第11話 強襲

 私の目が覚めたのは、カンカン、と耳障りな音が響いていたからだ。

 大樹林方面を見張る鐘楼で、誰かが合図を出しているのだ。


「……お目覚めですか」

「おはよ……うん? ノノ、その手は?」

「あ、いえ。ちょっとけがを——」


 言い切る前に、包帯が巻かれた両手に回復魔法を飛ばす。たっぷり寝たからかチョウシハバッチリ。

 カッと魔力が弾けて、けがを治した手応えが返ってきた。


「まだ痛い?」

「いえ、ありがとうございます」


 ぱらりと包帯を解くけれど、ノノの手には傷も痕も見当たらない。きちんと治せたようだ。


「それで、この音は?」

「どうやら魔物の襲撃みたいです」

「ええ? 大丈夫なの?」

「有能な冒険者さん達が総出で街の外に向かっていたのできっと大丈夫でしょう」


 あ……これ絶対に怒ってる。

 ノノの言う”冒険者さん”はフェミナさんやドルツさんの事じゃなくて、ユザークさんとか嘘つき冒険者のことだろう。


「朝食は何か召し上がられますか?」

「ご飯……ごめん、ちょっと食べれそうにないや」


 たくさん食べた割にお腹いっぱいって感じでもないんだけれど、何か妙に気持ち悪かった。ノノが気遣わしげに私を伺いながら、冷たいハーブティーを用意してくれた。

 レモンの香りがする爽やかなそれをこくんと飲めば、胃が熱を持っているのが分かった。


「なんだろ……ノノ、昨日って最後のほう何があったの?」

「お嬢様は疲れて眠ってしまわれました」


 うーん。そんな感じじゃないんだけど。

 じーっとノノを見つめていたら、深紅の瞳が逸らされる。何か隠し事があるんだね。


「ノノ」

「……」

「ノノ、お願い」


 ごり押しおねだりで聞き出したところによると、私はドルツさんと握手しようとしてぶっ倒れたらしい。それも、食べたものを全部戻しながら。


「……あ、謝りにいかないと」

「残念ながら冒険者は魔物対応で街の外です」

「じゃ、じゃあ陣中見舞い的な」

「お嬢様や私が向かっても負担にしかならないと思います」

「いや、普通にけがしてる人がいるかもしれないし」

「か弱くてメタルリザードも倒せない私たちが行ったら、冒険者さんたちも負担だと思います」


 大樹林で私の魔法が大活躍しているのは見てるし、どう考えても本心じゃない。

 メタルリザードのこと、予想以上に怒ってる。

 

「えっと、私はもう気にしてないよ? ロンドさんに取りなしてもらったし」

「いいえ! あの愚か者どもはお嬢様に謝罪していません! 魔物にぼこぼこにされてからお嬢様の偉大さを思い知って土下座すればいいのです!」

「本当に気にしてないんだけどなぁ」

「私が気にします! きちんと頭を下げさせるべきです」

「なら、謝ってもらうまでは元気でいないとね」


 私がぴょん、とベッドから降りれば、ノノは不満そうにしながらもお供します、と言ってくれた。

 嬉しかったのでにっこり笑いかけたら、何故か頭を撫でられた。気持ちいいし得した気分。


***


「くっそ、どうなってやがる!」

「わからねぇ! とにかく魔物の数を減してくれ!」

「どこの守りが薄い?」

「わ、わからん!」


 指揮を執っている冒険者の元にたどり着いたドルツが訊ねるが、要領を得ない。魔物が大挙するような場合、街を守る衛兵たちと分担をしながら冒険者も戦うのが普通だ。

 当然ながら、連携など取れるはずもないので大まかに戦場を区切って分担する。

 衛兵側はともかくとして、普段はパーティ単位で活動する冒険者が大規模戦闘での連携など取れるはずもない。ギルド上層部の人間や顔役が指揮を執り差配を振るうのが一般的だった。

 送り込んだ冒険者たちの多少を考えて送り込む人間を決める役がいない。


——戦線は大丈夫なのか?


 その問いに答えられる者はこの場にいない。


「ユザークはどこいったんだよ!」

「ギルド長なら色々あってメタルリザード狩りの付き添いやってる!」

「何やってんだこんな時に!」

「ドルツ! 良いからさっさと戦いに行くわよ!」


 フェミナに引っ張られるように出てきた前線は、ドルツの想像していたものよりもさらに悪かった。


「ブレードラビットにバイトスネーク!? 不意打ちミスったらすぐ逃げるような魔物がなんで決死で奮闘してんだよ!」

「口は良いから手を動かして!」


 若くしてB級になっただけあって二人が参戦したところが一気に形成をひっくり返す。


「前に出るな! 手が空いた奴は北側と南側の加勢に行け!」


 前線が伸びた後に側撃で食いちぎられることを懸念したドルツが叫ぶが、その心配はいらなかった。


「メタルリザードだぁぁぁぁ!」

「クソ! 魔法使い呼んで来い!」

「前衛は引け! まともな武器は通らねぇぞ! 引けェ!」


 ユザーク達の元を去ったメタルリザードが到着したのだ。

 魔物も冒険者も関係なく飛沫のように弾き飛ばして突進してきたメタルリザード。

 一気に戦線を崩壊させるだけの魔物の参戦に、ドルツが双剣を握りしめて正面へと躍り出た。

 メタルリザードに刃が当たる度に火花が散る。鱗に弾かれてまともにダメージを与えられていないことを意味していた。

 だが、無意味ではない。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


 火花が滝に見えるほどの密度で双剣を振るい続ける。その圧がメタルリザードの足を止めた。


「フェミナぁ! 早くしろォ!!!」


 ドルツの言葉に応じるように、魔力の奔流がメタルリザードに突き刺さる。金属の鱗が爆ぜ、赤紫の血肉が飛び散る。

 が、メタルリザードは怯む様子がない。


「クソ、浅い! もう一回だ!」


 フェミナはドルツの言葉に応じるまでもなく次弾の準備に掛かっていた。体内の魔力をかき集め、練り上げていた。

 ドルツはそれを理解し、双剣で時間を稼ぐ。


 が。


「なぁっ!? クソ!」


 刃が折れた。

 メタルリザードの鱗に耐えきれなかったのだ。使えなくなった剣を投げ捨て、残る一本を両手で構えた。


「ドルツ!? 逃げて! 一本じゃ無理よ!」

「こいつを通したら戦線が崩壊する! ごちゃごちゃ言ってねぇで魔法の準備しろ!」


 怒鳴るドルツの顔が見る間に歪む。

 双剣を使ってギリギリだったのだ。半減した手数で抑えきれるはずがなかった。


——やられる。


 ドルツが覚悟すると同時、戦場に場違いな声が響いた。


「かみなりっ!」


 幼さの混じる少女の声。だが、それに応じるかのように青白い光が戦場を駆け抜けた。


 バヅンッ!!!! 


 強力な雷撃がメタルリザードの鱗を溶かし、内臓を焼いた。

 しゅうしゅうと煙を上げ、口や目から血を滴らせたメタルリザード。完全に死体になっていたそれを前にドルツが呆けた。


——何が起こった!?


 慌てて周囲を伺ったドルツが見つけたのは、前日に食事をともにした少女達だった。

 メイド姿のノノに縋りつくようなマリィ。

 服にしわができるほど握りしめ、震える姿は無力な少女にしか見えない。

 魔物さえいなければ、観光や度胸試しの一環で高いところに来て怖気づいただけに見えるだろう。

 だが、その震えは魔物に対するものではなく、武器を片手に野太い声をあげる冒険者たちに対するものであるなどと知るものはいない。


「の、ノノ……助けて……視線が……!」

「大丈夫です。みな、お嬢様の可憐で勇猛な姿に見惚れているのです。さぁ、次の魔法を」

「うん……エリアヒール!」


 ノノに縋りついた少女が叫ぶと同時、魔力が津波のように溢れた。

 眩く、しかし暖かな光が戦場に立つ者たちの体に降り注ぐ。


「け、けがが……!」

「奇蹟だ!」

「まさか、回復魔法……?」

「誰が!?」

「城壁の上だ!」

「あんな女の子が……」

「……かわいい」

「御使い様……?」

「女神」

「聖女だ」

「聖女様」

「聖女様万歳っ!」


 波紋のように広がったざわめきがマリィ——マリアベルを聖女と認めるまで時間は掛からなかった。

 メタルリザードを一撃で屠り、戦場のすべての人を一瞬で癒す。

 奇跡と見紛う所業に冒険者たちが浮足立つ。


「おいっ! 魔物を倒すぞ!」

「今ならけがし放題だ!」

「稼ぎ時だァ!」


 わかりやすく俗物的なものもいれば。


「行くぞ、勝機は我らにあり!」

「ビビるな! 聖女様がついてくれてるッ!」

「神の御加護を! 突撃ィ!」


 マリアベルを聖女だと確信し、信仰に近いもの抱いた者もいた。


「女神様にいいところ見せるぞ!」

「うひょー! いま目が合ったぜ!」

「ばか、聖女様が見てるのは俺だ!」


 さらには可憐な少女の出現に、戦場とは思えないほどに頬を緩める者までもがいた。祭りのような、浮足立った空気が場を支配する。

 劣勢だった戦線が一気に盛り返し、魔物を押し込んでいく。

 勢いはあるだろうが、このまま行けば、


——誰かが指揮を取らないと瓦解するぞ?!


 誰かが深く切り込めば、簡単に孤立してしまうだろう。

 ドルツが危機感を覚えたところで、魔物の群れから大声が上がった。


「B級、C級探索者はお互いが視界に映らない程度に距離を取れ! 大物を積極的に狙え!」


 魔物の群れを蹴散らしながら現れたのはギルド長、ユザークだった。


「D級は上位を補佐! E級以下は下がって戦線の維持、打ち漏らしを確実に仕留めろッ!」


 そこかしこにけがをしているものの愛用のハンマーを片手で振り回し、もう片方の手で編んだ蔦を引いていた。

 蔦の先には、ぼこぼこにされて意識を失った冒険者三人組が縛られている。


「魔物寄せの匂いにアテられてイカれた魔物が多いから確実に首を撥ねろ!」


 具体的な指示を受けた冒険者たちだが、混乱していた。

 なぜユザークが魔物の群れから出てくるのか。なぜ同行していたはずの冒険者三人組が縛られているのか。なぜユザークはけがをしているのか。

 意味不明な状況だが、ユザークは言葉を重ねた。


「ボサっとしてんじゃねぇ! 死んでも嬢ちゃんたちに魔物を近づけるなよッ!? 助けてもらってけがまでさせたら冒険者失格だと思え!」


 告げるユザークの元に、マリアベルの回復魔法が飛んだ。じくじくと血がにじむ肩の傷が癒される。

 無言ながらもユザークは深く、深く頭を下げた。

 頭をあげて深く息を吸う。そこから発された声は、今までよりもさらに大きなものだった。


「聖女様の前で情けないところみせるなよ! 冒険者の意地を見せてみろ! 討伐開始ッ!!」


 終わりのない魔物の攻勢。本来ならば絶望してもおかしくない状況だったが、マリアベルの加勢によって状況は大きく変わった。

 ユザークの指揮によって一つの生き物のように動き始めた冒険者達。

 士気は高い。高ランクの魔物が出現すればすぐさま応援が駆けつけ、けがをした者は無事な者の手ですぐさま引き下げられる。

 下がった者のところにマリアベルの回復魔法が飛び、すぐさま戦線復帰。


 ——大勢は決した。 

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