第27話 魔王にヤリを磨かせる

「いでええええ!」


 わたしが指を蹴り飛ばすと、スカルスカー男爵はのたうち回る。


「指が折れたくらいで狼狽するとは、魔王も大したことありませんね」


「おおお俺様は、痛めつける専門なんだ! 傷つけられることには慣れていない! てめえ、許さねえ!」


 男爵が、わたしに抱きついてこようとした。怪力によって、わたしを絞め殺すつもりだろう。


 だからわたしは、男爵の腕を掴んでやった。


「な、動かねえ!」


 大蛇のような腕と言えど、止めてしまえば他愛もない。


「いったいどんな訓練をすれば、ここまで弱くなるのか。格下ばかり相手をしていたから、圧倒的な相手に対して無力なのです」


「ほ、ほざけ! てめえなんか一捻りで!」


「その一捻りを止められて、あなたはどうするおつもりですか?」


「こうするのだ!」


 跳躍して、男爵がとんぼ返りをした。わたしのアゴに向けて、サマーソルトキックがクリーンヒットする。


「ふははは! さすがに腕を取ったままでは、俺様の蹴りを避けられ……始めから回避してねえ!?」


「あなたのケリなど、赤子に撫でられたと同じですね」


 男爵のキックは、わたしのアゴで止まったままだ。太い足で蹴り上げられても、わたしは一ミリも動かない。


「本当のケリとは、こうやるんです」


 逆さまになった状態の男爵の背中に、わたしは前蹴りを見舞う。


 肩の関節が外れ、男爵は遥か遠くまで吹っ飛んだ。


「あああたたた、助けてくれ!」


 もはや勝ち目がないとようやく悟り、イモムシのように男爵は逃げていく。


「あなたは救いを求めた相手に、慈悲を与えたのですか? 自分がやってもいないことを、相手に乞うとは。魔王の面汚しですね」


 わたしは、男爵に追いついた。


「ひいいいい!」


 指を顔にめり込ませ、わたしはゆっくりと男爵の顔のウロコをペリペリとむしり取る。


「はぎいいいい!」


「さあ、ヤリを磨く時間です」


 男爵のアゴを、わたしは蹴り飛ばした。

 放物線を描きながら、トカゲ男爵の巨体が聖堂へ向けて吹っ飛ぶ。

 聖堂には、ヤリを構えた天使の像が。


「む?」


『おかしいのう、フォトン。天使の像がヤリを構えておらぬ』


「そうですね。あと、妙な白い光が」

 


 

 

 

 ヤリを通じて、どう戦えばいいかを教わった。なるほど、秘伝書の正体は、これだったのか。


「こう、だな?」


 カチュアは、手をアマゾネスにかざした。

 ヤリは宙に浮いたまま、アマゾネスに照準を合わせる。


「小細工なんて、あたいには通じない!」


 アマゾネスが、足を高く上げた。カチュアの顔を蹴り潰すつもりだろう。


「それはどうかな?」


 カチュアが念じただけで、ヤリが高速でアマゾネスを突き抜ける。


「ごふう!?」


 女にしては巨大な、アマゾネスの肉体が宙を舞った。いったい、どれだけ飛ぶのか。


 アマゾネスの下腹部から、霧状の魔力が霧散した。男爵はアマゾネスを、子宮から支配していたようだ。


 落ちてくるアマゾネスを、カチュアは抱きとめた。

 アマゾネスからは体温を感じるが、目を覚まさない。

 殺してしまったのではないかという不安が、カチュアの脳裏をよぎる。


「あ」


 ようやく、アマゾネスが目を開く。だがすぐに、カチュアを振りほどいた。


「あたいは? あたいは!」


 自分がなにをしでかしたのか、覚えているのだろう。頭を抱えながら、アマゾネスが嗚咽を漏らす。


「よいのだ。アマゾネス」


 カチュアは、アマゾネスを抱き寄せる。


「まだ敵がいやがるぜ、大将!」


 巨大な物体が、空から吹っ飛んできた。尻を向けた男性の肉体が。

 あれは、男爵である。フォトンは、負けたのかと思った。しかし、傷だらけの状態を見て、男爵はフォトンに敗れたのだとカチュアは確信する。


 男爵は、フェターレ王子に隕石のように向かってきた。


「殿下、ヤリを!」


 カチュアでも、あのスピードで来られては間に合わない。なんとか自力で突破してもらえれば。


「むうう! 秘伝書は、ボクが守る!」


 フェターレ王子が、天使のヤリを構えた。


 やはり浮遊して、ヤリは王子の手に収まる。


 王子が構えると同時に、ヤリが男爵に突き刺さった。


 男爵の尻に。

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