第7話 お買い物
お鍋やフライパンの類を一式に細々した調理器具をありったけ。ここら辺の知識は私ではなくノノが持っているので、全部お任せしたけれど、ノノが何かを口にするたびにロンドさんの部下がすっごく広い倉庫を走り回っていた。
「お嬢様に美味しいお食事を……ッ!」
何故か鼻血をたらしながら鬼気迫る勢いで選んでくれているので、きっと美味しいものを作ってくれるだろう。調味料も調理器具も全く足りない大樹林であれだけ美味しいご飯が出てきたのだから、自然と期待感も高まってしまう。
プレッシャーを掛けるつもりはないけれどびっくりするくらい美味しいものを作ってくれるはずだ。
調味料は聞いたことあるやつからまったく聞いたことのないものまで、とんでもない量を買い込んでいた。
うん、足りなくなっていちいち買うの面倒だもんね。
海の向こうでしか手に入らない香辛料や、製法が秘匿されていてたった一つの工房でしか作れないものなんかは小さな壺一つが金貨で取引されていたんだけれど、
「味噌に
迷うことなく在庫をすべて買い込んでいた。
色々決めたところでロンドさんとその部下の人が計算したところ、全部で白貨一枚と金貨八三枚となった。銀貨以下はオマケだとのことだ。
「お店を開かれる方のような買い込み方ですね」
「お嬢様のためですから」
その後、宿屋も素敵なところを押さえてから洋服を扱っているお店まで案内してくれた。
「庶民向けのお店もいくつかは知っていますが、実力や財力に合わせてそれなりの服装をした方がトラブルは避けられますから」
案内されたお店は”フリル&レディ”。
雰囲気のある店構えの中には、贅沢なフリルやレースがあしらわれた洋服が所せましと並んでいた。
「アラアラアラぁ、初めましてェ! 店主のテールマンよ! ”ミス”・テールマンと呼んでちょうだい」
そう言いながら現れたのはパッツンパツンのドレスを身にまとった筋骨隆々の……男性?
ツインテールにまとめられ髪型とバッチリ決められたお化粧は女性っぽくもあるけれど、二メートル近い体躯にみっちりと詰まった筋肉。そしてごつごつした輪郭は男性にしか見えない。
ちなみに声は非常に野太い。お腹にびりびり響くような感じである。
「アナタ、お名前はァ?」
「えっと、マリィです」
「マリィちゃんね! かわいらしいお名前!」
さっそく吊るし売りのワンピースドレスをささっと取り出して私にあてがう。
「素材が良すぎるから夜会レベルの戦闘服か、もしくはシンプルな戦闘服が良いわね」
「……戦闘服……?」
「ええ、ドレスは女の戦闘服なのヨ! さぁ、試着していきましょう!」
ミス・テールマンに案内され、奥の試着室に向かう。
ノノに手伝ってもらいながらいくつも試着していくけれど、フリルが多くて重たいドレスを試着するのは大変だった。
なぜかミス・テールマンとノノは喧嘩したり握手したりを繰り返しているんだけれど、その度に試着する服が増えていくのだ。
「マリィちゃんの白い肌には濃い色を合わせればさらに引き立つワ!」
「いいえ! お嬢様の儚い美しさを引き立てるの淡いパステルカラーです!」
「お嬢様が視線で穢されることなどないよう、襟元がきちっとした服を。いえ、地味なのはダメです!」
「露出は少なめ。むしろ鉄壁ともいえる防御力で男どものゲスな視線から守りまショ。その上で妄想を掻き立てるようなデザインが……」
「白地に銀糸で目立たないけれども品のいい刺しゅうが……」
「いえ、これは重くなりすぎます。お嬢様へのご負担を考えると……」
「そしたら材質が……」
「金銭に糸目はつけませんので……」
私の限界が訪れた時にはお店の一角に購入品の山が出来上がっていた。
「ノノ……つかれた……」
「申し訳ありません! すぐさま宿にお運びいたします!」
ノノの背中で揺られて、宿につく前に意識を手放した。
美味しいご飯をご飯を食べ損ねちゃった……。
***
「……おい、どうすんだよコレ」
「どうするって、受けるしかねぇだろ」
「どうかしてる! ありえねぇ!」
冒険者ギルドの近くで冒険者パーティが頭をつき合わせていた。
メタルリザードを横取りした三人組である。
「俺は最初から反対だった!」
斥候のゾンがそう漏らすと弓士のヴィレが鋭い視線を向ける。
「ガキみたいな女二人だから何とでもなるって言った時お前も同意してたろ!」
「そもそもメタルリザードを追い込んだ罠がぶっ壊れたのはお前のせいだろうが!」
「それを言うならヴィレも用意した毒矢は弾かれて通じなかったじゃねぇか!」
今にも拳が出そうな険悪な雰囲気。
それを止めたのはリーダーのクッタだ。
「やめろ。いま仲たがいすると本気で終わる」
言いながら見せたのはギルド長のサインが入った指名依頼。
その場に居合わせた商人が依頼したとしか聞いていなかったが、内容はメタルリザードの討伐である。
「成功すれば相場の一〇倍。だが、失敗すれば……」
本来ならば金貨一〇枚程度になる魔物だが、成功報酬は素材抜きで白貨一枚。
その代わりに違約金も白貨一枚という法外な金額だった。
「違約金は報酬よりずっと低いのが普通だろうが! なんだこのバカみたいな金額は!」
「仕方ねぇよ。ギルド長は俺たちがメタルリザードを狩れるって信じてんだから」
自分たちが考えた戦法は、既に通じないことが証明されている。
「……奴隷落ち」
「い、嫌だ! せっかくCランクが見えてきたんだぞ!?」
「じゃあどうすんだよ!」
「逃げよう……名前を変えて別の街で再登録するんだ」
「でも、ギルド長が保証人になってんだぞ?」
「知るかよ! 俺たちが頼んだわけじゃねぇ!」
「でも、メタルリザードの支払いはどうする?」
横取りした個体のことだ。
「……とりあえず褒章を受け取って装備を整えるか」
「おい、やるのか?」
「メタルリザードだぞ!? 歯が立たなかったじゃないか!」
完全に腰が引けているゾンとヴィレを睨みつけるクッタ。
「メタルリザードを狩に出て、そのままトンズラする」
クッタが方針を示すも、残る二人の表情は硬い。ギルド長自らが『見届ける』などと言い出して監視につくことを宣言していたからだ。
「どうやってギルド長を撒くんだよ」
「罠にでもハメるか? 腐っても元B級冒険者だぞ。返り討ちにされるか、運良く逃げおおせても指名手配されるだろう」
二人の言葉を受けて取り出したのは、ハーブの粉末が詰め込まれた細いガラス瓶。
ただし、冒険者ギルドはおろか商人ギルドですら取り扱いに許可がいる代物だった。
「おまっ、それ、魔物寄せの!?」
「ばか、騒ぐな」
「おいクッタ。それどうするんだよ」
燃やすと魔物を刺激する匂いを放つハーブ粉末。
取り扱い注意を示す赤と黄色のコルクが猛毒のように見えた。
「メタルリザードを見つけたところでこれを使えばギルド長は事故死するかもしれねぇぞ」
「さすがにまずいだろ……それに元B級だぞ? 討伐されたらどうする?」
「道中、少しずつこれを撒く。火に入れて使うもんだが、そのままでも多少は効果があるはずだからな」
言いながら手のひらでガラス瓶をもてあそぶ。
もし割れたら、と他二人は顔を青くしていたが、クッタはははは、と笑いながら遊んでいた。
余裕があるわけではない。
むしろ逆——クッタは覚悟を決めていた。
「このまま行けば借金まみれで奴隷落ちだろ。ギルド長にメタルリザードを討伐させた後、他の魔物たちに気を取られてる隙に殺す。うまくいけば討伐実績を手に入れられるし、最悪でもうやむやにして逃げられる」
ギルド長を殺す。
横取りなど比較にならないレベルの、能動的な重犯罪を持ち掛けられて完全に引いている二人。
「ば、バレたら縛り首だぞ!?」
「さ、流石にまずいだろ!」
「いい加減にしろ! 俺達にはもう後がねぇんだよ……縛り首になるのも、鉱山で死ぬまで働かされるのも対して変わらねぇだろ」
ガラス瓶をしまい込み、二人を睨みつける。
「もうやるしかねぇんだ。やらねぇなら……俺がお前らを殺す」
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