第12話 すごく美味しいご飯

「こ、怖かった……!」

「立派でしたよ、お嬢様」


 商人ギルドの特別室。私はフカフカのソファに腰かけてぐったりしていた。

 魔物がガンガン押し寄せてきてるのに冒険者は私のほうガン見してるし、けがを治すたびに「聖女様バンザイ」って言いながら突っ込んでいくし……もう意味が分からないよ!

 ノノが居てくれなかった絶対に気絶してたと思う。

 今だって大勢の視線と大声に腰が抜けてノノにおんぶしてもらったのだ。

 はぁ、と息を吐く度にノノが頭を撫でたり、ぎゅっとしてくれたりするので私の情緒はぐちゃぐちゃである。

 抱っこしてもらってそのまま寝たいけど、宿じゃないからそれもできない。


「さて、準備が出来たのでそろそろ行きますか」


 ロンドさんがそう呼びに来たので、外に向かう。

 吹き抜けになったホールには冒険者たちがたくさん詰めかけていて、中央部には正座させられているユザークさんがいた。


「聖女マリィ様と、その守護者ノノ様です」


 えっ!?

 ロンドさん、その紹介は何!?

 私が何かを言う前にわぁっ、と歓声があがった。おもわず身体が硬直する。


 ノノが私を気遣って肩を抱いてくれたなか、最初に口を開いたのはユザークさんだ。


「済まなかった!! 俺の見る目がないばかりに、嫌な思いをさせた!」


 どうやら私たちのみならず、冒険者たちにも事情が説明されていたらしく、神妙な顔で事態を見守っていた。

 ノノは複雑そうな顔をしていたけれど、何も言わずに私に視線を移したので私に任せてくれるつもりらしい。


「三人組はどうなったの?」

「野営先で俺を殺そうとして来てな……お嬢ちゃんたちの倒したメタルリザードの横取りや、色々うやむやにするための魔物寄せの薬草を使ったこと、その他もろもろ全部吐かせた。今は衛兵に引き渡して牢屋にぶち込まれてる。縛り首と鉱山送り、どっちにするか話し合われてる最中だろう」


 苦虫を噛み潰した表情のユザークさんは、溜息を一つ。


「冒険者は学がなく、口喧嘩も弱い奴が多い……てっきりアイツらが騙されたものと思い込んじまった。今回の件が片付いたら俺はギルド長を辞任する」


 辞任。

 つまり辞めるってことだ。

 責任を取ったなら、それ以上はやりすぎだ。

 ましてやユザークさんは守ろうとした冒険者たちに野営先で殺されそうになったのだ。返り討ちにしたとはいえ、精神的なダメージは大きいだろう。

 ……見る目がないのが発端ではあるけれど。


「許します。ユザークさん、信じてた人に裏切られてけがまでさせられちゃったし、きちんと謝ってくれた。もう十分罰は受けたと思う」


 私がそう告げたら、ノノやロンドさんはおろか、ユザークさん本人が目を丸くしていた。


「いやいやいや! そんな簡単に許されることじゃないだろ!? そ、そうだ! ハンマー以外の装備を全部売って賠償ばいしょうてる!」

「えっ? でも思い入れのあるものなんじゃ……」

「そりゃそうだが、街中の冒険者を救ってくれたお嬢ちゃん達に砂掛けたままじゃ俺の気が収まらねぇ!」


 ユザークさんの宣言に、周りの冒険者たちも頷いていた。


「マリィちゃん。受け取ってあげて」

「フェミナの言う通り、助けると思って受けとってやってくれ」


 口添えをしたのはフェミナさんとドルツさん。


「嬢ちゃんたちを聖女だ天使だ御使いだと崇める連中もいるからな……半端なことすればギルド長は闇討ちに遭っちまうぜ」

「えっ!? だめだよ! せっかく治したのに!」

「だから受け取ってあげて。そしたらきっと皆も納得してくれるから」


 うーん、そうなのかなぁ。


「このハンマーがあれば、俺もまだそれなりに戦える。がっつり魔物を狩って稼ぐから、受け取ってもらえると助かる!」

「わかりました、受け取ります。この話はこれでおしまいね!」


 ぱんぱんと手を打ち合わせたところで、何故か他の冒険者たちが頭をさげた。

 きっとユザークさんを心配している人たちだったんだろう。ドルツさんは闇討ちなんて言ってたけど、きっと人望があったんだろうね。


「尊い……」

「馬鹿親父をあんなにあっさり許すなんて天使か……!」

「魂まで聖女様」

「一生推します」


 ……あれ? ユザークさんのことを心配してたわけじゃない……?

 どういう意味か分からない呟きがたくさんあったので質問しようとしたところで、今まで黙って聞いていたロンドさんがユザークさんの肩をポン、と叩いた。


「ユザークさん。間違いは誰にでもあります。大切なのはしっかりと償うことです」

「ロンド……ありがとうな」

「いえいえ。——ところで、なんですが」

「……は?」

「メタルリザード討伐、失敗しましたよね? 違約金が発生する契約です」


 ロンドさんは良い笑顔で懐から契約書を取り出す。


「装備はほぼすべてマリィさんたちの賠償に充てるとのことなので、私はそのハンマーを頂きます」

「待て待て待て! これがないと魔物狩りが——」

「残額はローンにしますから拳で稼いでください。ハンマーも有料でレンタルしますよ?」

「ぐぅっ!? 俺のハンマーだろう!?」

「いえ。差し押さえるのでもう僕のです」


 ユザークさんが真っ白になった。口から魂らしきものがぴろぴろ出てる!?

 どうしよう、こんな状態はじめて見るし、治し方が分からない……!


「お嬢様、お腹は減っておりませんか?」

「えっ!? ユザークさんは……!?」

「ロンド氏がケジメをつけてくださらなければ、私が闇討ちして大樹林に埋めるところでしたし、丁度いい落としどころかと」


 ノノまで闇討ち予定だったの!?

 ちょっとバイオレンスすぎない……?

 普段はすっごく落ち着いてて優しいのに、意外と喧嘩っ早いよね。私のために怒ってくれてるのはわかるから複雑な気持ちである。

 嬉しいけど、ノノには笑顔でいてほしい。


「さぁ、そういう訳で食事です。リクエストはございますか?」

「揚げ物!」

「揚げ物は胃腸への負担が大きいので駄目です」

「むぅ!」


 私がふくれていると、事態を見守っていた冒険者の皆さんが鼻血を出したり明後日の方向を向きだした。

 えっと……けが、治ってなかった?

 回復魔法を掛けてあげて、商人ギルドの食堂に移動する。必要なものは何でも使っていい、ってロンドさんは言ってくれたけど、幸いにも昼間のうちに食材も調理器具も買っておいたので、必要なのはかまどとまきだけ。

 空間魔法から必要なものを取り出してあげればチャチャっと並べて、ノノは腕まくりをした。

 私はカウンターの向かい側に座ってノノを眺める役目。


 ……なんだけど。


「えっと、もしかして皆お腹減ってる?」


 冒険者さん達がぞろぞろ付いてきた。思わず訊ねたら、皆でコクコク頷いた。


「腹ペコです!」

「生まれた時からずっと何も食べてないです!」

「メイドさんの手料理が食べたい!」

「美人のつくる美味しいご飯……!」

「ぜ、ぜひともお願いします!」


 ふふーん。

 ノノを美人とな。なかなか分かってるじゃん。

 思わずにっこりしたら、冒険者さんたちは顔を真っ赤にしていた。うんうん、ノノってすっごい美人だしスレンダーでスタイルも良いもんね。

 ぜーーーったい渡さないけど、褒めてくれたことだし何とかしてあげたい気持ちも湧いてきた。


「ノノ……?」

「私はお嬢様にお仕えしてるのですから、不安そうにせず命じてくだされば良いんですよ」

「できれば、冒険者さんの分も作ってあげてほしいの」

「かしこまりました……冒険者の皆様の分はお嬢様のついでです。お金も取りますので、それでも良ければ並んで待っていてください」


 大歓声があがったところでさっそく料理開始だ。

 私が三人くらい入れそうな大鍋にごま油を入れて、大樹林で倒したイオナズンボアの肉の薄切りとひょろ長い根菜の薄切りを炒め始める。

 フェミナさんを始めとした冒険者さんたちの何人かが手伝う、と言ってくれたのでノノは食材をがんがん切って指示を飛ばしていた。


「香ばしい匂いがしっかり立つまで炒めてください。イオナズンボアの脂を絡めるイメージです」


 香りが立ったところで水をざばっと入れて根菜を中心にどんどん野菜を追加していく。あらかた入れたらアクを取りながらことこと煮込む。


 その間に、と取り出したのは卵だ。

 陶器の深皿に四つほど割り入れて、調味料まで計り入れてからカカカッと混ぜる。透明なところと黄色いところがしっかり混ざったら四角いフライパンに流し込んだ。

 ひょいっと振って巻きながら固めていき、端まで行ったらまた卵液を追加。あっという間に大きくなった。金にも見える鮮やかな黄色がなんとも綺麗だ。


「厚焼き玉子、という料理です。量産しますので、焼けそうだと思った方は手伝ってください」


 どんどん卵を割って、どんどん焼いていく。

 黄金の塊にも見える厚焼き玉子の山が出来上がったところで煮込んでいたスープも仕上げだ。

 昼間、大金で買った味噌っていう調味料を溶かし、深皿に持っていく。濃厚な香りに刺激されて、私の胃がきゅぅってなった。


「豚汁です」

「えっと、皆の分は……?」

「お嬢様が食べ始めたら配膳します」


 本当は一緒に食べたかったんだけれど、これだけは譲れない、と言われてしまった。

 私のために作ったんだから、一番最初に味わってほしいんだって。

 そんな嬉しいこと言われたら断れない。

 断れないけど、この場にいる全員が私を見つめていた。


「た、食べにくい……せめてノノも一緒に食べようよ」

「かしこまりました」


 具材たっぷりの豚汁にピカピカの厚焼き玉子を前に手を合わせる。

 ごくり、と冒険者さんたちが喉を鳴らす音が聞こえた。


「「いただきます」」


 まずは厚焼き玉子を一口。

 ふんわりとした玉子の味の中に優しい甘さがあり、噛むたびに頬が緩んでしまう。


「おいひ……! あまい!」

「少し塩を入れることで甘味が引き立つんです」


 ナノマシンから得た知識らしいけれど、実際に腕を振るうのはノノなのですごいのはノノだ。

 続いて豚汁。

 ふぅふぅと冷ましてからゆっくりと口に運ぶ。

 豚の脂、ゴボウの香ばしさ、野菜の旨味、味噌の香り。

 一口飲んだだけで体の中に染みるような優しい味に思わずため息が漏れちゃう。続いて野菜を口に入れて噛むと、根菜から旨味たっぷりのエキスが溢れた。


「美味しい……! ありがとう!」


 惜しむらくはこれもまた食べきれないであろうことだ。

 厚焼き玉子と豚汁を見つめながら残してしまうだろう未来に眉を寄せていると、ノノが柔らかく笑った。

 うん、やっと笑ってくれた。

 ノノに心配かけないように、私がもっとしっかりしなきゃね。


「汁物は栄養を余すところなく摂れますし、玉子も完全栄養食と言われるほどの栄養価を持っています。少しずつでも召し上がれば十分ですよ」

「うー……でもこんなに美味しいんだもん。残したくないよ」


 私が豚汁と厚焼き玉子を見つめてうなっていると、冒険者さんたちが膝をついたり倒れたりし始めた。中には涙を流している人までいる。


「きゃわわわわわ」

「とうとい……!」

「てんし」

「おもいのこすことはない」


 みんなお腹減ってるのに待たせちゃった!

 お腹減りすぎで倒れたんだよね……泣くほど辛い空腹なのに、完全に忘れてご飯を堪能しちゃって申し訳ない。


「皆の分も配って食べよ!」

「かしこまりました」


 卵もそれほど安いものじゃないし味噌ははっきり高価なのでノノは相応の値段を付けたはずなんだけど、あっさり完売。

 五分もしないうちに豚汁も厚焼き玉子もなくなり、何度も作り足すことになった。


 みんな、口々にノノのことを褒めてくれたので私も大満足だ。

 

【大事なお願い】


皆さんに豚汁に何をいれますか?

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