第十一話

 だが私は、織姫おりひめ同情どうじょうする。恋愛経験れんあいけいけんが少なく男をあやつる方法を学べなかったのは、女子校にしか行かせなかった天の神様の責任であると思われるからだ。だとしたらやむを得ない、と思われる。娘が父親にさからって行動するのは、大変だろうと思われるからだ。


 しかし私は三度、織姫に言おう。『今は令和れいわである』と。父親に従順じゅうじゅんな娘がもてはやされたのは、昭和しょうわまでである。令和を生きる女性は強く、かしこく、そしてしたたかさも持たねばいけないのだ。


 彦星ひこぼしが働かなくなったのは、何か理由があるのかも知れない。織姫には言えない、病気になってしまった可能性だってある。なのに働かないからといって二人を引き離す天の神様は、明らかにやりすぎである。


 だが私は、天の神様にも同情する。娘の夫が仕事をしなくなったら、心配するのは当然だ。だが一つ、考えて欲しい。もう一度言うが、今は令和である。仕事場で働かなくても、いくらでも生活費せいかつひかせげると。


 まず真っ先に思いつくのは、失業保険しつぎょうほけんである。結婚するまでは彦星はちゃんと働いていたので、失業保険をもらえるだろう。しかも織姫も、もらえる可能性がある。失業保険をもらいながら、次の仕事をさがすこともできる。


 更には、生活保護せいかつほごもある。彦星が、『もう牛をう仕事はしたくない』と言っても、生活保護を受けながらやはり別の仕事を探すという方法もある。


 ダメしを言わせてもらおう。今は、ユーチューバーになるという選択肢せんたくしがある。仕事をしなくなってしまうほど、ラブラブだった二人である。『仕事をしないで、新婚生活しんこんせいかつを楽しんでみた』というタイトルで自撮じどり動画をアップすれば、ほぼ間違いなくバズる。中には、批判ひはんする人も出てくるだろう。『遊んでばかりいないで働け!』など。


 しかし、めげることはない。今では『炎上商法えんじょうしょうほう』という、おくの手があるのだ。批判的な書き込みにも心の中で、『モテないやつの、ひがみか……。しかし動画を見なければ、批判もできない。そうして動画を見れば視聴回数しちょうかいすうも増え、私たちの広告収入こうこうしゅうにゅうにつながるというのに、クックックッ……』と笑いながら、伸びる視聴回数を見ていればいいのだ。そして広告収入でらしていけばいいのだ。


 私は、ユーチューバーになった織姫と彦星の幸せを祈りつつ、短冊たんざくを手にした。

 取りあえず、『宗一郎そういちろう翔真しょうまと、ずっと仲良なかよくいられますように』という願いが浮かんだ。だがそんな短冊をるしたら、『何だ、お前。そんなに俺たちのことが好きなのか?』と宗一郎がニヤニヤするのは簡単かんたんに想像できるので、違う願いごとを書いた。『早く宗一郎と翔真よりも、背がびますように』と。


 ちなみに宗一郎は『お金持ちになりたい!』、翔真は『萌乃もえの先生と結婚したい!』と書いてあった。私は心の中で、『ほどを知れ!』とツッコんだ。


   ●


 大海たいかいでは月に一度、行事ぎょうじを行っていた。行事の内容は、一カ月前に皆で決めた。これは草間くさま先生が、教室の授業以外でも色々いろいろなことを学んでほしい、更に自分たちで何をやるのか決めることも大事な勉強だ、と説明していた。


 全ての授業が終わったその日の放課後、草間先生はホワイトボードの前で皆に聞いた。

「それでは七月の行事は、何をやりましょうか? 七月下旬から夏休みなので、時期じきは七月中旬にしたいと思います。何か意見いけんがある人はいますか?」


 すると、『夏だから花火はなび』、『夏だからスイカわり!』などの意見が出た。草間先生はそれらを、ホワイトボードに書いていった。私がふと見ると翔真と宗一郎は話をしていて、行事にはあまり興味きょうみが無いようだった。

 

 しかし教室に残っていた萌乃先生が、『もし海に行ったら、一緒いっしょに遊ぼうね』と翔真にささやくと、翔真の目がキラリと光った。そしてすぐに手を上げて発言した。

「僕は海に遊びに行くのが良いと思います! 海で遊んでスイカわりもして、夕方に花火をすれば良いと思います!」


 私には翔真の、よこしまな考えが手に取るように理解りかいできた。海で遊んでスイカわりもすると、いつもは一緒にご飯を食べられない萌乃先生と、一緒にスイカを食べることができる。更には夕方に花火をするとなると、夕方まで萌乃先生と一緒にいることができる……。


 しかし私は翔真の真の目的に、気づきつつあった。

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