第6話 わかってくれる人もいる
冒険者ギルドを後にした私たちは、軽食でも、と誘われて立派なつくりのレストランに連れてきてもらった。どう考えても高級そうで、無一文の私たちが利用できるような場所ではなかったんだけれど、奥まった個室に案内され、ロンドさんの奢りとのことで紅茶とタルトのセットが振舞われた。
……全部食べたいけど、食べたら絶対に後悔するよね。
甘酸っぱいベリー系のタルトはとても美味しかったけれど、寝起きに食べるには重すぎた。いや、私の場合、長年一日一食のスープ生活が続いてたせいで胃腸がすっかり弱くなっちゃって寝起きはほとんど何を食べても気持ち悪くなるんだけど。
「なんでそんなに良くしてくれるんですか?」
タルトから意識を逸らすためにも質問すれば、ロンドさんはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「二か月ほど前、大樹林のブレナバン王国側で防衛線が崩壊しました。防衛線の指揮官だった第四王子によれば、崩壊の原因は偽聖女の暗躍とのことでしたが」
ビキリと音がした。
ノノをちらっと見れば、無表情ながら持っていたティーカップにひびを入れているのが見えた。力加減を間違えたらしく、ひびから紅茶が滴り始める。
……あ、火傷しちゃう。治してあげなきゃ。
ノノの心配をしながらも、私の体は思ったように動いてくれない。
ブレナバン、第四王子という言葉が槍のように突き刺さっていた。
どくどくと心臓が脈打つ音がうるさい。
変な汗が体から溢れ、服が濡れていく。
「お嬢様は間違いなく聖女です。神が遣わした愛と美の化身です」
ノノが剣呑な表情で意味不明な主張をするけれど、ロンドさんはひょうひょうとした態度だ。いや、あの、元聖女なのは確かにそうだけど、愛と美の化身じゃないよ……?
「私が独自に集めた情報に寄れば、五年も戦線を支えていた人物を偽物と断定したそうですが……偽物にそんなことができるはずはありません。都合よく新しい婚約者をたたえる話も耳に入ってきますし、おそらくは何かしらの謀略でしょうね」
謀略、と言えばかっこいいけれど、実際は好きな人と結婚するために邪魔だっただけである。気づかず良いように使われてた私も私だけど。
「そんな折、女性二人でメタルリザードを討伐したと主張する人たちが現れた訳ですが、メタルリザードの討伐場所はここから大樹林側に向かった先。街はおろか、開拓村すら存在しないのに、御二人はどこから来たのか、と思いまして」
「仮に、ですが。お嬢様が聖女だとしたら何だと言うんです?」
刃物のようなノノの問い。不都合があれば先ほどよりも苛烈な不意打ちをするつもりだろう。
止めなきゃ、と震えが収まらない手を伸ばしたところでロンドさんが何でもないことのように答える。
「聖女だとしたら、商人ギルドへの登録は偽名がおすすめです」
「……はい?」
「ほら、人の口に戸は建てられぬって言うじゃないですか。聖女と同じ名前で活躍する、過去の情報不明の女の子となればブレナバンに察知される可能性もあります。偽物と大々的に発表した相手が活躍していたらメンツは丸つぶれですし、暗殺者を差し向けられるか、連れ戻されるか」
「それは嫌ですっ!」
「ですよね。なので、聖女だったら——いえ、聖女じゃなくても、偶然同じ名前だったら偽名で登録しといた方が良いよ、と伝えるだけです」
ロンドさんは私の正体に確信を持っている。
その上で、問いただしたりはせずに助けてくれるつもりなのだ。
「どうしてそこまでしてくださるのですか?」
「まずは投資ですね。有能な人が活動すれば、大きなお金の流れができます」
「お嬢様を金づると見ているわけですか?」
「僕は商人ですし、騙したり損をさせるわけじゃないんだから別に良いでしょう。次に、これが最大の理由なんですが」
ロンドさんはまっすぐに私を見つめる。
「三年前、ブレナバン周辺で商隊を指揮していた僕の弟が、最前線で死にそうな大けがをしました。その時に聖女様に助けていただいたそうなんです」
弟さんはお腹に大きな穴が空き、どう考えても助かる状況ではなかったらしい。
栄養失調と睡眠不足でふらふらな中、めちゃくちゃに回復魔法だけを使いまくっていたので正直覚えてはいない。
でも、前線に来てケガをしてたなら必ず私が治しているはずだ。他に回復魔法を使える人はいなかったから。
「僕は商人だからあらゆるものに値段をつけようとします。でも、弟の命にだけは値段がつけられませんでした……世界中の金をかき集めても払えないだけの恩があるから、少しでも返したいのです」
タルトを食べ終えた私たちは商人ギルドに登録した。
ノノは本名じゃなくて私が名付けたものだからそのまま。私はマリィにした。
お父さんとお母さんが生きてた頃に、そう呼んでもらっていた記憶がある。
「それじゃ、魔物を討伐したら僕のところに持ってきてくださいね」
「えっと、それって今すぐじゃだめですか?」
「……今すぐ? 討伐してくるってことですか?」
「いえ、持ってるので」
どこに、と訊ねられたので空間魔法から魔物の死体をいくつか取り出す。
死体が一つ増えるに従ってロンドさんの顔色が分かりやすく変わっていった。
「まままま待ってくれ! ストップ、ストォップ!」
七体で止められたので、取り出すのをやめて様子を伺えば、ロンドさんは頭を抱えながらもひきつった笑みを浮かべていた。
「デスマンティスにグラトニーアリゲーター。ヴェノムスパイダーまで……AランクとSランクの魔物がそろいもそろって首を落とされただけの完品状態! すぐに四大公爵家に連絡を……いや、オークションの方が……」
ぶつぶつ呟きながら私が出した魔物を見分している。
ちなみに取り出したのはあまりお肉が美味しくない魔物たちだ。美味しいのは食べたいからね!
「取り乱してすみません。査定に時間がかかりそうだから、とりあえず一個体につき白貨二枚で引き取り、後で差額をさらに支払う形にしたいんですが」
「白貨?」
「金貨よりも上の硬貨です。本来は国や上位貴族たちが取引のために使うものですけど」
そう言って見せてくれたのは白く輝く硬貨だった。
白貨一枚で金貨一〇〇枚。
金貨一枚で銀貨一〇〇枚。
銀貨一枚で銅貨一〇〇枚。
その下に、一〇枚で銅貨と同じ価値になる賤貨もある。
賤貨と銅貨くらいなら見たことがあるけれど、それ以外は見たことがないので首をかしげるけれど、ノノが頷いてくれたのできっとおかしな取引ではないはずだ。
ロンドさんによれば金貨一枚で大人ひとりがひと月食べていけるだけの価値があるとのことなので、魔物一体なら二〇〇月分?
なんか数字が大きすぎて想像つかない。
「ただでさえ討伐数が少ない魔物です。これだけ状態が良ければオークションで青天井になるでしょう。下手すれば皇帝陛下も参戦するかもしれません」
「いくらくらいになると思われますか?」
「最低でも白貨一〇枚。下手すれば五〇枚を越えるものすらあるかもしれません」
「お嬢様。私もあまり詳しくはありませんが、十分な金額かと思われます」
現状では無一文なので、ある程度の金額で買い取ってくれるならば文句はない。
私が了承すると、ロンドさんは書類とともに刺しゅう入りの巾着を二つ用意してくれた。
「片方は白貨一三枚と金貨九九枚。もう片方は銀貨九九枚と銅貨一〇〇枚です」
これから買い物することを考慮に入れて両替までしてくれたらしい。
礼を告げるとともに、これから必要になりそうなものを買えないか訊ねてみる。
「衣服と生活用品。それから調理器具と調味料の類ですか。わかりました、在庫のある倉庫にご案内します」
幸いにも空間魔法があるため、どれほどかさばろうろ気にならない。
そんなことよりも美味しいご飯である。
「家庭用から業務用まで幅広く取り揃えてあります。高級品もいくつかはあるはずですよ」
「ノノが使うんだから最高級品で!」
「お嬢様!?」
「お金はまた稼げばいいし、ばんばん使っていいよ!」
「ですが」
「ノノの美味しいご飯、食べたいの……駄目?」
「ッ! 駄目ではありません!」
「……これは、破壊力が……!」
こぶしを握りしめて断言するノノと、何故か天を仰いでふらつくロンドさん。
はかいりょく?
首を傾げればロンドさんがもっとふらふらになり、ノノが私を隠すかのように抱きしめてくれた。
「まだ歩けるよ?」
「分かっております。ですが、駄目です」
「?」
よくわからないけれど、ノノに抱きしめられながら倉庫に向かうことになった。
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