第5話 まだまだトラブル

 目を覚ました時、私は革張りのソファに横たえられていた。ふかふかのソファは体が溶けちゃうんじゃないかってくらい気持ちよかったけれど、そのままだらっと寝ているわけにはいかない。


——ノノが怒っていたから。


「ですから、何度も申し上げている通りメタルリザードはお嬢様が討伐したのです!」

「メタルリザードはCランクでも硬いことで有名な魔物だ。ゴブリンにだって負けそうなお嬢ちゃんが倒したって言われても信用できねぇな」


 向かい側のソファでノノと相対しているのは髭を蓄えたおじさん。でっぷりと大きなお腹に丸太みたいな腕をしていた。

 おじさんの隣には茶髪のイケメンが座っていたけれど、面白そうにノノとおじさんを見つめるだけで何も行動を起こす様子はない。

 ……どういう状況?


『説明:グレアランド帝国、国境付近に位置する城塞都市ヴェントの冒険者ギルド支部です。冒険者登録のついでにメタルリザード討伐を報告したところ、支部長に呼ばれて不正や虚偽を疑われています』


 なるほど。


「えっと、おはようございます」

「お嬢様!」

「……起きたか」


 心配そうに私を伺うノノと、呆れと疑いの入り混じった視線を向ける支部長のおじさん。最前線で兵士たちから向けられていたものに似た感情に、吐き気がこみ上げ、体が震える。

 魔力光が漏れないように自らに回復魔法を掛けて何とか耐える。

 

「お前さんの侍女が、魔法でメタルリザードを討伐したって言うんだけど、心当たりはあるか?」

「た、確かに討伐しました」

「……はぁ。まだ昼寝中か? 寝言は寝て言え」


 侮蔑混じりの溜息は、私たちが嘘つきであると断定していた。


「……メタルリザードの件ですが、私たちになすりつけてきた冒険者からは何も聞いていないのですか?」

「なすりつけて……? いや、大樹林付近の草原でメタルリザードを巻いたって報告は来ているが」

「三人組の冒険者。男だけで剣士と弓士と斥候。弓士は頬に傷」

「アイツらを知っているのか?」

「知っているも何も、激高したメタルリザードを押し付けられたと申し上げています」

「……一応、あいつらにもう一度話を聞いてきてやる」


 ノノが説明するとおじさんはさっさと外に出ていく。

 ざわめきが一瞬だけ聞こえたけれど、扉をしめると同時に驚くほど静かになった。


「防音系の魔道具です。珍しいですか?」

「えっと……あなたは?」

「申し遅れました。私は商人ギルド連盟にて天秤会議の第八席を拝命しております、ロンド・デンパルティアと申します」


 人当たりのよさそうな笑み。友好的にしようとしてくれているのを感じたので、私とノノも身分を隠して自己紹介をした。

 何かごたごたした肩書がいっぱいついていたので訊ねてみれば、多少の驚きとともに説明してくれた。

 冒険者ギルドが傭兵や対魔物のスペシャリストを束ねる組織ならば、商人ギルド連盟は世界中の承認を束ねる組織とのこと。


「ギルド連盟全体の動きを把握したり、不正をチェックするのが天秤会議です」


 これでも偉い人なんですよ、と笑う姿はどこまでが本気なのか分かりづらかったけれど、ざっくり『商人の偉い人』と覚えておけば間違いないだろう。

 商売なんてできる気がしないし、きっとこの場限りの関係になるだろう。


「例えばの話ですが。このままメタルリザードの討伐が認められず、マリアベル様とノノ様の望む展開にならなかったとしても冒険者登録はするつもりですか?」

「えっと、魔物の素材や魔石を売却したいのでそのつもりです。身分証も欲しいです」

「売却したいだけならば商人ギルドも受け付けていますし、商人ギルドのギルドカードでも身分証になりますよ」


 にっこりを微笑んだロンドさんの言葉にノノが反応した。


「つまり、ロンド様はここからさらに揉めると予想されているのですか?」

「うん。冒険者ギルド支部長のユザークは熱血漢だし悪いやつじゃないんですけど、視野が狭いし、思い込みも激しいんです。叩き上げで元Aランク冒険者なので身内びいきもありますしね」


 どういう意味か訊ねようとしたところで、ドアが乱暴に開かれた。

 バンッ、と大きな音とともに入ってきたのは話題にしていた支部長のユザークさん。眉間にしわを寄せて私とノノを睨みつける。


「……他の冒険者が追い詰めたメタルリザードを横取りしようとしたようだな」

「……はい?」

「しらばっくれても無駄だ! メタルリザードとの死闘で武器もアイテムもほとんど無くなったせいでお前らを追い払えなかったと言っていたぞ!」


 ずいぶんな捏造だ。

 大方、なすりつけて死なせてしまったと思って口をつぐんでいたら私たちがやってきて、戦えなそうな見た目をみて欲を掻いたんだろう。

 反論したいけれど、ユザークさんに睨まれて体が動かなくなってしまった。口の中がからからに乾く。


 前線で散々向けられていた敵意ある視線。


 それが私を縛っていた。

 その代わり、というわけではないけれど私の横にいたノノが凄まじい怒気を放っていた。

 視線だけでメタルリザードを殺せそうなノノは、別人みたいに冷たい態度でユザークさんに当たる。


「聞き取りを行った冒険者がそう言ったのですか?」

「ああ、そうだ!」

「それが虚偽でない証拠は?」

「俺は冒険者としても長く活動してたんだ! 目を見れば嘘かどうかくらいは分かる!」

「では聞き取りされるまでメタルリザードのことも、私たちのことも碌に伝わっていなかったのはなぜでしょうか?」

「不確定要素の報告義務はない。あいつらにもメンツがあるだろうし、お前らみたいな小娘二人に良いようにあしらわれたなんて言いにくかったんだろう」

「警告しますが、お嬢様を疑い、貶め、陥れることは許しません。お嬢様の手柄を横取りすることも、利益を掠め取ろうとすることも絶対に許しません」

「ふん、もうタネは割れてるんだ。虚勢を貼っても無駄だ。これ以上騒ぐなら詐欺で憲兵に突き出すぞ」


 取り付く島もなく断定的に言い切ったユザークさんは、そのまま勢い込んで書類を取り出す。冒険者ギルドの登録申請用紙だ。


「お前ら、冒険者登録をしようとしてたな? 本当なら断ってやりたいところだが、向こうは大事にしなくていいって言ってくれてる。今から出向いてしっかり謝罪すれば、横取りのペナルティとして一か月は薬草探しと街中の溝掃除を——」


 意味不明な条件が口から漏れていたが、それが最後まで告げられることはなかった。

 ノノがローテーブルを片手で掴み上げてユザークさんをぶん殴ったからだ。


『良好:個体名ノノとナノマシンの親和率が高く、膂力はすでにAランクと同等以上です』


 だからあんな大きな木製のテーブルを片手で持ち上げられたのか。掴んだところがノノの手の形に潰れているあたり、握力もとんでもないことになっているんだろうな。


「ご自身が仰っていましたが、寝言は寝てから言うものでは?」

「て、テメェ……!」


 吹き飛んで壁にたたきつけられたユザークさんが激高するも、ノノはさらにローテーブルで素振りをする。

 掃除のためにハタキを掛けるような手軽さでブオンッ、ブオンッ、と風を切れば、怒って真っ赤だったユザークさんの顔は見る間に青くなっていった。


「次にお嬢様を侮辱したら、本気で殺します」

「ノノ……過激すぎるよ。慣れてるし、このくらい平気だから」

「いいえ! お嬢様はもっと正当な評価を得るべきなのです! 寄生虫のように寄ってたかってお嬢様のことを貶める奴らには、身の程を分からせてやらねば……!」


 放っておけばこのままトドメを刺しに行きそうなノノを止めてくれたのは、事の次第をニコニコしたまま見守っていたロンドさんだった。


「討伐されたメタルリザードは私が丸ごと買い取り、御二人に返却します。その上で横取りされたと主張するパーティには私からメタルリザードの討伐依頼を出します。私が買い取ったお金で装備は整えられるはずですし、横取りされなければ倒せるでしょう。問題ありませんよね?」

「……ロンド、お前この二人を信じるのか?」

「質問に質問で返すのはマナー違反ですよ」

「……あいつらなら大丈夫だろう」

「では、ユザーク氏は失敗時の保証人になっていただけますか?」

「無論、構わん」


 本人たちが不在な状態で、信じ切っているユザークさんが太鼓判を押す。

 傷一つない状態のメタルリザードに追いかけまわされてたわけだし、無理だと思うけれど。

 私たちを嘘つき扱いした人たちが痛い目を見るだけなので、止める気も起きない。発端は嘘ついて横取りしようとしたことだもん。


「報酬と違約金を高めに設定します。討伐が真実ならば問題ないどころか良いボーナスになるでしょう。嘘ならば借金まみれになりますが……これで矛を収めていただけませんか?」


 訊ねる先は私とノノだ。


「私は別に良いですけど」

「……お嬢様が納得されるならばかまいません」

「続いて登録関係ですが、このまま冒険者登録をすれば周囲からは疎まれ、疑われ続けるわけですし、辞めますよね?」

「はい」

「ならば商人ギルド連盟に行きましょう。ユザークさんは気に入らない人物を懐に入れずに済むし、私は素敵なお嬢さんたちと知己を得られる。御二人は商人ギルドで活動してもらえれば魔物素材の売買は問題なくできます」


 パッと聞いた感じ、問題はなさそうだ。

 出会ったばかりなので信じると言い切れるほどの材料もないけれど。


『推定:個体名ロンドの言動に虚偽や悪意は確認できませんでした』


 ヘルプのGOサインも出たし、これ以上こじれたらノノがユザークさんとか嘘つき冒険者を殺しちゃいそうなので慌てて頷いた。


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