよ!? これ以上の利益があると思いますか!」


 大剣を突き付けたノノだけれど、ロンドさんは退くこともなければ狼狽えもしない。刃を首元に当てられたまま言葉を紡いでいく。


「このまま放置しておけばブレナバンは滅亡するでしょうね。疫病は国内どころか国外にまで広まり、世界中に蔓延するでしょう……ただし、王族は逃げるでしょうね」

「逃げ切れると?」

「さぁ? 逃げ切れずに病死する可能性もありますが、大金をばら撒けば退路くらいは確保できるでしょう」


 飢饉に戦争となれば物価は上がるだろうし、逃げ出すためにもまとまったお金が必要になる。

 目先の利益を考えて王族にくみする者は出てくるのは避けられない。


「そこでマリアベル様です。『殺されそうになった聖女様は、国難から人々を救うため、自らの危険も顧みずに戻ってきた』『病を治し、けがを癒し、飢えを満たしてくれた』……ではなぜ聖女様は国を離れることになったのか。それを知った国民たちはどう動きますか?」

「なるほど……国民全体を使って追い詰めるですか。やせ細った猟犬と疲れ知らずの疫病。どちらが優秀でしょうか」


 許す気はない。

 ノノは言外にそう示していた。


「それじゃあ俺から追加で。王族が使う避難用の隠し通路を知ってる。そこを潰すか、そうじゃなきゃ見張ってれば捕まえられるだろう」

「我々がたどり着く前に逃げていないことが前提ですか?」

「……侍女のねーちゃんはどうしたいんだ。誰をそんなに憎んでいる。誰の首を取れるなら首を縦に振ってくれるんだ?」

「王族全員の首を撥ねてやりたい気分ですが、もし選ぶならば第四王子を」


 ジグさんはくく、と喉を鳴らした。


「マーカスか。良いだろう、首を献上する。……仮に取り逃がしたら、最低でも一人は別の王族の首を」

「第四王子を取り逃がしておきながらお嬢様に献上できる首級くびがあると?」


 ジグさんは頷き、自らの首元に指を当てた。


「一〇年近く故郷クニに帰っちゃいないボンクラだが、これでも一応は第三王子だ」


 ひゅおん、と風が吹いた。

 気づけばジグさんの首元にノノの大剣が添えられていた。切っ先を向けるどころか、ノノが手を離しただけでジグさんは死ぬだろう。


「ノノ!」

「ブレナバンの王族がどの顔さげてお嬢様の前に現れたッ! 交渉などできると思うな、今すぐ首を切って詫びなさい!」」

「ノノ、止めて!」

「言い訳はしない。マーカスを殺した後、まだ気が収まらないなら俺の命もくれてやる」

「ノノ、お願い! 剣を下ろして!」

「ですが……」

「私は誰の命もいらない。誰にも死んでほしくないの」


 歯を食いしばるようにしてノノが黙ったので、ジグさんに向き直る。


「私に何をしてほしいの?」

「……国外にいた俺の元にも、聖女様がブレナバンでどう扱われていたか届いてきた。都合がいいことを言っているのは重々承知。王族も貴族も全員見捨てて構わない。俺の首級くらいこの場で渡す。女子供だけでもいい……国の民を救ってほしい」

「ノノ……あのね」

「私はお嬢様にお仕えする身です。お願いなどせず、命じて下されば良いのです」

「……ごめんね。ノノが私のために怒ってくれてるのは分かってるの。でも、助けてあげたいの……」


 私ならそれができるから。

 私じゃないと、それはできないから。


「……それで、少しでもお嬢様が幸せになれるのならば」


 ごめん。

 本当にごめんね。

 

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