第十二話

 海で遊ぶとなると、その服装ふくそうはやはり水着みずぎだろう。そうだ、翔真しょうまの真の目的は萌乃もえの先生の水着姿みずぎすがただ! ……だが、私はすぐに考え込んだ。いつも、何も考えていないような無邪気むじゃきな翔真が、こんなことを考えるだろうかと。しかし翔真の表情を見て、私は確信かくしんした。翔真の鼻の下が、いつもの二倍にびていたからだ。


 そして結局、七月の行事は臨海教室りんかいきょうしつとして海に行ってスイカわりと夕方に花火をすることを皆で決めた。



 海に行く前日、萌乃先生が聞いた。

「それでは明日は県の西にある日本海に、臨海教室に行きます。皆、ちゃんとおぼえているかな?」


「はーい!」と翔真は元気よく、高々たかだかと右手を上げた。

「それでは先生は明日は皆さん、五年生の三人と遊びたいと思います、よろしくね!」

「はーい!」


 私は翔真の笑顔に少しイラっとしたが、萌乃先生は続けた。

「実は先生、明日のために新しい水着を買っちゃいましたー。明日はそれを着て、皆と遊びたいと思いまーす!」


 翔真の興奮こうふんは、最高潮さいこうちょうたっした。

「はーい! はーい! はーい!」




 臨海教室の当日の朝は、天気予報が外れて土砂降どしゃぶりだった。私は今日の臨海教室は中止だな、と思い水着は持たずにいつものように教科書とノートを持って大海たいかいに向かった。


 大海に着くと予想通よそうどおり、草間くさま先生が説明していた。今日の臨海教室は中止。また日をあらためて行う。そして萌乃先生は急用で、今日は休み。なので常治じょうじ先生に一日中、授業をしてもらうと。


 無表情むひょうじょうの翔真は、つぶやいた。

すべての希望きぼうは今、死んだ……」



   ●


 七月下旬の夏休みの前日。その日の授業が終わると、草間先生は告げた。明日から夏休みなので皆さん、思い切り遊んでください。でも宿題も忘れないでください。それと中止になった臨海教室は、八月上旬に行う。スイカわり、夕方の花火などを行う。夏休み中だが、できれば皆に参加してもらいたい。レンタルのマイクロバスで行く。草間先生が、運転する予定だと。


 それから私は、明日から夏休みという全ての子供たちがかれる、あの気持ちで家に帰った。しっかり者の私は夕食とお風呂をませると何と、宿題のドリルを少しやってしまうというフライングをしてしまった。


 ふ、私としたことが、つい大人おとなげないことをしてしまったとみがこぼれた。しかし夏休みの宿題を夏休み中に全て終わらせるという大仕事おおしごとをやってのけるためには、これくらいの覚悟かくごもまた必要なのは言うまでもない。


 国語のドリルを三ページ終わらせたところで私は、ベットに入り気持ちよくねむりについた。


 しかし今思えばそれは地獄じごくの夏休みの、ほんの入り口にぎなかった……。


   ●


 八月上旬の臨海教室の日。私は朝寝坊あさねぼうをすることもなく、午前九時に大海に着いた。当然の結果である。しっかり者の私が夏休みに浮かれて夜更よふかしなどという、おろかなことをするはずがないではないか。夜はどんなに遅くても午後十一時には寝るし、朝もどんなに遅くても午前八時には起きていた。だから今朝けさ遅刻ちこくなど、するはずもなかった。


 しかし世に中には私のようなしっかり者もいれば、宗一郎そういちろうや翔真のようなおろもの存在そんざいする。宗一郎は十分、何と翔真は十二分も遅刻をした。ただ遅刻をしたのは宗一郎と翔真だけでなく、五人もいた。おそらく夏休みという魔物まもの魔力まりょくに飲み込まれ、自分を見失みうしない夜更かしなどをした結果だろう。

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