第8話 美味しいご飯

 宿屋でぐっすり寝て朝。

 今日は体力づくりを兼ねて街を散策し、美味しいものとか面白いものを探す予定だ。


「これで如何でしょうか」

「うん、ありがと!」

「よくお似合いですよ」


 髪の毛をハーフアップにしてもらい、昨日買ったワンピースドレスを身にまとった姿は、今までよりもよっぽど聖女っぽい。

 メインカラーは白で、革のベストが良い感じに引き締めている。上半身にひらひらが少なめな分、スカート部分はきちんとした布の上に透けるような薄い布を重ねてあってすごく可愛い。

 ノノ曰く、豪華には見えるものの生地的にもデザイン的にも貴族というほどではない、とのことで、


大店おおだなの商人の娘か、あるいは身分が高い騎士の娘といったところでしょうか」

「へへへ。ありがと」

「本来ならば銀糸や金糸で装飾された総シルクのローブに宝飾品が山のようにあるべきなのですが……」

「そんなの要らないよ。歩きづらそうだし」

 

 歩ける服装に編み上げブーツを合わせたこの恰好の方が、装シルクのローブなんかよりずっと素敵だと感じた。

 ノノが選んでくれて、ノノが褒めてくれた服だ。さらには、


「ノノと一緒に歩ける服のほうが嬉しい」

「お嬢様ッ……!」

「ノノ? 大丈夫? 具合悪くした?」

「いえ……いえッ! さぁ参りましょう!」


 何故か急にやる気を出したノノに伴われて街を散策する。エクゾディス大樹林が近いだけあってちょっとした露店にも魔物素材や大樹林原産の植物類が並んでいたりして、見ているだけでも楽しかった。

 見慣れた葉っぱに良い感じの金額がついていてびっくりしたけど、ノノ曰く大樹林深部にしか生えていない貴重な薬草なんだとか。


 とはいえ、何といっても楽しみでわくわくなのは食べ歩きである。

 ノノがつくれない——難しいとかじゃなくて、時間がかかりすぎる——パンやパスタなんかを買ったり、大樹林産のカットフルーツ、早朝に冒険者や狩人が持ち込んできた新鮮な食材。

 食べ歩きに適した小さなサイズがあればノノと分けながら舌鼓を打ち、そうでないものはとりあえずある程度の量を買ってお昼ご飯や夕飯の時に食べることにしてある。


 そんなわけで結構頑張って歩いたんだけれど、五〇分くらいでギブアップ。

 普段よりも長時間活動できたのは体力が増えたというよりもちょこちょこ止まって食べてたからだ。

 最終的にはノノにおんぶして貰ってキッチンスペースに移動した。

 宿じゃないのは、お昼はお昼で食事を販売してることもあってキッチン借りるのが大変だから。

 ロンドさんの紹介でしばらく前に閉店したお店を開けてくれたので、そこでご飯の予定である。

 ちなみに賃料代わりにロンドさんとそのお友達にもご飯を振舞う約束になっていたけれど、


「どうせたくさん作って収納していただく予定ですし、構いませんよ」


 とのことだった。


 すごく小っちゃいスペースで、店内はキッチンだけ。カウンター部分が外にくっついていて、テラス席になっているお店はすっごく良い雰囲気だし、できれば閉店する前に一度寄ってみたかった。


「さて、そろそろ昼食をつくりますか」

「わぁい!」

「今日はパスタにしましょう」

「楽しみ!」


 ちなみにたどり着いてからしばらくの間、私がへばっていたこともあってノノの淹れてくれたお茶を飲みながら休んでいた。

 大きなパラソル付きのテーブルと、植物の蔓を編んでつくられた椅子のセットは何とも居心地が良い。

 ノノはキッチン周りを掃除した後、パスタやパンの仕込みなんかをしていた。発行させたり寝かせたりする時間があって今日の分にはならないらしいけれど、


「悪いとまでは言いませんが、まだまだ改善の余地はありますからね! お嬢様の奥地に入るのならば最高の逸品でないと!」


 とのことだった。

 えーと、うん……美味しいもの食べられる分には特に反論ないです。

 ちなみにパスタはメイン料理で、私のアツいリクエストによって簡単なチーズ料理も出してくれることになっている。


 ちなみに私が食べたいのは揚げ物だ。

 大樹林のベースキャンプで騎士の人たちが食べてるのをみて、一度でいいから食べてみたかったのだ。


 ず~~~っと揚げ物をリクエストしてるんだけど、ノノは頑として頷いてくれない。

 胃腸への負担が大きいらしくて、私がもっとたくさん食べられるようになるまでは駄目って言われ続けている。

 代わりに油分多めでやや重たいチーズ料理が出てくることになり、これを美味しく間食出来たら揚げ物も考えてくれるらしい。


「今日はたくさん歩いたしお腹もぺこぺこだから絶対食べきる!」

「楽しみにしておりますよ」


 最初に出てきたのはスープ。

 ……スープ!?


「なんで!? スープは予定になかったでしょ!?」

「大丈夫です。こんなこともあろうかと、朝からロンド氏を通じて指示を出しておきましたので」

「お腹いっぱいになっちゃうよ!?」

「スープでお腹いっぱいになるようでしたら揚げ物はまた今度ですね」

「ぐぅっ……いじわる……」


 ふーん。

 別にスープくらい余裕だもんね。

 大きなマグカップを満たしているスープは透明な金色。表面に浮いてる溶けた脂がキラキラに光っていてとても綺麗だ。


「良い香り……これ、何のスープ?」

「鹿のすね肉のスープです。朝から弱火で骨ごと煮込み、丁寧にアクを取ってもらっています。香味野菜やハーブも一緒なので臭みはないと思いますよ」


 鹿のスープ。初めての料理に期待がはちきれそうになったので早速一口。

 透明なスープからは考えられないくらい濃厚な味が広がっていく。塩気は弱いんだけれど、鹿の出汁っていうんだろうか、旨味がすごかった。

 一緒に煮込んだ野菜の香りや甘味もすごく良いバランスで、味わっていたいのにコクンと喉が動いてしまった。


「爽やかなのにあまい! 美味しい!」

「甘味は玉ねぎと人参ですかね。爽やかなのは色々と香味野菜を使っているからです」


 言いながら、お鍋の中身をざばっと引き上げる。

 太めの糸で縛られた野菜の塊をまな板の上でバラしていく。


「フェンネルに人参、セロリはパスタにも使います。ローレルや一部のハーブはここで除きますね」


 言いながらささっと分けていき、とろとろに煮込まれた野菜をフライパンに入れる。刻むまでもなく、木べらで潰すだけでペーストになっていく。

 ちなみに私が無言なのはスープが美味しすぎるせいだ。

 弱火で炒めた香味野菜が茶色のペーストになったところで、今度は煮込んでおいた鹿のすね肉を取り出した。

 煮込んでいるうちに骨から外れたのか、細長くてぷるぷるっとしてそうな見た目のそれを包丁で一口大に切り分け、フライパンに足す。

 ジャァッ、と景気の良い音があがったところで赤ワインを注ぎ、鹿のスープも加えていた。


「ワインの酒気が飛んだらあらごしトマトを加えて煮込めばパスタソースは完成です」

「楽しみ……!」

「さて、その間にチーズ料理ですね」


 取り出したのは真ん丸のまま茹でたジャガイモ。よく洗った後に芽は取ってあるけれど、皮付きのままほくほくになった奴だ。

 一口大に切り分けて耐熱皿に放り込むと、今度はちょっと変わった木の実を取り出した。

 楕円形で外皮はボコボコ、黒に見えるほど濃い緑色。

 包丁をくるっと一回転させて割れば真ん中の大きな種と、緑から黄緑のグラデーションになった果肉が見えた。


「アボカド、という植物の実です」

「あぼかど……」


 スプーンで果肉をえぐり出してサイコロ状にカット。ほくほくのジャガイモと混ぜて、削ったチーズを振りかける。


「これをオーブンで焼きます」


 スープも飲み終わったのでノノが作業しているキッチンに侵入。

 オーブンの窓から耐熱皿をのぞき込めば、チーズがじわっと溶けてトロトロになっていくのが見えた。

 ノノはノノで買ってきたパスタを茹で始めて忙しそうだ。

 

「お、丁度良かったみたいですね」


 私たちがキッチンにいるタイミングで現れたのはロンドさん。その隣には冒険者っぽい見た目の人もいる。男女二人組でカップルみたいな距離感だけど、装備は魔物素材を使ったもので強そうに見える。


「こんにちはー! ご相伴に預かりに来ましたー!」

「おー! めちゃくちゃ良い匂いじゃん!」


 今日のお昼ご飯は人がたくさん!

 ただでさえ最高においしいノノのご飯がさらに美味しくなりそうな予感に、おもわずにんまりしてしまう私だった。

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