後編
対戦相手の選定には、スポンサーの意向が大幅に絡む。だからこそ、それは異質なマッチメイクだった。
向かい合う全身義体の相手は、胸元に大きなスポンサーロゴを持つ。株式会社サクリファイス・テクノロジーの十字を模した企業ロゴ、俺の義腕と同じだ。
「君に恨みはないが、私もそろそろ次のステップに移りたいんだ。そう、公式アンバサダー就任という大役にね!」
「流石、コロシアムの花形は言うことが違いますなぁ。ここで泥水でも啜ってな」
いつものように吠えるのも、油断を誘うための策だ。俺がヒールで、相手はスター。十数年前とは明確に変わった立ち位置が、機体を奮わせる。
観客の前で顔を晒してやるとしよう。無造作に伸ばした髪は所々に灰色を増し、肌に潤いはない。敵を睨みつける視線だけが年季を増し、老成というよりは加齢の産物がそこに立っている。これでは人気が出るわけもない。
「両者、所定に……」
きっと、俺の勝利を望んでいる奴は数えるほどしかいない。快勝して得られるのは歓声ではなく、困惑と罵声だ。
——それがどうした?
「いくぞ、S.I.S.T.E.R」
『承知しました。祈祷モード、展開』
合掌と一礼、不恰好な祈祷シークエンス。失笑と共に攻撃態勢に移る相手の気配を捉え、俺は却って冷静だった。
「全身義体なら、どこ殴っても反則じゃないよな?」
展開した腕から放たれるレーザー光線が敵機体の稼働部を示す。奴が装備しているのはソニックブースト4.0だ。音速の直線軌道で俺に肉薄し、俺の義腕を破壊する気だろう。なら、それを邪魔すればいい。
「EMP、展開」
『承認。展開します』
予備動作で撮影ドローンが一機墜落した。バッチリだ。
義腕に増設した改造ユニットが傘のように展開し、増幅された電磁パルスを放つ。機体そのものの機能を停止する、バネファイにおける禁じ手スレスレのダーティ・ファイト。負け犬に許された、卑劣な抵抗だ。
相手は予備動作でジャミングの存在を理解したようだ。接近を止めて距離を保つ。当然、狙いはそれだ。腕に増設されたキャニスターに燃料をぶち込み、俺は足元を殴り抜く!
最低限の肉体改造は軽量化のためだ。床を殴った反動で跳躍し、俺は相手の弱点——胸部にあるエネルギーコアに狙いを定める。決着まで僅か4秒、退屈な試合かもしれない。
「最高出力で頼む。ブッ壊せッ!」
『こういった場合に言う言葉を知っています。KICK ASS!!』
シリンダーが放つ蒸気だけは、旧式モデルのままだ。圧縮された空気が爆発するかの如く、俺の腕は相手の義体を躊躇なく貫いている!
「馬鹿なッ!? 契約を打ち切られる寸前の弱小ファイターが、どうやってそんな改造を……?」
「この機体を抵当に入れて金を借りた。ここで負けたら、差し押さえられるんだよな」
「スポンサーの商品を抵当に!?」
「馬鹿だろ。コイツの提案だよ」
誇らしげに蒸気を放つ義腕を撫で、俺は静かに着地した。
「俺の
『ラルク、スポンサーや観客の前でその言い方は不適切かと』
「いいんだよ、どうせブーイングの山だ」
観客の困惑と罵声の中、俺は高らかに右腕を上げる。傍らに佇む修道服姿の電子影を労いながら、普段とは違うニューロンの疲労を嗜むように受け入れる。
夢を見るのは自由だ、と誰かが言った。もしかしたら、そんな歯の浮くような台詞は俺の口から出たのかもしれない。
Bad Body Buddy 狐 @fox_0829
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