第12話 令嬢の筋肉

 自慢の腕を掴まれて、猿人サールジンが困惑している。


「な、なに!? 岩すら砕くワタクシの腕力に適う相手なんて!? このサールジンが、人間ごときに遅れを取るとは思えません!」 


「なんですか、このひしゃげた筋肉は? トレーニングが足りませんね。そんな力しかないのに、よく外へ出ようと思いましたね?」


 女や子どもばかりを、相手にしていたせいだろう。筋肉にまるでハリがない。


「勝てる相手としか、ケンカしたことのない握力ですね。こんな腰抜けのパワーで、わたしと戦おうなんて」


 わたしは、猿人の腹を蹴り飛ばす。


 背中で木々をへし折りながら、猿人が吹っ飛んでいった。


「精霊も住む森を燃やす、そこへ人質を投げ込むなど、人間の所業ではありませんね」


 サールジンが、身体を起こす。


「あなたもワタクシと同じ、心に闇を飼う」


「一緒にしないでください。そもそもここの精霊どもは、森を荒らすあなたの悪行を見逃していました。焼け死んで当然です」


 森は本来、そういった邪悪は排除するものである。元々邪悪な存在だったからこそ、サールジンのようなクズを住まわせた。


「焼き払って、新たな精霊に住んでもらうのが、この森のためですね」


「な、なんという傲慢な! ワタクシの狩り場を荒らすなど、言語道断!」


 後ろ回し蹴りで、サールジンがわたしの足を粉砕しようとする。

 逆に、わたしは足を踏みつけて潰す。


「ぐああああ! バ、バカな! このワタクシが!」


 壊された足を抱え、サールジンが悶え苦しむ。


「言ったではないですか、トレーニングが足りないと。ロクな冒険者と戦っていなかった、証拠です。与えられた力に慢心し、それを自分の力だと過信し、鍛錬を怠った。当然の報いといえるでしょう」


「だまらっしゃい! あなたも、力を与えてもらったくせに!」


 後ずさりながら、サールジンが負け惜しみを言う。


「わかりますよ! あなたの後ろに、強大な魔王の存在を感じます! あなただって魔王の加護を受けているから、こんな化け物じみた力を得て――」



『お主、なにか勘違いしておらぬか?』



 魔王レメゲトンが、小悪魔の姿で顕現した。



『我はコヤツに、なーんの力も与えておらぬ。我はただ、こやつの病魔を払い、それまで鍛錬に鍛錬を重ねた肉体にしてやっただけじゃ』



 ケケケと、魔王レメゲトンは笑う。



『コヤツの力は、コヤツの訓練の賜物じゃぞ』



「ウ、ウソです! ありえない! ただの人間が、魔物を凌駕するなど!」


『それがありえたのじゃ。コヤツ自身にも教えんかったが』


 たしかにわたしも、この筋肉が自分の力だとは知らない。


「今の話は、本当なのですか?」


『ウム。お主は一七年間、必死に生きた』


 わたしの人生は、闘病とともにあった。どれだけの治療法を試したものか。

 瞑想、稽古、ストレッチ、デトックス、食事療法など。東洋の漢方療法にさえ頼った。


 それでもわたしから病魔は消えず、最後は魔王という異形にすがったのである。


『最後はさすがに両親を思い心が折れそうになっておったが、それでも我に願った。死にたくないと。魔王に身を委ねても、生きたいと』


 何度も死にかけて、わたしは両親に迷惑をかけ通しだった。

 死の誘惑に抗い続けたわたしの一七年間は、ムダではなかったのだ。


『我はお主の無念を、筋肉という形で具体化したのみ。魔王としての力は、しかるべきときに授けようぞ』


「そのときは、よろしく頼みます」


 あとは……。


「ババ、バカな! 人間の、いや魔王の範疇を超えています! もはや神の領域ではありませんか!」


『その奇跡を、コヤツはなしとげたのじゃ。我は背中を押してやったのみ』


「ぎゃああああ!」


 猿人のもう片方の足を、わたしは踏み潰す。逃げられないように。


 あとは、コイツのせいで生きることすらできなかった女性たちの、無念を晴らすのみ。

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