第二十話

 宗一郎そういちろうつぶやいた。

「やはり今年もやるのか……。『千尋せんじんたに』を……」


 私は、聞いてみた。

「何、言ってるの? 『千尋の谷』じゃなくて『おとまかい』でしょ? さっき草間くさま先生が言ったじゃないの?」


 宗一郎はひたいににじんだあせぬぐいながら、説明した。確かに正式名称せいしきめいしょうは『お泊り会』だ。だが皆は、そう呼んでいない。そんな可愛かわいいモノじゃないから。過酷かこくだから。だから皆、『千尋の谷』と呼んでいると。


 私には、やはり疑問ぎもんだった。

「どうして、そう呼んでるの?」

「お前、『千尋の谷』って知ってるか?」


 私は、ちょっと記憶きおく辿たどって答えた。

「あー、何か聞いたことがあるような気がするけど……」

「教えてやる。ライオンは生まれたばかりの自分の子供を谷に突き落として、い上がってきた生命力せいめいりょくが高い子供だけを育てるって言うだろ? それが『千尋の谷』なんだよ……」


「ふーん、そうなの。でもそれは今回の『お泊り会』とは、関係ないんじゃないの?」

「いや、正式名称『お泊り会』は、それだけ過酷だということだ」


 私は、ものすごく興味きょうみがわいた。

「どういうふうに?」

「まず、一つ目。『お泊り会』に先生たち、大人おとなは参加しない。参加するのは大海たいかいの生徒たちだけだ。生徒たちが、山の中のペンションにりにされるんだ……」


 私は少し考えてから、聞いてみた。

「ふーん。まあ、別にいいんじゃない? 食べ物があれば三日くらい、どうにかなるんじゃない? 私たち皆、料理はできるんだから」

「うん、それが問題なんだ……」

「え? どういうこと?」


 宗一郎は、真剣しんけんな表情で答えた。

「二つ目。ペンションには、三日分のこめがあるだけ。おかずは山の中で、生徒だけで現地調達げんちちょうたつしなければならないんだ……」


 私は少し、不安ふあんになった。

「え? それって、大丈夫なの?! にしたりしないの?!」

「ああ、飢え死にはしない。さっきも言った通り、人数分の米はあるからな。ご飯は食べられる。でもおかずが無いんだ。自分たちで手に入れるしかないんだ……」


 それを聞いて私は、少しこわくなった。三日間、ご飯しか食べられない生活を想像そうぞうして。そして思った。草間先生は、何ておそろしいことを考えるのだろうと。


 ふと草間先生を見ると、先生はかすかに微笑ほほえんでいるようだった……。


   ●


 次の日。大海の生徒たちは、午前八時に大海に集まった。持ってきていいのは着替きがえだけと言われたので、それをバックに入れてきた。そして草間先生が運転するマイクロバスに乗った。発車したマイクロバスは、山に向かった。一時間くらいつと屋根やねが赤い大きな建物が見えてきた。その建物の玄関げんかんで、マイクロバスはまった。


 草間先生がりると、生徒もマイクロバスから降りた。先生は、告げた。これが皆さんが正味三日間、生活するペンションです。中のキッチンには三日分のお米と、調味料ちょうみりょうがある。また電気、ガス、水道も使える。それでは私は、最終日さいしゅうびの朝にむかえにくる。それまで、がんばってくださいと。


 そして草間先生はマイクロバスに乗って、行ってしまった。私はこれからどうなるんだろうと不安になっていると、一人のかみの長い活発かっぱつそうな女子生徒が言い放った。

「さて、取りあえず中に入りましょう。かぎは私があずかっているので」とその女子生徒はドアの鍵を開けると、中に入った。それに続いて皆は、ぞろぞろとペンションの中に入った。


 広いリビングに皆が集まると、女子生徒が自己紹介じこしょうかいした。

「えー、私は旭堂きょくどうななみ、といいます。大海の高等部の三年生です。

 今年の『お泊り会』の、会長かいちょうつとめます。よろしくお願いします」と、ななみさんは頭を下げた。


 そして続けた。

「副会長は同じく、大海の高等部の三年生の水橋隆太みずはしりゅうた君に務めてもらいます」


 すると、ななみさんの横にいた男子生徒が、へらへらしながら挨拶あいさつをした。

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