第31話 盗賊というにはあまりにも
馬車に何日か揺られた私たちは頭を突き合わせて地図を見ていた。
暇つぶしというか、もう知ってるんだけど自分たちが通るルートの確認だ。
「エクゾディス大樹林を迂回するって地図上だと大したことねぇんだが、長いよなぁ」
「これでもギリギリのところを通ってるので短い旅程にはなってるんですが」
ロンドさんが頬をかくが、ジグさんは全身全霊で「暇です」と表していた。
ぶすっとした顔とだらしなく投げ出した手足。
指先でつついているのは地図上の所在地だ。
「いやー、普段なら小さな町とか村を経由すっからそこで弾いたり歌ったりしてるし、良い感じの娘がいれば夜もそこそこ楽しめるんだけどなぁ」
なぜかノノとロンドさんの視線が冷たくなったけれど、ジグさんはそんなことお構いなしに好き勝手喋り続ける。
「何にもなしは暇すぎる……いっくら美人でも二人にチョッカイ出すなんて不義理はできねぇしこの際だから盗賊でも出てこないかなぁ」
「さすがに不謹慎すぎませんか?」
「お嬢様の前で次に同じような発言をしたら夕飯を抜きます」
「でもよぉ。俺たちがいるのは大樹林のきわっきわだぜ? 国境線も近い上に関所もねぇから追われたら他国に逃げ放題。俺が盗賊団のアタマをやるなら絶対そうする」
妙に力強く断言したところで馬車がひときわ大きく揺れた。前につんのめるような動きは止まった証拠だろう。
「……なるほど、フラグというやつですか」
「ふらぐ?」
私の問いにノノが答えるより早く、後ろからドルツさん達が顔を出した。
「ちょっとご相談が」
「夜盗か? 夜盗だろ? 俺も戦っていいか!? 暇してたんだ!」
「あー……似たようなものではあるんですけども、夜盗というにはあまりにもぼろぼろなんです」
言われて馬車の外を覗けば、そこにいるのは武装した人々だった。30人くらいはいるだろうか。
ただしフェミナさんの言う通り、夜盗っていうにはあまりにもみすぼらしい恰好をしていた。
ひょろひょろの手足に削げ落ちたような頬。
持っている武器も剣や槍に混じって
よくよく見てみれば、武装した人の背後には子供や老人の姿も見える。
……夜盗というよりも、難民?
「馬車の代表者を出せっ」
眼をギラつかせながら怒鳴るのは二十歳そこそこの青年だった。何にも食べてないんじゃないかってくらい細いし、どう考えてもドルツさんたちに勝てるようには見えない。
「金と食料、それから医療品をありったけ出せっ。そうすれば命だけは助けてやる」
「……えっと、もしかして困ってる?」
「ば、馬鹿にするな! 俺たち舐めてると痛い目をみるぞ!」
あ、目が合った。
「お、女の子じゃないか! 怖い思いをさせたくないだろう! 俺たちも鬼じゃないから金品は諦めてやる! 食料と医療品も最低限は残してやるからさっさと出せ!」
うん、この人絶対に良い人だ。
おそらく食料も衣料品も必要に迫られ、仕方なく盗ろうとしているのだろう。げっそりとやつれた姿を見るとそうとしか思えなくなってくる。
ってことは。
「私は回復魔法が使えるので、もしけが人や病人がいたら癒せるけど」
「ほっ、本当か!?」
私が頷くと同時、ノノが私を隠すように立ちはだかって大剣を地面に突き立てた。
ズドン、と大地を振るわせると仁王立ちになって鋭い視線を夜盗っぽくない人たちに向けた。
「お嬢様の慈悲に縋りたいのならば、取るべき態度があるでしょう。その手に持っているものを誰に向けるおつもりですか」
「あ、ああ……すまなかった! 病で動けない者たちがいるんです、助けてください」
当たり前のように武器を投げ捨てた青年は、迷うことなく膝をついて土下座した。
***
「これで病人やけが人は全員? 小さな傷とか、ちょっと調子がおかしいって人も遠慮なく来てね!」
「不調がない方とお嬢様に癒していただいた方はこちらへ。スープを用意していますので『神の御使い様万歳』か『神の御使い様に栄光あれ』と言って受け取ってください」
「ノノ!? 何を言わせようとしてるの!?」
「これは一般的な信仰ですよ? ほら、これが『お嬢様』だったり『聖女様』だったら話は変わりますが」
「あっ、そっか……ヴェントでそう呼んでくれる人がいたから勘違いしちゃった。自意識過剰だね、ごめん」
「いえ! そんなことはありません!」
ノノはフォローしてくれるけれど、あまりにも恥ずかしい勘違いに頬が熱くなるのを感じた。
きっと真っ赤だろうから見られないように俯いて深呼吸。
「おいロンド、あの聖女様ちょっとチョロすぎねぇか……?」
「ええ。ですから周囲が目を光らせ、付け入ろうとする輩を排除せねばならないのです。……仮にジグでもマリィ様を食い物にするならば全力で叩き潰します」
「馬鹿。俺はそこからは一番遠いって分かってんだろうが」
「分かっておりますよ。ですからこうして同道を許したわけですし」
ふぅ。ちょっと落ち着いたかも。
まだあっつい気がするのでパタパタ仰ぐと、ジグさんに視線を逸らされた。
「……クソ。何であんな美人なんだよ……!」
「そっちの意味でも手を出そうとしたら全力で叩き潰します」
「分かってらぁ。嬢ちゃんたちを口説くなんて恥知らずな真似できるわけねぇだろ」
さて、回復魔法が必要な人はもういないみたいだし、ノノのお手伝いしよーっと。
「何かやれることある?」
「スープを作り足したいのですが配膳の手も足りないのです。どちらかをお任せしても良いですか?」
「じゃあ配膳するね!」
レードルを受け取ると、かなり少なくなったスープをくるくるとかき回してから器に注いでいく。
うーん、食器も土魔法で作り足しておこうかな。使い捨てとはいえ人数を考えて予備まで作ったはずなのに足りないってことはおかわりしたいいっぱいいるってことだ。
残ったスープの配膳を済ませてノノが作り終えるのを待っていると、ロンドさんやジグさんとリーダー格の青年が話し込んでいるのが見えた。
深刻そうな顔なので途中から首を突っ込むのも申し訳ないし、ノノのお手伝いしよっかな。
そんなことを考えていると、ロンドさんが二人を引き連れてやってきた。
「さて、マリィ様。商談をお願いしたいのですが、よろしいですか?」
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