第2話 置き去りにされました
エクゾディス大樹林はAランク・Sランクの魔物がひしめき合い、最奥には魔王級の化け物も跋扈していると噂の危険地帯だ。広大なこの樹林は食料も豊かなのであんまり魔物が森の外に出てくることはないけれど、生存競争に負けた魔物や負傷した個体が人里に降りてくることがある。
村や街を滅ぼせるだけの力を持った魔物たちを未然に討伐するのが私のいた部隊のお仕事だった。
マーカス王子を筆頭に多くの騎士たちが集められ、昼夜問わず森の魔物を狩る。ブレナバン王国の勇士たちによる精鋭部隊。
のはずが。
「見事に全員いませんね」
「まさかこんなにあっさり逃げるなんて」
鉄格子の向こう側に広がるキャンプには誰一人おらず、重要な物資もすべて引き上げられていた。
残っている人間は私とノノだけである。
「ふん。マリアベル様の回復魔法を頼りに無茶な開拓を成立させていたのです。マリアベル様にこのような仕打ちをすれば瓦解するのは当然のことかと。そもそもあの程度の実力の者たちが森を拓こうなんて無理な話だったのです」
「森を拓く? 森から出てきた魔物を倒すんじゃないの?」
「それは建前ですね。国土拡大のために攻めていたのです」
ノノはナノマシンと融合した影響で、孤児院出身とは思えないくらい博識になっていた。
なるほど?
私が首をひねっていると、ピコンと変な音が鳴った。
『要約:騙されていました』
「ああ、ヘルプ機能ですね。超古代の情報管理ナノマシン群です。自我を持つほどのエネルギーはありませんが、必要なら頭の中で語りかければ色々教えてくれますよ」
えっと、じゃあこの状況を切り抜けるにはどうしたら良いかな?
眼前には四本腕の大猩々や炎をまとったイノシシ、頭だけでも私と同じくらいの大きさの蛇なんかがひしめき合っていた。
人間は私とノノだけなんだけど、ずいぶんと騒がしいものである。
ノノが言っていた『混乱』とは魔物が溢れることだった。私がノノを助けてから三〇分もしないうちに森がざわめきだして、最前線から兵士たちが逃げ帰ってきた。
報告を聞いたマーカスはわざわざ私のところに顔を出したかと思うと、
「これからここは魔物であふれる。八つ裂きにされて苦しんで死ね」
荷物をまとめてさっさと居なくなってしまった、というわけだ。
八つ裂きかどうかはさておき、このまま放置していれば魔物のご飯になってしまうのは避けられない。
改めてヘルプに訊ねれば、普通に属性魔法を使って倒せばいいとのこと。
なのましん? が体の中で色々動いたおかげで、私はすでに全部の属性が使えるようになっているらしい。
『推奨:風・水・氷属性で討伐。可食部が減りません』
「……食べるの? 魔物を?」
「マリアベル様は確実に栄養失調ですので、それも良いかもしれません。腕によりをかけて何か作りますよ」
ノノの後押しもあって、さっそく討伐することに。
誰が私たちを食べるかで牽制しあっているっぽい魔物に向き直る。
一番おいしそうなのはイノシシかなぁ。
風の刃でイノシシの首をスパッと切り落とす。ずれた頭が落ちて血がドバドバ出るけれど、伊達に何年も最前線で兵士を癒していたわけじゃない。気分がいいとは言わないけれど平気だ。
内臓がはみだしたり、手足が取れてしまうような大けがを治し続け、最終的には無くなった手足や潰れた目を再生させたりしてたもんね。
「あっ、コラ!」
猩々と蛇が倒れたイノシシを食べようと突撃したので、慌てて風の刃を追加。それぞれの首がスパーンと切れて落ちた。
『鑑定:
イノシシが美味しいらしいので残しておき、他は空間魔法で作った異空間に収納する。こうして置けば時間が経っても腐らず、そのまま取っておけるのだ。
「ノノ、ご飯お願いできる?」
「かしこまりました……と言いたいところですが、刃物や調理器具の類もろくに残っていませんね」
「じゃあ作るよ」
鉄格子を土魔法で加工していく。生き物みたいにうにょうにょした鉄格子が形を変えて包丁に姿を変えた。
『鑑定:
魔法鉄包丁 凄まじい切れ味を誇る包丁。土魔法で生成したため魔法耐性がある。マリアベル作』
……まぁ、切れないよりは切れた方が良いよね。
同じように鍋も作ったところでノノがイノシシを捌いてくれた。自分の体よりも大きなイノシシがサクサク切り分けられてお肉に変わっていくところは、まるで魔法のようだった。
ちなみにノノは同い年らしいけれど、私よりも頭一つほど大きい。
というか私が小さいみたい。
最前線は食料が少ないし、戦う兵士が優先と言われて野菜のカケラが少しだけ浮いたスープを食べていたのだけれど、完全に足りてなかったらしい。
自分に回復魔法をかければだいたいのことは耐えられてしまうので気づかなかったけれど、とてもじゃないけれどもうすぐ成人には見えないと言われてしまった。
「マリアベル様はいいところ一〇、一一歳といったところでしょうか」
「もうすぐ一五だよ!?」
「……いっぱい食べましょうね」
そう言いながら、お肉がたっぷり入ったスープと串焼きを作ってくれた。鉄串は私が魔法で作ったけれど、近くに生えていたハーブと岩塩のカケラがあったから、それを使ったらしい。
「おいひ……!」
「食べてから喋りましょう」
「らっふぇ! おいひいんらもん!」
はふはふ言いながらお肉を頬張る。口いっぱいに香ばしい匂いとガツンとした塩気が広がる。それを噛むとじゅわっとおいしい肉汁が口の中で大洪水。
美味しすぎて止まらない。
スープもお肉の脂にハーブの香りがたまらないし、何より温かい。
串焼きもスープも出来立てほやほやなのだ。
温かいものを口に入れるなんて何年振りのことだろう。一心不乱に食べていると、ノノがエプロンのすそで私の目元を拭ってくれた。
「……これからいくらでも、おなか一杯になるまで食べられます。だから、泣かないでください」
どうやら私は知らない間に泣いていたらしい。
ノノが作ってくれたご飯はとっても美味しかったけれど、久々のお肉に体がびっくりしてしまったらしくて途中で気持ち悪くなってしまった。
回復魔法と気合で何とか耐えて、食べられなかった分は空間魔法に入れておく。これでいつでも食べられる!
「これからどうしますか?」
「森から出たい……けど、ブレナバン王国には行きたくない」
食事中、ヘルプにも頼りながらノノとたくさんお話をしたお陰で自分が置かれている状況がよく理解できた。
騙されるのも、無理やり働かされるのも絶対に嫌だ。
「では森を進んで隣国に向かいますか。北ならばノースフォール王国。東ならばグレアランド帝国がございます」
「どんなところなの?」
「ノースフォール王国は雪に覆われた寒い国です。グレアランドはいくつもの王国が合体して出来た大きな国ですね」
寒いのは嫌だなぁ、とぼんやり考えていると、
『推奨:グレアランド帝国。多文化が混在しているため、多彩な食材と料理が特徴。ブレナバン王国とは敵対関係にあるため、追手が差し向けられる可能性が比較的低い。治安はイマイチ』
とのことで東に向かうことが決まった。
治安が悪いのは困るけれど、ノースフォール王国も別に治安が良い訳じゃないらしいしね。
行く場所が決まったので、一番不安だったことを訊ねる。
「ノノは……ついてきてくれる?」
「当たり前です! マリアベル様が嫌だと言わない限り、どこへでもお供させていただきますからね!」
「迷惑じゃ、ない……?」
「いいえ。ナノマシンとしても、一人の人間としてもマリアベル様のことを大切に思っています」
それは、大樹林に来てから一度として向けられたことのない優しさだった。
「……ありがとう」
「ああ、すみません。泣かないでください。大丈夫ですよ」
嬉しくて涙が零れた私が落ち着くまで、頭を撫でながら抱きしめてくれた。
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