第3話 勇者と魔法使い
田中は花や宝石らしきもので飾りつけられた椅子に座らせられている。周囲には笛や太鼓の音が鳴り響き、そこかしこで小人たちが踊っている。まるで祭りのような雰囲気の中、小高い場所に据えられている自身がひどく落ち着かなかった。
長老風の小人の先導で連れてこられた場所は屋外で、開けたスペースの真ん中にキャンプファイヤーのように積まれた木が燃えており、周囲にも篝火が転々と置かれていた。空を見れば暗く、星々が綺麗に見える。最初に居たのが洞窟のような場所だったおかげで気がつかなかったが、今は夜らしい。長老は準備が整い次第、召喚について説明をすると言ってどこかへ消えてしまった。田中の横にはあと二つ、同じように飾られた椅子が置かれている。田中の他にもう二人来るということだろうか。
空いた椅子を見つめるのにも飽きてぼんやりと空を見上げていると、若い女の小人が金属製の細い器を差し出してきた。器の中には液体が入っている。田中はにこやかに盆を掲げる小人に軽く頭を下げ、金属杯を受け取った。炎の下では中身が黒っぽく見えてしまい、色の判断がしにくい。匂いからすると果実酒のようだった。とりあえずひと舐めしてみる。強くはないがアルコールを感じる。赤ワインに似た渋みのある味わいだった。酔える気もしないが、酒くらい飲んだってバチは当たらないだろう。田中は一気に杯をあおり、ワインを飲み干した。
側に控えていた女性に器を返すと、ニコニコと上機嫌にお代わりを持ってくると去って行った。今更だが、言葉が通じているのが不思議だった。ため息とともに目線を下げると、自分が勤務先のエプロンを着たままであることに気がついた。適当に引っ詰めた髪、ワイシャツに鳥のゆるいキャラクターが描かれた黄色いエプロン、くたびれた黒のスラックス、同じく履き潰した黒のスニーカー。これが田中の全装備だった。田中がこの世界に降り立ったとき、小人たちは田中のことを勇者だと言った。だが、特別な力もなく、若くもないスーパーのエプロンを着た女はとても勇者には見えない。彼らは何をもって田中を勇者だと断じたのだろう。
先ほどの女性がまた酒を持ってきた。田中は礼を言って器を受け取る。星空の下の篝火、聞き慣れない音楽、祭壇のように飾られた椅子。歓迎されているのだろうが、雰囲気がありすぎてまるで生贄のようだ。田中は渋い顔で杯を傾ける。わ、と篝火の向こうで歓声が上がった。
「魔法使いだ!! 魔法使いさまの召喚に成功したぞ!!」
田中を案内してきた小人の老人によく似た、別の老人を先頭に小人たちが灯りの輪に入ってくる。田中の周りの小人たちは赤を基調とした服を着ているが、彼らは緑色の衣服を身に纏っていた。そして、その後に続くのは大柄な男。グレーのスーツを着た男は明らかにアジア人だとわかる容姿をしていた。キョロキョロを周囲を見回し、小高いところにいる田中と目が合うとギョッとした顔で固まる。田中と男はどちらともなくぺこぺこと頭を下げあった。アジア人、というよりこの反応は確実に日本人だろう。
スーツの男性は小人たちに促されるまま、田中の隣に座った。お互いにどう口を切ったものかと迷っている間がある。男はぱたぱたと胸や背広のポケットを触り、やがて諦めたのか、鈴木と申しますと挨拶してきた。
「あいにくと名刺を切らしておりまして……会社では事務方の仕事をしております」
「ああ、なるほど……私は田中と申します。見ての通り、スーパーに勤めております」
二人はまた頭を下げ合う。恐らくは田中よりも年下であろうが、なかなかに落ち着いた人物のようだ。魔法使いと呼ばれていたが、それが彼に与えられた役割なのだろうか。見た目からすれば戦士か格闘家のほうが向いていそうだ。
「あの、彼らが私のことを魔法使いだと……」
「ええ、私も……勇者、だと……」
「なるほど……」
田中と鈴木は未だ空席の椅子を見遣る。残る椅子はひとつ、つまりは三人パーティなのだろう。もうひとりも日本人なのだろうか。
「詳しいことは揃ってからと言われていますが」
「私もです、もうひとり別の村から来るのだそうで」
鈴木は田中よりも小人たちとコミニュケーションが取れているようだ。もう少し詳しく事情を聞こうしたところで、また暗がりから歓声が聞こえた。
「戦士さまがいらっしゃるぞー!!」
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