【完結】最強ロリ聖女のゆりグルメ!~殺されかけたので他国に逃げたら侍女からとろとろに溺愛されて美味しいもので餌付けされています~
吉武 止少
第1話 すべての始まり
夢を見ていた。
「マリアベル、君との婚約もここまでだ。破棄とする」
夢なのに現実みたいに生々しいのはほんの数日前、実際にあった出来事だからだ。
目の前で吐き捨てたのは私の婚約者……元婚約者にして金髪のイケメンだ。
かっこいい、とは思うけれど親の仇みたいに睨まれてる時点でごめんなさい、である。そもそも私の好みは穏やかな人柄。普段の横柄な態度も嫌いだし、こうして敵意をぶつけられればなおさらである。
「エクゾディス大樹林を警護する聖なる任務を妨害するばかりか、真の聖女であるニミミ・ファーガス公爵令嬢を殺害しようとした罪をここで贖ってもらう」
イケメンの言葉に、周囲を囲む兵士たちが私を持ち上げた。
くさい、きたない、と悪意に満ちた言葉をぶつけられ、そのまま引きずられていく。くさいのも汚いのも私のせいじゃない。
朝から晩まで、兵士たちに回復魔法を掛け続けていたのだ。食事や睡眠すらまともに取れていないのだからのんびりお風呂に入ることなどできるはずもなかった。
前線にいるほとんどの人間に回復魔法を掛けたことがある。私の事情は兵士たちも知っているはずなのに、まるで汚物かのように引きずられ、旧時代の建物を再利用した簡易的な牢屋へと放り込まれた。
「自らの愚かな行いをそこで死ぬまで悔いていろ」
罵声を浴びせたイケメンは二度と振り返らなかった。
ガシャン!
乱暴に閉じられた鉄格子の隙間から見えたのは、華やかなドレスを身にまとった美女の肩を抱きながら去っていく後ろ姿だ。
美女が一瞬だけ振り向いて私に笑みを向けた。
ステキな性格だ。
本来ならば規律を乱した人間を入れておく簡易牢はひどく寒かった。旧時代に作られてから製法も素材も失伝している床と壁はとても冷たく、後付けされた鉄格子は風を遮る役には立たない。
時折交代する見張りの騎士は前線で癒したことのある相手ばかりだったけれど、誰もが私に憎悪をぶつけていた。
無視されたり、そこらへんに唾を吐き捨てるくらいならばまだマシ。
「おい、偽聖女。俺たちを騙していたことへの謝罪はないのか? ないなら餌はお預けだ」
何かの腹いせに殴られたり、日に一度しか出ない食事を頭から浴びせられたりもした。具材ゼロで味付けもほぼなし、おまけにすっかり冷めたスープはほとんど水と変わらないのであまり気にならないけれど、やっぱり寒い。
見張りの兵士がサボりに行ったのを見届けてから回復魔法で殴られたところを治療する。
最前線では魔力切れで気絶した私を起こすために足や腕を剣で刺されていたので、この程度の痛みはなんてことない。治癒の光がなるべく目立たないよう、加減しながら癒していけば痛みどころか痣も残らずに消えた。
——とはいえ、このままじゃ駄目だよね。
わずかな食事を取り上げられ、気まぐれに暴力を振るわれる。
おそらくは、私が本当に死ぬまでこのままだろう。
空腹も水分不足も回復魔法で誤魔化すには限度があった。
夜になり、かがり火がぼんやりと辺りを照らし始めたところで思考を整理する。
七歳で孤児になった私は教会に預けられると同時に聖属性魔法の適性を見出され、聖女候補となった。
ただでさえ聖属性の魔法は使い手が少ない中、効果がずば抜けて高く、めきめき実力を伸ばしていた私の肩書は九歳になると同時に候補の文字が外れた。
そしてブレナバン王国の第四王子マーカス・ブレナバンの婚約者に指名され、王子とともにエクゾディス大樹林で魔物討伐の任務に当たることになったのだ。
一五歳以下が従軍することは基本的にないことだったけれど、婚約者として王族の義務を果たすために。
如何に規格外の聖属性魔法を扱えると言っても九歳だった私は魔力も体力も人より少なかった。
結果的に朝も夜もなく、気絶するまで魔法を使い続けることになった。正確には気絶しても叩き起こされて使わされていたけど。
その反動か、魔力はぐんぐん伸びて今では魔力切れを起こすことはなくなったけれど、身体は小さいしお胸もぺったんこのまま。
体力もまったくなく、前線から移動するのにも他の兵士たちの移動に差し支えるから最前線で寝泊まりしろ、と命じられていたくらいだ。
三〇分も歩いたら気絶するくらいの体力なので、まぁ仕方ないと言えば仕方ないけれど。
——いや、普通に誰かを殺そうとするなんて無理じゃない?
回復魔法をわざと掛けなかった、とかならともかく、体力がスライム以下な私に負ける人間がいるとは思えない。
最前線から連れ帰られて即座に断罪された私だが、当然ながら濡れ衣だ。王子が言っていた何たらかんたら公爵令嬢ってのもはじめて聞いたし。
あと数か月で一五の成人を迎えるというのに、このまま牢屋で朽ちていく運命にあった。もともとご飯もほとんど貰えていなかったのに、そのうえ水分もなしとなればいよいよ助かるとは思えなかった。
なんでこんなことに、と溜息をついたところで急に夢から覚めた。
頭の中に声が響いたのだ。
『緊急:生命活動の低下を確認。生命活動維持のためにナノマシンを活性状態へと移行します』
声が聞こえるとともに、意識がはっきりする。今までぼんやりとしか考えられなかったはずが、世界がクリアになった。
知らないはずの知識が洪水のように頭の中を駆け巡り、そして消えていく。生き延びられるかもしれない。
そう考えたけれど、だからって希望を持てるわけがない。
どうせこのまま、良いように使われて搾取されるだけの人生が続くのだ。
——マリアベルは、どんな大人になるのかな?
ふいに、小さいころの思い出がよみがえる。お父さんもお母さんも、私のことを大事にしてくれた。私が大人になることを楽しみにしてくれていた。
しかし現実はどうか。
思考がクリアになってから、私はそれまで気づけないでいた自分の状況がはっきりわかるようになっていた。
「……形だけの婚約者……搾取され続けて……ようやく成人だっていうのに今度は濡れ衣……」
『逆説:成人を迎えそうになったからこうなったものと推測します』
「だ、だれっ!?」
『紹介:残念ながら現状で使用されている言語では発音することができません。脳に直接情報を書き込みますか?』
「の、のう!? いや、何か怖いしやらない!」
『了解:可能な限り現在使用している言語での説明を試みます』
頭の中に響いた声によると。
「超古代文明時代のののましん・いんたーふぇーず?」
『肯定:ナノマシン・インターフェースですが、その理解でよろしいかと』
私が前線を駆け巡っていた時に偶然体内に入った、らしい。よく分からなかったけれど害があるものではなく、むしろ生きていくのを補助するためのものなんだとか。ちなみに呼び名は決まっていないとのことなので、ノノ、と名付けた。
「それで、成人を迎えそうになったからこうなったってのは……?」
『推測:個体名マリアベルの待遇は婚約者としては異常です。恐らくは都合よく働かせるために整えられた身分かと。ニミミ・ファーガソン公爵令嬢と結ばれるためには、成人した婚約者は邪魔になります』
「なるほど?」
『予測:このまま個体名マリアベルを謀殺し、公には事故死として扱えば”婚約者を失った悲劇の王子”と”失意の王子に寄り添った心優しい令嬢”のカップルが爆誕するわけです』
「……ずいぶん詳しいね?」
ののましんとやらは空気中にもたくさんあり、それまでに収集していた情報をノノが統合・推測した結果らしい。全然わからないけれど、
『要約:ノノは便利なのです』
とのことなのであまり気にしないことにした。
ノノは人の役に立つことをするために生まれてきたらしく、私の助けになりたいと言ってくれたのだ。前線で寝泊まりしてる間に、なのましんが私の体に入ったらしい。
いつなのかさっぱりわからないけど、確かに超古代文明時代の遺跡は大樹林のいたるところにあるし、戦えない私はそういう遺跡を盾に隠れていることが多かったからその時かもしれない。
『提案:今から一時間ほど後に逃亡を開始しませんか?』
「逃げるのは別に良いんだけど。なんで一時間後?」
『予測:予定時刻付近で混乱が起きる可能性が非常に高いので』
混乱?
私が首を傾げたところで、視界の端に人影が映った。
「このクソ女が! 俺たちの食料を何だと思ってやがるッ!」
「偽聖女に味方するならテメェも敵だ!」
「クソガキに喰わせるモンなんかあるわけないだろうがッ!」
騎士達に引きずられてきたのはメイド服に身を包んだ少女。名前こそ知らないが、孤児院の子たちが後方支援に連れて来られているので、その一人だろう。
簡易牢の扉が開けられ、メイドの女の子は投げるように放り込まれた。壁に激突し、そのままずり落ちる。ショートカットに揃えられた金髪は血と埃で汚れていた。
「偽聖女にメシを用意しようとするからそうなるんだ! どうせ死刑になる罪人に水の一滴ですらもったいない!」
……私に食事を用意しようとして、折檻を受けたのか。
慌てて近づく。顔の形がわからなくなるほど腫れあがり、手足は変な方向に曲がっていた。
「ひ、ひどいけが……回復魔法を——」
『否定:既に生命活動を停止しています。回復魔法は無意味です』
「でもっ! 私のために——」
『提案:彼女を蘇生する方法が一つだけ存在します。実行しますか?』
「助けられるの!? お願いっ!」
『指示:では、手のひらを彼女の口元に近づけて継続的な回復魔法をお願いします』
言われた通りに回復魔法を掛ける。今日は牢屋の中にいて魔力をほとんど使っていないので思い切り注ぎ込んでいく。
視界がゆがむほどの魔力がメイドの少女を包み込む。同時に手のひらから何かが零れた。
『解説:ナノマシンを物理的に移動しています』
手から零れているのはノノの本体? らしい。
『設定:破損した脳機能をナノマシンで代替。記憶・意識の障害を解消するためにノノ本体を使用します。この作業により本体が保持している情報データが失われる可能性があるため、個体名マリアベルの体内にパージします。よろしいですか?』
「何でも良いから助けてあげて! 早く!」
『了承:個体名マリアベルの回復魔法を確認、ナノマシンの電力を用いて心臓マッサージを試みます。これにより空気中に散布されたナノマシンとの接続に致命的なエラーが発生しますが、個体名マリアベルの指示により許諾を省略します』
女の子の傷が治っていくと同時、びくんと体が跳ねた。
びくん、びくん、と何度か跳ねたのちに、
「かはっ!?」
女の子は息を吹き返した。
「……蘇生シークエンスを終了しました」
「大丈夫!?」
「大丈夫です。ありがとうございます、マリアベル様」
「えっと……もしかして、ノノ?」
「破損した記憶・意識障害を回復するため、ノノの情報を流用しました。私はノノであり、孤児の少女でもあります」
ノノとしての意識と、孤児の女の子としての意識。その両方が混ざった? 融合した? 状態らしい。孤児の女の子の時に使っていた名前もあるけれど、ノノで良いとのこと。
「孤児院でもここでも”おい”とか”お前”とかしか呼ばれていませんでしたので」
そう告げたノノは口や鼻に残った血の跡を拭き取る。
「しかしすごい威力ですね。さすがはマリアベル様」
「えっと……ありがとうございます?」
「さて、兵士たち見つかる前に逃げましょう」
「逃げるってどうやって?」
「今から一時間——騒ぎが起きるまでに、あらゆる魔法を習得していただきます」
私のおでこにぺたんと手のひらをくっつけたノノ。
「マリアベル様の体内にパージした情報データの一部を展開します。マリアベル様の指示により許諾は省略します」
じんわりと体が熱くなり、頭の中に知らない何かが流れ込んでくる。
魔法。
植物。
魔物。
道具。
地理。
食事。
ありとあらゆる情報が私の中に流れ込んだ。
ぶつ、と変な音がした。鼻の中に血の匂いがしたから、どこかが切れたんだろう。
慌てて回復魔法を自分に掛ける。
ぶつ。
あ、また。回復。
ぶつ。
回復。
ぶつ、ぶつ、回復。ぶつっ、回復。
ぶつぶつ、回復、ぶつ、回復。ぶつっ、回復。
ぶつ、回復。ぶつっ、回復、ぶつぶつ、回復、ぶつ、回復。ぶつっ、回復。
何度も繰り返すうちに、とうとう鼻血がたれてきた。
「マリアベル様!?」
「らいじょうぶ……回復魔法で、治せるから」
「……マリアベル様の負担を考慮し、展開をカスタム、魔法のみを転写します。残りの情報はヘルプ付きで隔離」
「何を?」
「申し訳ありません。超古代文明時代にノノが蓄積していたデータ類をマリアベル様にお渡ししているのですが、負担が大きかったようなので方法を変更しました。ご自身に回復魔法をお願いします」
「あ、うん」
回復魔法を展開すると同時、今までとは比べ物にならないレベルで魔力が渦巻いた。切れてしまった鼻はおろか、ちょっとした擦り傷とか不調までも治っていく。
いくら私の回復魔法が強力だったとはいえ、ここまでではなかったはずだ。
「す、すごい……!」
「魔法を正しく理解した影響ですが、本当にすごいのはそれを使いこなせるマリアベル様ですよ」
ノノはそう告げると、微笑んだ。
この時、私は気づいていなかった。
脳に負担がかかる度に即座に回復することで本来ならば人間が耐えられないレベルの情報をナノマシンから受け取っていたことに。
そのせいで、魔法に関して人智を越えてしまっていたことに。
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