第三十三話

 大晦日おおみそかには、冬休みの宿題はすべて終わっていた。なので冬休みの残りは市の図書館に通って、読みたかった本を全部ぜんぶ読もうと年越としこしそばを食べながら考えた。


 ちょっと夜更よふかしをした午後十一時。五年生のグループラインがきた。

『よう明日、市内の神社じんじゃ初詣はつもうでに行かないか?』

『あ、いいね。僕は行くよ~』

『まあ、私も行ってみようかしら。冬休みの宿題も今日で全部、終わったことだし』

『マジか?! お前、夏休みの宿題もそうだったけど、容赦ようしゃないな……。俺はちょっと、引いてる……』

『別に、いいけどね。あんたに引かれても私は全然、こまらないから』

『ああ、そうですか! よう、翔真しょうまはどう思う?』

『僕は春花はるかちゃんは、真面目まじめだなあと思っているよ~』

『はいはい、そうですか。まあ、いい。とにかく明日、午前八時に神社に集合な!』


 初詣に行った私は、神様にお願いした。去年きょねんは色々あったけど、結局は良い一年だったと思います。だから今年も、良い一年にしてください、と。


   ●


 冬休み明け。私は寝坊ねぼうをしてしまった。仕方しかたがないので、朝ご飯も食べずにアパートを出た。それでもいつもより、十五分くらいおくれていた。すると私が、最も会いたくない三人に会ってしまった。以前いぜん、通っていた小学校で私をイジメてた三人だ。


 彼女らは、話しかけてきた。

「あら春花さん、おひさしぶり。最近、学校で見ないから心配しんぱいしてたの。今は、どうしているの? 引きこもりになっちゃった?」


 私はくやしくてつい、答えてしまった。こんなやつら、無視むしすればよかったのに。

「私は今、フリースクールに通っているの……」


 すると三人の、残り二人が反応はんのうした。

「あら、フリースクールって普通ふつうの学校に行けない、変な人たちが通うんでしょう?」

「きっと、フリースクールも変なのよ」


 そして彼女が、微笑びしょうかべた。

「あらあら、ダメよ、あなたたち。そんな本当のことを言っちゃあ。ねえ? 春花さん?」


 私はその場から、逃げ出した。何も言い返せなかったからだ。心の中では、簡単かんたんに人をきずつけるお前たちなんか人間じゃない、今すぐこの地球から出て行け! とさけんでいたが。私は、弱い。もし私が強かったら以前、通っていた小学校でイジメられてもちゃんと反論はんろんして、小学校をめなくてもよかっただろう。


 でも、私は弱かった。今も。大切なフリースクールも、そこで一緒いっしょに学んでいる大切な仲間なかまをバカにされても言い返せないほど、私は弱かった。大海たいかいの生徒は、ちょっと苦手にがてなだけなのだ。学校で勉強するのが。


 でも今の私は、昔の私じゃない。今の私には、あいつがいる。だから私は、大海まで全力で走った。そして大海の入り口で、あいつを見つけた。私は、大声で聞いた。

「ねえ、翔真! あんた、数学すうがくの力で地球の温暖化おんだんかを止めるのが夢なんでしょう?!」


 すると翔真は、いつも通りの無邪気むじゃき表情ひょうじょうと声で答えた。

「うん。そうだよ~」

「それって、すごいことだよね!」

「うーん、そうだねえ……。うん、すごいことだと思うよ~」


 私は翔真の両肩りょうかたを強くつかんで、うったえた。

「だったらその夢をかなえてよ! そして証明しょうめいしてよ! フリースクールは変じゃない! フリースクールに通ってる子も変じゃない! フリースクールに通っても、すごいことができるって証明してよ!」


 そして私はその場に、くずれてしまった。少しすると目の前に気配けはいがしたので、目を開けた。するとそこには、いつもと違う真剣しんけんな表情をした翔真の顔があった。翔真は、宣言せんげんした。

「うん。僕、春花ちゃんのためにも、夢を叶えるよ」

「え?」


 私は、わけが分からなかった。だから聞いた。

「あんたの夢って、数学の力で地球の温暖化を止めることでしょう? どうして私のためなの? それは地球や世界の人たちのためじゃないの?」

「もちろんそうだよ。でも僕の夢をこんなに応援おうえんしてくれたのは、春花ちゃんが初めてなんだ。だから僕は、春花ちゃんのためにも夢を叶えるよ」と答え、翔真は私の目をっすぐに見つめた。


 私の小さなむねが、『きゅっ』とくるしくなった。少しして私は立ち上がり、翔真を指差ゆびさして言いはなった。

「そ、そうよ! この私が、この私が応援してあげるのよ! 絶対に夢を叶えなかったら、ゆるさないんだから!」


 すると翔真は、いつも通りの無邪気な表情と声にもどっていた。

「うん、分かったよ~」


 私は翔真の左手を引っり、立ち上がらせて言い放った。

「じゃあ、早速さっそく、勉強するわよ! 勉強しなきゃ、あんたの夢は叶わないんだから!」

「うん!」


 その日は翔真の横顔よこがおが気になって、私は授業じゅぎょう集中しゅうちゅうできなかった。

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