第16話 念願の

「聖女か……面白いな」


 倒れ伏したマリアベルと、大剣を投げ捨てて抱き上げるノノ。

 城壁の中腹、地面と水平に立った黒い影はそれを見つめながら笑っていた。


「我が花嫁にふさわしいか試すつもりが……いやはや、うまく行かないものだな」


 言葉とは裏腹にどこまでも楽しそうな気配が滲む。


「我の思い通りにならなかったことなど、何百年ぶりのことか……歯がゆいのもまた快いものだ」


 それだけ告げると、空気に溶けるように消えた。

 誰一人として、その動きを見ているものはいなかった。


***


 街を救った私たちは、貴族たちが逗留するような豪華な宿に運び込まれた。お金は一切なしで傷が癒えるまで好きなだけ寝泊まりしてください、とのことだったんだけど、私の回復魔法で全快しているので暇なのだ。

 結果、美味しいご飯を食べてだらだら過ごすことになっていた。


 嘘つき冒険者たちが魔物になった理由なんかが分かるまでは街から出ないでほしい、と言われたのでしょうがない。

 疑われている、というよりも、何かあったら守るため、という意味合いが強いみたい。


『街を救っていただいた聖女さまに何かあってはヴェントの名折れですので!』


 街を治める帝国貴族が直接来てそう言っていたので、お言葉に甘えることにした。

 ヘルプによればあの場には魔王種もいたらしいし、少しでも何かわかれば良いな。正直なところ期待はあまりできないけどね。


 閑話休題それはさておき


 お出かけできない私たちの楽しみはご飯である。

 けがしないって約束したのに大けがしたこともあって、私のわがままを聞いてくれる、とノノから申し出てくれた。

 なので。


「あっげもの♪ あっげもの♪」


 今日のメニューは念願の揚げ物だ。


「揚げ物はお嬢様の胃腸に負担が……」

「けがしないって約束した」

「いえ、それはですね——」

「約束した」

「あの、その、」

「した」

「……はい」


 そんなわけで宿の厨房を借りての揚げ物タイム。

 私はいつも踊りにカウンターの向こう側で待っているだけなんだけれど、わくわくが止まらない。

 なんたってノノが期待していたお米と、私がずーーーっと食べたかった揚げ物の夢のコラボなのだ!


 白米は陶器製の分厚いお鍋で焚き上げてほっかほかになっているので、あとは揚げ物の完成を待つのみになっていた。

 つやつやのご飯。何だか甘味を感じるような良い香りのそれが、私の前に出された。

 ……揚げ物はない。


「では、こちらをどうぞ」

「えっ!? 揚げ物は!?」

「落ち着いてください。これから作る『天ぷら』という料理は揚げたてであることが何よりも肝要かんようなのです」


 言いながら見せてくれたのは、一口大にカットされた野菜や魚介類、そしてAランクの魔物であるクリムゾンコッコのお肉だ。


「さて、何かご希望はありますか?」

「んー……選べない」

「では、おすすめを少しずつ揚げていきますね」


 小麦粉に卵と冷水をざざっと混ぜた生地。少しダマっぽさが残っているけれどこれで良いらしく、仕上げにマヨネーズをすこーしだけ混ぜていた。

 隠し味らしい。


「まずは大葉ですね。爽やかな香りが特徴のハーブです」


 言いながら揚げてくれたのはギザっとしたフチの葉っぱ。片面にだけ生地をつけて熱した油に入れれば、ばちち、と爆ぜる音が連続した。

 薄い葉っぱなのもあって揚げ時間はほんのちょっと。

 それなのにドロドロだった生地がパリッと薄黄色になっていた。


「塩でどうぞ」


 差し出されたので頬張る。

 ざく、と砕ける心地いい感覚に続いて口の中に香りが広がる。たった一枚の葉っぱなのに、爽やかな香りとほのかな塩気で口の中がいっぱいだった。


「続いてキスです」


 さばいて骨を取った魚なんだろう、ほっくりした上品なお味の天ぷらだった。これは大根おろしを載せて、天つゆっていう濃い色のたれに潜らせてから食べたんだけれど、大根おろしに染みた天つゆが油のがっつり感を中和してくれて、お魚の旨味と合わさって最高だった。

 さらに、一緒にご飯を口に入れれば、もう幸せすぎて言葉が出てこないほどだ。

 噛めば噛むほど優しい甘味が口の中に溢れ、お魚の味と塩気がさらに引き立っていく。


「~~~ッ!!!!!!!」

「お嬢様!? まさか火傷を!?」

「ち、違うの! 美味しいの! ノノも! ノノも一緒に食べよう?」

「私はお嬢様との約束を守れなかったので揚げたてを提供することに徹しようかと思っていたのですが」


 眉をさげてしょんぼりした表情になるノノだけど、そんなの許すはずがない。


「だーめ! ご飯はね、好きな人と一緒に食べた方が美味しいんだよ!」

「ッ!」

「だから私はノノと一緒に食べたいの」

「では、天丼をつくりますので少々お待ちを」

「うん! 楽しみ!」


 ええと、でもその前に、ノノのお鼻から血が垂れてるから治すね?


***


「の、ノノ……助けて……お腹痛い……気持ち悪い……!」

「だから揚げ物は負担が大きいと言ったじゃありませんか」

「だって美味しかったんだもん!」


 色とりどりの天ぷらを濃いめで甘辛な天つゆを潜らせて、炊き立てのホカホカご飯にのせた料理。ご飯にも天つゆが染み染みになっていて最高だった。

 さくさくの天ぷらをご飯と一緒に頬張るのも大好きだったし、天つゆで衣がぷわっとしたのを食べるのも美味しかった。


 ……そして、結果的にノノの予想通り私はお腹を壊してしまった。


 回復魔法を使おうと思ったけど、ヘルプに止められてしまった。


『注意:腹痛は調子を戻そうとする働きですので、痛みが強くなる可能性があります』


 痛みを消す魔法を混ぜたら、とも思ったけれども、痛いし苦しいし気持ち悪いしで全然集中できなくて無理だった。


 そんなわけで私は食べ過ぎに苦しむことになったんだけど、しょうがないよね。だって、天ぷらも天丼もすっごく美味しかったんだもん。

 ……豪華な宿に泊めてもらえてて良かった。


「ノノ~!」

「はい、ここにおりますよ」


 具合が悪いのを言い訳に、私は思う存分ノノに甘えるのだった。




 後日、天丼を食べる様子を見ていた街の人や冒険者のアツいリクエストによってノノがレシピを売却。

 誰が呼んだか、『聖女天丼』は『聖女クレープ』『聖女マヨネーズ』と呼ばれるようになった。

 『聖女様を笑顔にする魔法の食べ物ですので』と言われてノノが頷いちゃったから正式名称になったけど、作ったのはノノなのにな。

 やがてこれらは他国にまで名前が轟くほどのの名物料理になっていくんだけれど、それはまた別のお話。

 

【大事なお願い】

これにて第一部は閉幕、明日からは第二部開始です!

謎の魔王種の正体やマーカス王子や騎士たちへのざまぁは第二部でのお楽しみとなります。

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