第三章 シックスパックの姫君

第17話 女騎士と遭遇

「そうか。これでネロック王国が揺らぐことなどあり得ぬが、引き続き警戒は怠らぬよう」


 衛兵からの報告を聞き、ダミアン・ゼム・コヴァー将軍が娘アドリアナの元へ歩み寄る。


「サールジンが敗れたそうだ」


 アドリアナ・ゼム・コヴァーに、ゼムは報告した。


「どうやら、ネズミが嗅ぎ回っているようだな。あのバカ王子か、あるいはマッスリアーニの手のものか……」


「ところでお父様……」


 にこやかにしていたアドリアナが、急に真顔になる。




「誰に口聞いてんだ、てめえ!」




 アドリアナ……に憑依した魔王が、ゼムを殴り飛ばす。


「も、申し訳ありません!」


「いつも言ってるだろうが。どこの誰が、てめえの娘を預かって、てめえみたいな弱小軍人に手を貸してやってんだ? 言ってみろおらあ!」


 地面に倒れたゼムを、アドリアナは何度も踏みつけてきた。腹に、顔に、足に、アドリアナのヒールがめり込む。


「ノ、ノミコ魔王さまです!」


「だろうが!」


 とどめとばかりに、アドリアナはゼムのアゴを蹴り上げる。


「誰も見ていないところでは、敬って話せって言ってるのがわかんねえのか!?」


「重ね重ね、申し訳ございません」


 ゼムは、アドリアナの皮を被った魔王ノミコにかしずいた。


「てめえは自分の娘を生贄として、アタシを、【ネクロノミコン】を召喚したんだ。立場をわきまえてもらおうか」


「はっ!」


「で、次の準備は整っているのか?」


「未だ抵抗を続けているロプロイに、我が軍最強のスカルスカー男爵を送り込みました」


「スカルスカーが? お前の直属の配下だったな。なるほどな」


 男爵は戦場において、つねに切り込み隊長として活躍している。ゼムの戦果は、男爵の成果とも言っていい。なので、爵位も与えた。ナイトからではなく、いきなり男爵にしている。


「奴めも、魔王が憑依しております。実戦経験は、魔王サールジンよりは上かと」


「うむ。期待しているぞ。ところで、フェターレ王子の動向は?」


「気になりますか?」


 また、アドリアナの足が上がった。

 己の失言を悟ったゼムは、またかしこまる。


「誤解するな。あ奴をフォルテ姫の目の前で殺せなんだのが、心残りなだけ」


「フォルテ姫、とは、マッスリアーニの娘ですな?」


「うむ。フォルテ姫殿下は美しい。殿下を我が元においておきたかった! 美しい干からびた状態のままで保存しておきたかった。目の前で愛するフェターレ王子を殺害し、絶望の涙を流したまま剥製にしてやりたかったのに! あああ! 我が麗しのフォルテ姫! 一七年も殺さずに熟成させたのに……」


 目を潤ませながら、アドリアナは虚無を抱きしめた。


『クレイジー・サイコ・レズ』とは、こういうやつを言うのだな、と、ゼムは心のなかでつぶやく。


「だが、まだ生きている気配がする。我が配下の魔王を殺せるものなど、レメゲトンを置いて他におらぬ。もしや、レメゲトンと手を組んでいるかも。ゼムよ、もしやと思うので、スカルスカーに探させろ。ただし、見つけても殺すなと」


「はっ!」

 




 


「ひっ!」


 わたしは、酷い悪寒で目覚める。


『フォトンよ、また寒気か?』


「ええ。もっと粘っこい、凍ったスライムみたいな怖気が、全身をまさぐってきましたね」


『物騒じゃのう。たしかに我も、薄気味悪い予感を覚えたわい。気を引き締めていこうぞ』


「はい。次の都市までもうすぐですからね」


 起きて早々に、狩りを始めた。


「こちら地方は、爬虫類がメインですか」


 わたしは、クマほどのサイズに成長したトカゲやカエルなどを撃退していく。

 食材には困らないが、ネバネバしてあまり触りたくない。

 鉄のロッドを、手に入れておいてよかった。


 今使っているロッドは、去り際に鍛冶屋がくれたものである。以前の火かき棒ではない。戦闘用として出されている品物を、さらに強化したものらしい。鍛冶屋の手によって、劇的にパワーアップしている。


 森の樹精から得たオーブをはめ込むと、火かき棒を取り込んだ。装備品が得た戦闘経験を、引き継いでくれるという。


 ガサッ、とひときわ大きな物音がした。爆発音も。


「行ってみましょう」


 音の方がした方角に到着すると、なんとも艶めかしい光景が。


「くっ! この舌が邪魔だ!」


 赤い甲冑をまとった女性が、複数のカメレオン型モンスターにベロで拘束されていた。


「やめ……くすぐった……」


 シックスパックに引き締まった腹を、重点的にペロペロされている。

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