第3話 お嬢様と呼ばれて
孤児の方のノノは、卒業したらメイドをやる予定だったらしい。
孤児院のシスターにマナーを教わり、どこかの御屋敷に務めるのが夢だった、と教えてくれた。
孤児が貴族に雇われることはほぼないので、大店の商店辺りを狙っていたとのこと。
「ですからお嬢様にお仕えできるのはとても嬉しいことなんです」
「ありがと」
お嬢様と呼ばせてください、とお願いされ、私は正式にノノの主人になった。
どうすれば良いかわからないし主人という実感もないけれど『何かやりたいこととか希望があったらノノに相談する』のがルールらしい。
お嬢様、なんて呼ばれるとなんだか恥ずかしくなってしまうけれど、ノノは俯こうとする私をがっちり掴んでバシャバシャ洗う。
大樹林にある湖のほとりで、私は服や体を洗っていた。
ノノはすでに全部洗い終えて、私の魔法で乾かしてぴかぴかの状態だ。くすんでいた金髪はキラキラになったし、お肌もつやつや。スレンダーで引き締まった体もとっても綺麗だった。
同い年のはずなのに、この差は一体……?
「肌艶が良いのはお嬢様の回復魔法のおかげですよ? 肌の透明化やきめの細かさはお嬢様のほうがずっと上です」
高ランクの魔物をおなかいっぱい食べて回復魔法を受けたことで、良い感じに元気になっているんだとか。
ちなみに目の色はなのましんの影響で、もともとは碧眼だったとのこと。
「私よりもお嬢様です。しっとりもちもちのお肌に銀糸のような御髪! さらには吸い込まれるような青紫の瞳! もはや芸術でございます……!」
「そんなのはじめて言われた」
今までお風呂にも入れずべたべたのギトギトで、髪の毛なんて何色か分からなかったもんね。騎士たちからは『雑巾』って呼ばれてたこともあるくらい。
「惜しむらくは栄養不足です。毎回、栄養のあるものをご用意せねば……!」
「えっと、ありがとう……?」
ぐっとこぶしを握って私に熱い視線を向けるノノ。一生懸命になってくれるのはありがたいけど、そんなに気にしなくても大丈夫だよ?
「今までもあんまり食べてこなかったし、回復魔法をかけてれば死ぬことはないから」
「そんなのは駄目です。確かに回復魔法で四六時中活性化させ続ければ栄養失調で死ぬことはありませんが、それでは肉体が育ちません! このままでは美の女神も失明するほどの美貌が、せいぜい美の女神と同程度に……!」
失明する美しさって何……?
「それに、体力も問題ですよね。このままでは森を踏破することなど夢のまた夢です」
「うっ……それは確かに」
全属性の魔法が使えるようになっているのでどんな魔物が来ても怖くはないけれど、体力は元のままだ。
ちょっと歩くだけで息切れするし、無理して走ればすぐに気絶してしまう。
私が意識をなくした時に魔物に襲われたら、ノノだけじゃ対処は難しいらしい。武器があれば話は別、とのことだけど調理器具でほとんどの金属を使い果たしてしまったこともあって、ノノの武装は包丁だけだ。
「データベース内に存在していた武術類はだいたいインストールしましたが、魔法に関してはとんと才能がなく」
「えっと、寝てたら太ももとか腕とかを刺してくれたら起きるよ……?」
「たとえどのような理由があろうともお嬢様を傷つけることなどありえませんっ!」
マーカス王子や騎士たちにはよく刺されてたし確実に起きられるんだけど、と告げたらノノから表情が抜け落ちていた。
「……そのうち。そのうち暇をいただき、ゴミ掃除をしなければなりませんね」
「ゴミ掃除?」
「ええ。存在しているだけで周囲が汚れる、特大のゴミがあるんです……国名すら残さず一掃しましょう」
よくわからなかったけれど兎にも角にも栄養と睡眠、と言われたので私はヘルプに従って栄養価の高い魔物をガンガン狩っていく。
移動さえしなければ魔法でイチコロだもんね。湖畔をベースキャンプにして、ちょっとしたストレッチをして魔物狩り。日光浴をして魔物狩り。ノノに背負われて散歩して魔物狩り。ご飯を食べたら魔物狩り。
とにかくたくさん倒した。
すぐ眠くなっちゃうんだけど、それで良い、とのことでたくさん食べてたくさん寝る、という生活をひと月近くしていた。
ヘルプに聞いて栄養価バツグンな魔物たちが空間魔法の中に山とあるので、しばらくは安泰だ。
気づけば普通に使ってたけれど、『栄養』はなのましんに記録されていた情報らしい。ノノは融合した影響で、私は牢屋で鼻血を出した時にそういう情報が頭の中に入ってきたらしく、それほど引っかかることもなく使えるようになっていた。
「ストライクバードにフォレストバイソン。マーダーグリズリーにレイクサーペント。さすがお嬢様です!」
「えへへ」
「ヘルプの探索によって岩塩やハーブの類も充実しましたし、今日は最高の料理をご馳走しますね」
「ノノのご飯、いっつも美味しいよ?」
量が多すぎて毎回食べきれないけれど、ちょっと食べ過ぎてしまうくらいに美味しいのだ。鍋だけでなく鉄板も用意したので料理の幅がどんどん広がっていた。
ベースキャンプにあった塩は使い切っていたけれど、湖畔に住むソルトグローブという魔物から塩とか調味料が取れるので問題はなかった。
木のふりをした植物系の魔物で、地中や水中から塩をろ過して体にため込む性質があったり、近づいてきた魚を食べて体内でタンクみたいな木の実を作ったりしているのだ。
木の実の中は魚が発酵してできた赤茶色い液体が詰まっている。
ノノ曰く、天然の魚醤ですね、とのことで料理の味付けに使っている。ちょっと香りに癖があるけれど、弱火でしばらく沸騰させるとかなりすっきりした味になる。
「ソルトグローブの実で味付けした根菜と、照り焼きヒクイドリです」
「じゃうゆ! 香ばしくて大好き!」
「フォレストバイソンのソテーをきのこソースで仕上げました」
「コリコリのきのこと蕩けるお肉が美味しい!」
「グリズリーハンドの薬膳ハーブ煮込みに、レイクサーペントの肝焼きです」
「良い香り……ちょっと飲んだだけで体がぼかぽかする!」
いろんなものを食べながら、少しずつお散歩の距離を増やしたり、ストレッチだけでなく筋肉をつけるトレーニングも始めた。
「お嬢様……地面でお昼寝ですか?」
「ふっきん」
「お嬢様、今度はうつ伏せにお昼寝ですか?」
「うでたてふせ」
「ええっと……ゆっくり尻もち……転ぶ練習……?」
「すくわっと」
「む、無理なさらず簡単な運動から始めましょう! 今のお嬢様が筋トレなんてしたら死んでしまいますよ!?」
ヘルプは筋力をつけるための基礎的なトレーニングだって言ってたもん。
どれも一回もできなかったけど。
「お嬢様……私がほとんど魔法を使えないように、人には向き不向きというものがあります。筋トレは一部の才能ある者だけに許されたトレーニングなのです」
「そうなの?」
「そうです。お嬢様のような可憐な方に腹筋や腕立て伏せができる人はいません」
ならしょうがないか。
筋トレが無理ならば、とお散歩を頑張った。
最初は五分でへばってご飯を戻しそうになっていたのがだんだんと伸びていき、食後すぐでなければ三〇分も歩けるようになったのだ。
大進歩だ。
「ふふん。そろそろかな? そろそろ大樹林も踏破できちゃうかな?」
「できるかもしれませんね。しかし、そこまで隣国に行きたいですか?」
「行きたい! っていうか、王国にいるのが嫌」
私を奴隷のように扱っていた国だ。
お父さんとお母さんが死んじゃってからは良い思い出なんて一つもない。
「では帝国に参りましょうか」
「うん! 美味しいものいーっぱい食べよう! よろしくね、ノノ!」
「はぅっ!?」
「ノノ!? 何で鼻血出してるの!? ケガ!?」
「い、いえ……これは良い鼻血です」
「良い鼻血?!」
「そうです。涙は悲しい時だけでなく嬉しい時に出ることもありますよね。私の場合は、鼻血もそうなのです」
「変わった体質だね。回復魔法、いる?」
「いえ、大丈夫です」
何はともあれ、準備は整った。
グレアランド帝国食い倒れツアーに、いざ出発!
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