第20話 閑話 魔導書 レメゲトン
事後処理に追われて、王子フェターレはプルトンの街にて足止めを食らっていた。
件の殺人鬼の死体は、美しい青年の姿で発見されている。
あんな細腕で、何人も殺せるのか?
リカという鍛冶屋の娘の証言とも、まるで違っていた。彼女は下手人を、大猿のようなモンスターと話している。
きぐるみでも着ていたのか?
あるいは、人狼などのように変身能力があるとでも?
もしくは、犯人は別にいるとか。
「王子、入りやすぜ」
配下の銃士・アブラーモがギルドの事務室に入ってくる。
「うむ」
フェターレも、ペンを走らせていた手を止めた。
「なにかわかったか?」
「なーんも。誰一人、口を割らねえんでさぁ。つーか、話すと何をされるかわかんねえから、怯えてるって感じですなぁ」
アブラーモが、肩をすくめる。
「怯えている?」
「受付嬢にも話をしてみたが、冒険者が魔王を打倒した報告はねえです。倒したのは、冒険者によって力を取り戻した世界樹であると、そればっかでよお」
「ふむ」
「だが冒険者からは、筋肉質の奇妙な女を最近見かけなくなったってな」
「きっと彼女だ! 間違いない」
アブラーモの発言を受け、フェターレは立ち上がった。
「そいつぁ、フォトンって名前らしいですぜ」
ショートボブでメガネを掛けた女の冒険者が、馬に乗って西に向かったらしい。
「西と言えば、女帝が治めるロプロイか」
ロプロイは、ゼム将軍率いる国家と闘いを続けている。大国でもないのに、あのゼム将軍を抑え込めるほどの強さを誇っていた。
「あそこも脳筋王国て呼ばれてらあ。顔を出してみる価値はあると思いやすぜ」
「そうだな。この仕事が終わったら、行ってみるか」
また、部屋をノックする音が。
「ササミ、戻ったでござる」
サムライの女性が、入ってきた。マッスリアーニ辺境伯に、会ってもらったのである。
「フォルテ姫が愛読していた書物について、話を聞いてきたでござる。以前からしきりに読んでいた本のタイトルは、『レメゲトン』だそうでござる」
「レメゲトン……」
かつて、この地を支配していた魔王の名である。同名の書籍は、勇者が魔王を打倒した英雄譚だ。
「同名の魔導書があるよな?」
「うむ。とはいえ、妙でござった」
フォルテの本棚を見てみると、やけに隙間が空いていたらしい。
「娘の死にともなって、複数の書物を一緒に燃やしたと話していたのでござる。が、隙間にホコリが付いていたのでござる」
「たしかに妙だ?」
「あれだけきれいに整頓されているのに、そこだけ掃除していないのは、ありえないのでござる」
「なにが言いたい?」
「魔導書は、透過するのでござる」
高位の魔導書は、選ばれたものにしか読めない。うかつに禁断の知識に触れさせないためだ。そのため、背景に擬態する。
だが、フォルテは読めたのかも。
フォルテ姫はレメゲトンを離さず、死ぬ前まで読んでいたに違いない。とはいえ、その肝心の本は見当たらなかったという。それこそ、一緒に燃やしたという本ではないのか。
「そのスペースに魔導書があったのでは、と、気にしているのか?」
「魔導書の気配が、確かにあったのでござるよ」
「まあ、マッスリアーニは、探検家だったからな。今でこそ、辺境に引っ込んでいるが」
最強の探検家として、この一帯でマッスリアーニの名を知らないものはいない。
「アブラーモ、キミも辺境伯については知っているだろ?」
「もちろんでさあ。かつては、『遺跡調査といえばマッスリアーニ』とまで呼ばれていたんですからね」
「功績を讃えられて、一般人ながら伯爵位まで手に入れたほどだ」
今でこそ高齢化し、屋内で鑑定の仕事ばかりしている。が、服の下はいまだ鍛え抜かれた筋肉が眠っているとも。
「辺境伯は、娘に魔導書を読ませていたと?」
「それこそ、『レメゲトン』の真書クラスの」
たしかレメゲトンの真書には、病を治す方法が大量に書かれているらしい。普通の人間なら、死ぬレベルの鍛錬法だというが。
「内容だけ記したレプリカを読んだことがあるでござる。毒の治療法についても書かれており、かなりマッチョイズムな内容だったでござる」
「ほかは、解読不可能なんだよな? しかし、フォルテ姫は読めたのかも知れないと」
「あなたが見たのがフォルテ姫なら、あるいは……しかも」
魔王レメゲトンは、その本に封印されたという伝説がある。
マッスリアーニが辺境伯としてこの地にとどまっていたのも、娘であるフォルテ姫を思ってのことだろう。
いや、もしや禁忌に触れて、魔王の力に手を伸ばした? 娘のために?
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