第14話 伯爵の息子
「ひいいいい!」
三四回目の「死」を体験し、どうやら猿人は心が折れたようだ。
わたしは猿人サールジンに、「殺された女性と同じ死に方」をさせている。
相手が瀕死になったら回復し、また半殺しにするのだ。
木造の部屋は、猿人が殺害現場として利用していたものだろう。この部屋には、女性たちの無念が詰まっている。
あるものは頭蓋骨を真っ二つにされ、別の女性は全身の骨を砕かれた。みんな、楽な死に方はしていない。
その分、この猿人には苦しんでもらう。
「このワタクシが、女に遅れを取るとは!?」
背中の皮をすべてむしり取られて、猿人が逃げ惑う。
「あなたの敗因は、私をただの女性冒険者だと侮ったことです」
その背中に、火炎魔法を叩き込む。
火ダルマになった猿人が、床に転がり続けて火を消そうとした。しかし、魔法でついた炎はなかなか消えてくれないらしい。
『ノリノリじゃのう。フォトンよ』
顔の横から、妖精姿の魔王レメゲトンが語りかける。
「ええ。女性をいたぶる輩は、許せませんので」
治癒を生業にしておいて、よかった。回復魔法に、こんな使い方があることを知れたから。
ふっとばした足を繋げ、もう一度蹴って斬り飛ばす。
「ぎいいいいいい!」
なくなった足を押さえ、猿人が悶える。
倒れた写真立てを直し、わたしはふと疑問に思った。
写真の人物は、たしか……。
「もう、もう殺してください!」
「いいえ。あなたはまだ、七八人も殺害しています。その分、死んでいただかないと」
「ひぎいいい!」
スネを踏み潰され、また猿人が悲鳴を上げた。
「伯爵の息子という身分を利用して、随分と派手に殺し続けていたようですね?」
部屋にいる怨霊を見回しながら、わたしはそう推理する。
「ワタクシが、伯爵の?」
まだ、わかっていなかったのか?
「あなたは、伯爵の孫どころか、実子です。ヒヒに似ているのは、生まれたての赤子の顔なら普通です」
「ウソだ! ワタクシは、あんなヤツの子どもなんかじゃない!」
「たしかに、あなたの母親がヒヒと交尾していたのは事実なのでしょう。あなたは、祖父を許せないでしょう。ならばなぜ、あなたは自室に祖父の写真などを飾っておいでで?」
写真立てには、年老いた伯爵と、若い娘が写っている。ハダカで抱き合いながら。伯爵が自分の娘と行為に及んでいたのは、事実のようだ。
「あなたの目的は、伯爵に自分を実の子どもだと認めさせること」
女性が身を捧げていたというヒヒとは、おそらく……。
「ああああああああ!」
猿人が、さらに悲鳴をあげたその時だった。
勝手に、猿人の顔が歪み、身体が膨張と伸縮を繰り返す。
「レメゲトン。これは」
『うむ。すべての黒幕の登場じゃのう』
しばらくした後、貴族の男性の身体が、猿人から抜け落ちた。
「この破壊のされた方は、七八回分の殺され方ですね?」
「そうです。キミのいうとおり、この男は伯爵の実子ですよ」
猿人の顔が、すっかり変わっている。
死んでいる男性は、若かりし頃の伯爵を思わせる顔立ちと、細い体を持っていた。
「ついでに、あと七八回はこちらで処理させていただきました。これで、気が済みましたか?」
わたしに向かって、猿人は不敵な笑みを浮かべた。髪の毛をボリボリとかきながら、少しも悪びれていない。むしろ貴族の行為を手伝っていたにすぎないと、主張しているかのよう。
「もう少しで完全復活でしたが、キミのせいで予定が狂ってしまいました。心をキミによって壊された彼はもう、ワタクシの器としては機能しません」
「本性を見せましたね?」
このヒヒこそ、森を邪悪なるものに変えた張本人だ。麻薬の密売で人間たちだけではなく、精霊たちをも苦しめ続けてきた、忌まわしき森の主である。それも、貴族に助力していたのではなく、彼らを利用し、手を汚させていたに違いない。
「そうです。ワタクシこそ、偉大なる魔王――本物のサールジンです」
本当に殺すべき相手が、自分から姿を現してくれた。
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