第九話

 すると、草間くさま先生が紹介した。こちらは橘貴教たちばなたかのり君。彼は去年、大海たいかいの高等部を卒業して就職しゅうしょくした。でも今は、働いていない。学校にも行ってない。いわゆる、ニートである。でも、彼が言うことも一理いちりあると思った。そのため今日は、彼の考えを発表してもらうと。


 貴教さんは一礼いちれいすると、話し出した。


「僕は先月、働いていた会社をめました。理由はこの会社は、もうすぐつぶれると思ったからです。


 ある日、先輩せんぱいから言われました。『取引先とりひきさきへの請求金額せいきゅうきんがくは、二割増にわりましで書け』と。理由を聞くと、『これは会社のためなんだ。会社の利益りえきのためなんだ』と言われました。でも、それって単なるウソじゃないですか? もしかすると、犯罪じゃないですか? と聞きました。


 すると先輩は、答えました。『だからどうした? バレなきゃいんだよ、バレなきゃ! それに上司が白って言ったら、カラスも白いんだよ!』

 その瞬間、僕は決めました。この会社を辞めようと。


 理由は、二つあります。一つ目はウソをついて利益を得ている会社が、この先も続くとは思えなかったからです。更に黒いカラスを白いと言って現実を見ない会社は、じきにつぶれると思ったからです。


 こんなことをしているのは、僕がいた会社だけではないかも知れません。多かれ少なかれ、どこでもやっているかも知れません。


 二つ目は、今はこんなことが許される時代ではないと思ったからです。人の考え方は変わります。例えばオリンピック選手は昔は、『日本のために、がんばってきます!』と言っていました。でも最近では、『オリンピックを楽しんできます!』と言う人が多いです。どちらも間違いでは無いと思います。考え方が変わっただけだと、思います。でも『楽しむ』という気持ちの方が、良いパフォーマンスができるのかも知れません。


 またしょうがい者に対する考え方も、変わりました。『いわゆる健常者けんじょうしゃと違う生活をして違う考え方をしている障がい者は、それだけで価値がある』と。なので障がい者を積極的に採用さいようする会社も、増えています。このように、人の考え方は変わります。


 僕は現在、ニートです。三ヵ月くらいは貯金を使って、好きなことをしようと思います。その後は在宅ワークで、生活費をかせごうと思います。僕のやり方で。以上です」


 貴教さんにはみんなから、大きな拍手はくしゅが送られた。

 すると草間先生が、アンケート用紙を持ちながら話し出した。草間先生は私たちに、正直な心を持って欲しいと思っている。これから私たちにアンケート用紙を渡すので、この授業の感想を書いて欲しい。また、大海のことを書いてもかまわない。『ここが変だ』、『生徒が昼食を作るのはおかしい』でも構わない。もちろん名前は書く必要が無く、正直に書いてもらいたいと。


 私は、アンケート用紙に記入して提出ていしゅつした。

『私は将来しょうらい、会社に入って先輩に「ウソをつけ」と言われたら、会社をクビにならないようにウソをつくかもしれません。

 また大海で生徒が昼食を作るのは変わってるけど、おかしいとは思いません。ただ、たまには先生たちが作った昼食を食べてみたいと思います』


   ●


 その日、宗一郎そういちろうはカゼで大海を休んだ。だから五年生のテーブルには、私と翔真しょうましかいなかった。それでも午前の授業を、いつも通りに受けた。


 しかし昼食の時間は、ちょっと気まずかった。いつもは宗一郎と翔真が話をしながら食べていて、同じテーブルで私は一人で話をしないで食べていた。でも同じテーブルで三人で食べているような気がして、さびしくはなかった。だがその日は宗一郎がいなかったので、二人だけのテーブルは静かだった。私はその静けさにえ切れず、翔真に話しかけた。

「ねえ、翔真。一つ聞いてもいい?」


 昼食を食べながら、翔真は答えた。

「うん、いいよ~。何でも聞いて~」

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