第5話 もぐもぐタイム

「これが、魔王の力ですか。なかなかですね」


 強くなりすぎた気もするが。


『ともあれ、ゼム将軍とやらが、はびこっているようだな』


「はい。旅に出なければ」


 屋敷にとどまっていれば、両親がゼム将軍に睨まれ、被害が及んでしまう。


「は、もう一人!」


 暗殺集団の気配が、最後に一つだけ残っていた。木に隠れていたのだ。


「え、フェターレ王子?」


 卑劣な暗殺者は、気絶しているフェターレ王子を無理やり起き上がらせる。


「動くな動くとコイツの命がガガガがガガガがが!」


 あろうことか、暗殺者は急に海老反りになった。泡を吹いて、そのまま絶命したではないか。


 一体何が?


『なんぞ、神聖な力が働いておる』


 闇のものを信仰していたらしく、その暗殺者は骨が人間ではなくなっていた。


「なんでしょう、コイツは?」


 それに、このかいだだけで清められそうな、素敵な香りは?


『なにか、聖なる力によって浄化されたようじゃのう』


 暗殺者は、その神聖なる力によって、命を落としたようだ。


「一体誰が? まさか……」


 こんなこと、フェターレ王子しか考えられない。

 自称ヘタレとご自分を責めているけれど、やるときはやる方だとわたしは感じていた。

 偶然とは言え、今回もわたしのために尽力してくださったのか。



「ベレッタ。あなたは王子を客用寝室まで運んでください。起こさなくて結構です」


 わたしは、気を失っている王子を、メイド長に差し出す。


「御意」


「起きたら、お礼をお伝え下さい」


「それはさすがに、ご自身で」


 ベレッタが、首をかしげた。


「いいから。それよりアキコはいますか?」


「あああ、はい。屋敷の方に」


「アキコに、食事の支度をさせてください」


 使用人の残り物でいいから、大量に作れと指示を出す。


「それと、ミニミ」


 小さいメイドが、屋敷から「はーい」と手を上げて出てきた。猫耳が、カチューシャからピョコンと飛び出ている。


「よくできました、ミニミ。あなたはベレッタと一緒に、王子を寝室へお連れするのを手伝って」


「わかったぞ。おじょーさま。よいしょ」


 ミニミはベレッタと一緒に、王子を寝室へ運ぶ。


「おじょーさま。王子さまのお洋服とお身体が汚れているぞ」


「洗って差し上げて。王子は、お風呂へ」


「どうやって洗うんだ? ニンゲンのオトコを洗うのは、初めてだぞ」


「犬を洗うのと同じ要領です」


「おー?」


「あなたはいつも、野良犬と川で水浴びをしているでしょ?」


「あれでいいのかー。わかったー」


「いい子ですね。では、お願いします」


 王子はメイドたちに任せて、わたしは食事を取ることにした。


 夜中なので、夕飯なのか朝食なのかわからない。しかし、日が昇るまでには出発したい。早く腹へなにか詰め込まなければ。


「ほむほむ」


 シチューとステーキを、たらふくいただく。

 病弱だった頃は、何も食べられなかった。アキコの料理がまずかったわけではないのに。


「アキコ、あなたには随分と、申し訳ないことをしました」


「いやいや。もったいない言葉だぜ。うまいか、お嬢?」


「大変結構なお手前で」


「ただの出来合いだぜ? お口に合うかどうか」


「こんなにおいしい料理を、わたしはずっと残していたのですね。その分、目一杯頂きます。今は、あなたの作ったゴハンが食べたいのです」


「重ね重ね、ありがたい言葉を。さあさあ、好きなだけ食べてくれ」


 とはいえ、アキコが焼いてくれる肉は、瞬く間にわたしの胃袋へと消えていった。


「お嬢……腕のケガが」


「あら、まあ」


 なんと、腕についていた擦り傷が、みるみる塞がっていくではないか。


 食事をしているだけなのに、負傷が治るとは。これも、魔王の力を引き継いだせいか?


「ごちそうさまでした」


 腹が落ち着いたところで、両親に告げる。 


「父上、母上。長い間、ご迷惑をおかけしました。わたしは、フォルテ・マッスリアーニは、これより旅に出ます」

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