黄金郷

 リョドは天国にあるものかと思い、立ち上がる。あたり見回して、リョドの部屋の残骸などもなく、死風すらない。やはり天国と思われる。

 この黄金の麦畑と、黄金の天蓋に浮世を見、現世を見ない。


「醒めたかね」


 そいつの方を向いたとき、自分の体が別物であることに気付いた。

 外骨格に固められて、発声すら出来ない。


「おまえ、他の奴よりゃ頭が切れると思っとるだろ」


 老爺だった。鼻毛と髭が混ざって鑑別のつかない黒もじゃの禿、その重たげな眉からきつい眼差しが注ぐ。


「ァ……」

「発声器くらいよぉ……それ、外骨格を開け」

「ァァ……?」

「ばかちんがッ」


 老爺はついにリョドの喉首をひっつかんだ。

 ぐい! とそこあたりの骨格を剥がすように引っ張る。リョドは不思議にも痛くなかった。みちみちみち、ときちんと剥がれる音もしているのに。

 かくして、半分剥がれて半分貼りついたままになった。老爺はこれで良しの顔をしている。


「口が利けるか」

「……はい」

「この星がどうしてこうかわかるか」

「どいつもこいつも、大丈夫だと思い込むために真実から目を逸らすからでしょう」

「けっ……おまえの言う真実ってなんだ。この星がもう、壁よりも高く滋養粉粒に浸っておることか」

「滋養粉粒?」

「そうだ。おまえらぁな、そっちの話をせにゃあいかんだった。そんで乗っ取られたんだ。この外宇宙の麦どもに」


 それで見渡した、一面広がる麦の、穂先重くさわさわと風渡る様を。黄金の空に、いくつかの粒が浮揚していく。見上げれば、黒々と色濃い黄金が天啓のように光めく。


 老爺を向くと、彼は怒りを伏した悼むようなまなざしで、まぶたを垂れさがらせていた。手遅れはどのくらい前に来ていたのだろう。


「こいつらは侵略的植物だ。

 黒い粒をまき散らし、動物性たんぱく質を変性し吸着させ、その粒ごと食らう。このやかましい空は、食い絞られ吐き出された滋養粉粒のぬけがらだ」

「すぐれた戦略ですね。土の下で争うことを避けたわけだ」

「ひとごとみたく言うない。目的論で生物を言ってみる輩もきらいだ」

「ひとごとならずってんじゃ、俺は死んでないということですか」

「むろんだ」


 顧みるになんだろうかこの外骨格は。まさか虫畜生だろうか。自分で自分が見えやしない。手鏡も鉄も水もなければそんなものというわけだろうか。

 だが、人のごとく手足で立っている。こぶしを握る。頭の高さでものを見ている。


「この麦にはハイエナがつきまとっておる。麦に寄生してな、麦が栄養にするはずの生き物をべつもんにしてしまうのだ。お前はそうなった。これでこの麦どもは、殻が邪魔でおまえを食えん。

 いずれこの星はその寄生菌で取って代わられるだろう。おまえのご同類も、同じように死なんで済まなくなる。寄生菌はそうして飢えた麦どもを食らいつくし、残った麦はまた異星へと旅立ってゆく。この繰り返しを1200万年やって止まざることだ」 

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