第2話 闇バイト
『冒険者に憧れているそうだな。では冒険者になって世界中を駆け回り、我の代わりに世界を征服してくれ』
たくましい肉体が手に入る。
それは、願ってもないことだった。
聞けば、何者かが魔王の名を騙って、世界を支配せんと動いているそうな。
勇者は力を失っているため、ロクに活動はできない。
魔王の申し出は非人道的なれど、わたしにとっては興味深いものだった。
「ああ、いわゆる闇バイトですね?」
闇バイトとは、自分は牢獄などの遠くから指示を出して、無知な若者などに悪事を働かせる行為のことだ。
人死が出る強盗から小さなイチャモンまで、悪事の内容は幅が広い。
目の前で万引きをして店の警備システムをけなしたり、ありもしない難癖をつけて飲食店の品格を落とすなど、行為内容は様々である。
当然若者は使い捨てなので、処されても誰も財布や心は傷まない。
大企業のライバル商会が、よくやる手口だとか。
まさか、魔王に闇バイトの申し出を受けるとは?
『闇バイトとは、人聞きの悪い。肉体を差し出してくれれば、あとはお前のスキにするがよい。最終的に、世界征服してくれれば』
どうも魔王には、わたしの心まで乗っ取るつもりはないらしい。ずいぶんとユルい条件だ。
――なぜ、わたしなので?
『お前の負の感情を、読み取った。病魔に侵され、お前の精神はずいぶんと歪んでしまった。世話役の愛情にも気づかず、すべて他責。だが、それは周りの役に立ちたいという気持ちの裏返し』
「……っ」
わたしは、心のなかで舌打ちをする。
同時に、自分の感情の歪みを恥じた。
そんなお人好しに、わたしが見えるのだろうか?
『お前は自身で思うほど、非情で冷酷な人間ではない。周りに当たり散らしていたのも、さっさと死んで忘れてもらうため』
――うるさいです。それ以上愚弄するなら、契約を破棄します……。
『いいや。お前が申し出を受けるまで、言わせてもらう。本当は大好きな周りのため、少しでも役に立ちたいと――』
――はいはい、わかりました。
すべて言い終えるまでに、わたしは折れた。
申し出を受けなければ、この魔王は黙らないだろう。
――この身体を差し上げます。なんなら魂ごと食らってくださいな。どうせ短い人生なのです。楽になりたい。
『心得た。では、我が力を授ける』
魔王が呪文を唱える。独特の発音なので、『うんばらばぁ』だかなんだかとしか聞こえない。
「あれ?」
わたしは、唐突にベッドから起き上がる。なんともない。
「お嬢様!?」
「ウソだろ、さっきまで死にかけていたのに」
メイドたちが、腰を抜かしている。
そりゃあそうだろう。目覚めたと思ったら、細マッチョの肉体を手に入れているのだから。
「なんという、たくましい腕なんだ。血管まで浮いてやがる。あんた、ホントにお嬢なのか? どっちでもいいか。元気になったんならなによりさ!」
一人のメイドが、わたしの腕を取った。彼女は料理長も兼ねていて、わたしに栄養価の高い食事を提供してくれている。わたしがもっと、食べられる身体を持っていれば。
「これは、いったいどういう?」
自分でも信じられない。何が起きたというのか?
『お前の願いが強かったからだ。その願いの分だけ、たくましい身体にしてやった。お前がヤりたかったことを、させてやろうというのだ』
「わたしが、したかったこと」
まずは、野山を駆け回ること。
世界中を旅したい。
その前に、まずは愛する両親を貶めた奴らに報復を与えねば。
「なんともないのか、我が娘フォルテよ」
「元気すぎるくらい、元気ですわ。父上」
「よかった。本当によかった。フォルテよ!」
両親が、わたしに抱きつこうとした。
しかし、わたしは両親を手で制す。ただならぬ気配を、部屋から感じたためだ。
「ぐふうう。フォ、フォルテ?」
「あら、申し訳ありません」
わたしの力が強すぎて、うっかり父にアイアンクローをしてしまった。
「今は、感激している場合ではありません」
父から手を放して、窓の方へ視線を向ける。
「うわあ、なんだあれは?」
一番小さい子どもメイドが、壁際を指差す。
枯れ木のように細い手足を持った、ガーゴイルのような異形がそこにいた。
『あれが、お前を苦しめていた病魔だ。まずはそいつを殺すのだ』
「はい」
わたしは、なにか武器になりそうなものを探す。しかし、深窓の令嬢のお部屋だ。武器のたぐいなんて、置いてない。
「素手ですか?」
『ハンデにはちょうどよい』
ええい、ままよ。
「皆の者、下がりなさい!」
わたしは、三階の窓から落ちた。
具現化した病魔に、飛びヒザ蹴りを食らわせながら。
「さて、さっそく闇バイトの時間になりましたね」
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