第4話 さっそくトラブル

「ふぁー! 抜けたー!」

「ようやくですね。もうここはグレアランド帝国の領内になります」

「ふふん。なんか良い感じ!」


 森をさまようことさらにひと月。

 最終的にはノノにおんぶしてもらいながら立ちふさがる魔物を魔法で狙撃するという荒業を使って大樹林を踏破した。

 お陰で空間魔法の中にはちょっと考えたくない量の魔物がひしめいている。

 美味しいものは良いけれど、食べられるだけでそれほど美味しくなかったり、毒を持っていて食べられないものもいるのだ。


「まずは冒険者登録ですね」

「身分証の発行と魔物の買取だっけ? 高く売れると良いなぁ」

「間違いなく売れます……下手すると高すぎて買取を拒否されるやもしれませんね」

「ええっ!? それは困る!」

「量を加減して出せば良いだけですよ。旅をしながら各支部で少しずつ売りさばきましょう」


 大樹林に住む魔物は強くてなかなか討伐できないし、頑張って討伐してもだいたいボロボロのズタズタなんだそうだ。

 私がスパッてしただけの魔物はノノ曰くほぼ完品とのことで、路銀の足しにするためにも全部確保しているのだ。


「現在地がふわっとしか分かりませんが、グレアランドの国境付近には城塞都市があったはずですから、そこを目指しましょう」

「うん。美味しいものあるかなぁ」

「ええ。肉や魚はともかく野菜や果物は種類が限られていましたし、穀物に至ってはほぼゼロでしたからね。たくさん仕入れましょう」


 そんなことを話しながらゆっくり歩く。

 ずーーーっとおんぶだったけれど、森が途切れて草原に変わった辺りで降ろしてもらった。まだ樹木もまばらに生えているけれど、森に比べたらずっと歩きやすい。


「お昼までにつけるかなぁ」

「お嬢様を背負わせていただければ間に合わせて見せますが」

「それじゃあ体力つかないからなぁ。ちょっとだけ歩いて、どうしようもなくなっちゃったらお願いするね」

「かしこまりました」


 花がほころぶような笑みを浮かべたノノにつられて、私も笑顔になる。

 こんな風にゆったりとした時間がずっと続けばいいな。

 そんなことを思った直後、少し離れたところから爆炎があがった。

 続いて大地を揺らす轟音が断続する。思わず足がもつれてぺたんと尻もちをついてしまった。


「っ?! お嬢様!」

「大丈夫。誰かの魔法、かな?」

「逃げますか? それとも——」


 判断している暇はなかった。

 まばらに生えた木々が倒れ、隙間から武装した人間たちが飛び出してきた。

 武装した人たちは思わず身構える私たちを無視して走る。


「オイッ! クソ、なんでこんなところに一般人がっ!」

「放っておけ! 囮になるかもしれねぇ!」

「さっさと逃げるぞ!」


 すれ違いざまに発した言葉で確信する。

 魔物に追われているのだ。

 彼らの足跡を辿るように樹木が倒れていき、眼前の木々が砕け折れた。


「メタルリザード!?」


 私を庇うかのように立ったノノの眼前に、金属質の鱗を持った巨大なトカゲが現れた。私を丸呑みできてしまいそうなサイズだ。

 どう頑張ってもノノがケガする未来しか見えないので全力で魔法を発動させた。


 大地から巨大な柱が生えてきてメタルリザードの顎をカチ上げる。

 がら空きになった腹に私の腕ほどもある氷の槍が殺到する。バキバキと鳴って凍っていくも、穂先は鱗を滑って明後日の方向にそれていく。

 着地と同時、巨大な黒目がギョロリと私を睨んだ。


『推奨:鎧鱗蜥蜴メタルリザードの鱗は雷属性で貫通できます』


 ヘルプの言葉を考える余裕なんてないので、そのままありったけの魔力を注ぎ込む。


——バヂンッ!


 目が眩むほどの閃光と、何かが弾けるような音が轟く。

 同時に私の手のひらから雷撃が迸った。

 メタルリザードの顔にぶつかった雷はそのまま全身をバチバチと焼いた。


「ノノ、大丈夫?」

「お嬢様! 大丈夫ですか?!」


 ぶすぶすと煙を上げたメタルリザードが崩れる横で抱きしめあって互いの無事を確認する。

 必死の表情で見つめあい、無事だとわかって笑いあう。


「良かった」


 その言葉をきちんと言えただろうか。

 必死になりすぎたせいか、急速に意識が遠のいていく。

 ノノに抱きしめてもらっているのをいいことに、くたりとそのまま倒れ込んだ。


***


 マリアベルお嬢様が気を失ったので、向きを変えて背負う。

 ……軽い。

 仮にも私と同い年——一四歳とは思えないほどに軽い。お嬢様が受けてきた仕打ちを思うと、はらわたが煮えくり返る。


「……ブレナバン王国のゴミどもが……!」


 お嬢様は覚えていないだろうが、私が初めてお会いしたのは簡易牢ではなく、孤児院とは名ばかりの人身売買施設から売られ、前線に向かう馬車に乗せられていた時だ。

 警戒網を潜り抜けた魔物たちが、補給物資と戦う術を持たない孤児たちを襲った。

 前線やベースキャンプから多くの人が駆け付けて魔物と戦ってくれたが、その中にお嬢様もいたのだ。

 多くの兵士が馬で移動する中、お嬢様は半分引きずられるように、紐で引っ張られながら走っていた。

 当時からろくなものを食べていなかったのだろう、お嬢様はヒュウヒュウとおかしな呼吸音をさせ、真っ青な顔をしながらも倒れることなく魔法を使ってくださった。

 魔物に両足を食いちぎられて死の瀬戸際にいた私をあっという間に回復してくださり、傷ついた兵士や逃げ遅れた他の孤児たちも次々に治していた。

 魔力切れで倒れたお嬢様は現場を取り仕切る部隊長に蹴られ、引きずられながら連れていかれてしまったのでお礼すら言えなかったが、文字通り自らの命を削るようにして人々を癒す姿はまさに聖女だった。

 死の瀬戸際から舞い戻った私の目に映ったお嬢様は、どこまでも儚くも美しかった。思わず見惚れてしまってお礼すら言えなかったことをずっと後悔していたのだ。

 だからお嬢様が濡れ衣を着せられて、すぐに食事を持っていこうと画策した。

 ……すぐに見つかって、死ぬほど殴られたが。

 最前線に向かったことのある者で、お嬢様のお世話にならなかった者などいるはずがない。だというのに、恥知らずの集まりである。


 ナノマシンと融合して一命を取り留めることになるとは思わなかったが、孤児である私も、ナノマシンである私も思考は一致していた。


——お嬢様の役に立ちたい。


 そのためにできることならば何でもするつもりだ。

 幸いなことに、ナノマシンと適合した私の体は強度的には高位の冒険者にも引けを取らない。

 まだ慣れてはいないが、ナノマシンの持っていた武術に関してもインストールしたので訓練すれば通常の一〇〇倍以上の速度で上達するはずだ。

 どこかで武器を入手すれば、お身体が弱くていらっしゃるお嬢様を守り、支えるのに申し分ないだろう。

 食事に関してもさまざまな料理の知識がナノマシンから手に入ったし、道具や食材がそろえばいくらでも作れる。食は細いが、美味しいものを頬張った時のお嬢様は本当に幸せそうに微笑んでくださる。

 あの笑顔を見るためならば、入手が困難な食材も難しい調理手順も苦ではない。


「惜しむらくは空気中のナノマシンと接続できなくなってしまったことですか……」


 私の体に適合する過程で、全世界に散らばるナノマシンとの接続は失われてしまった。


「接続さえ残っていれば、あらゆる食材の情報をリアルタイムで入手できたというのに……!」


 私が憤ると、背中ですぅすぅと寝息を立てていたお嬢様が身じろぎした。

 起こしてしまったか、と様子を伺えば、


「ふふっ……ノノ……そんなに食べきれない……よ」


 微かな笑いとともに寝言を呟かれていた。

 ……お嬢様の夢に私が出演!? しかも私の存在に笑ってくださっているッ!


 興奮と嬉しさで鼻血が出るが、今はお嬢様を支えているので押さえることも拭うこともできない。いえ、別に鼻血の一〇リットルや二〇リットルはどうでも良いのです。

 大切なのはお嬢様が幸福を感じてくださっているということ……!


「いくらでも……どんなものでも、お嬢様が望むならばご用意致しますからね」


 私の呟きに、すぅ、と穏やかな寝息が返ってきた。


【あとがき】

ようやく人里……! 今日はここまでになりますが、第一部完結まで毎日投稿予定です!

『面白かった!』『次も楽しみ!』と感じていただけましたら作品のフォロー&評価の【☆☆☆】で応援をお願いします!


第二部や新作執筆のモチベーション向上になりますのでぜひともよろしくお願いします!

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