Bad Body Buddy

前編

 夢を見るのは自由だ、と誰かが言った。賢人や英雄の言葉ではなかったはずだ。そうだ、路地裏で豪快にチルする歯の抜けたジジイから聞いた言葉だった。

 半分正解で、半分間違いだ。この街で夢を見るのは自由だが、夢を見た奴から死んでいく。高みを目指して次のステージに進もうとする奴は大きな力に抑えつけられ、流れに身を委ねて一攫千金を狙うやつはメイルシュトロームに流される。

 ガキの頃に夢を語り合った親友は、神経ドーピングユニットのオーバードーズによる義体の暴走で死んだ。業界内で切磋琢磨していたライバルは、スポンサーの親企業に抱え込まれて今や立派なコーポの奴隷だ。俺だけが、這いつくばってなんとか生きている。


 地鳴りのような歓声は合成音声混じりで、そのどれもが俺に向けられていない。負け続きの義体闘士にスポンサーが降りるわけもなく、俺と対戦相手の広告宣伝費は何十倍も差がある。観客にとっては見え透いた結果だ。


『ラルク、戦闘プログラムの起動指示を』

「わかってるよ、S.I.S.T.E.R。整備代も馬鹿になんねぇんだ。せめて明日のメシ代くらいは稼いでくれよ!」

『……仕方ないですね。祈祷モード解除、戦闘に移ります』


 (株)サク・テク(正式名称は株式会社サクリファイス・テクノロジー。ここまで言わないと俺にマージンが入ってこない)の戦闘用義腕は、倫理チェック逃れのため戦闘前に祈祷シークエンスを挟む。旧式モデルの弊害だ。他企業の最新モデルはそれらのチェックをクリアしているというのに。

 ぎこちない合掌と一礼の後、無骨な両腕は強く拳を握る。


「フフ、対戦よろしくお願いします……」

「うるせェ。さっさとやるぞ」


 俺は所詮アンダードッグ。派手に吠えて無様に倒れるのが期待されている、時代遅れのロートルだ。適当に試合を終わらせ、参加報酬だけでも頂こう。


「両者、所定の位置に!」


 撮影ドローンが上空を舞い、コロシアム・ゼロの喧騒を捉える。中継の結果いかんでは、スポンサー企業の株価に関わるのだ。

 〈サイバネティック・ファイト〉、通称“バネファイ”。改造義体による競技目的の殴り合い。生身の肉体部分への攻撃は禁止。企業とルールに縛られた現代のグラディエーターは、歓声と己の人生を背に殴り合う!


    *    *    *


『ラルク、ブリーフィング・ナウです。義体損壊率60%、これで24敗目です。原因の追求を希望します』

「……お前が型落ちのポンコツだからだよ」


 試合後のロッカールーム。火花を上げる右腕を自力で調整し、俺は溜め息を吐きながら答える。肉体的な疲労はないが、ニューロンへのダメージは深刻だ。吹き出す汗が配線をショートさせないように苦心しながら、俺は応急処置を終える。


「いつも言ってるよな、整備代で参加報酬もパーになるって! サクテクからのスポンサー報酬じゃ合成カンショ・バーを1週間分買うのもやっとだ。なるべく消耗させずに適当に戦う事もできんかね!?」

『理解できません。勝負である以上、勝利の可能性がより高い戦法を取るべきでは?』

「お前がもっと良いプログラムだったらな!」

『再三言いますが、この機体にS.I.S.T.E.Rは不可欠で交換不可能です。諦めてください」

「お前、本当は人格あるよな!?」


 最近の機体は流線的なフォルムで、擬似人格プログラムも設定されていないらしい。これは、まだ複雑な演算に機体が耐えられないと思われていた十数年前の遺物だ。コイツのせいで、修理にも無駄な金が掛かる。


『メッセージを確認します。血管増大インプラントの宣伝広告、スミカ・エステート株式会社からの家賃催促、〈欲望発散! サイバードールの御用命は〉……』

「読み上げなくていい。全部消しといてくれ」

『重要フォルダに2件。バネファイ運営からの戦績通知と、サクテクからのスポンサー契約打ち切り警告……」

「待て、待て待て待てッ!!」


 思わず起きあがり、網膜デバイスにメッセージを表示する。コンマ数秒のラグの後に飛び込んだ情報は、今後の成績次第では俺と例のクソ企業との長く続いた蜜月関係を解消する、という内容だ。


『ラルク、次の試合こそ本気で挑みましょう。かつてのチャンピオン、ラルク・ジェノサイドエース・マッドキラーなら……』

「あの頃にノリで付けたリングネームを呼ぶなッ! もう、そんな時代じゃないんだよ。技術発展は経験の差を埋め、スポンサーが懸けた金が機体の強さに繋がる世界だ。あの日みたいな戦い方は、もう出来ない」

『私の記憶デバイスを元にした戦闘データには、貴方の勝利パターンがしっかりと記録されています。それに従えば、きっと……』

「いい加減アップデートしろ、ポンコツ!」


 十数年前の俺の栄光を一番近くで見ていたのは、コイツだ。あの頃の戦い方に最も固執しているのもコイツだ。俺に一番最初に付いたファンは、俺が引退するまで着いてくるつもりらしい。


『次回の試合スケジュールを申請しておきました。次こそは、勝ちましょう』

「ここで俺が負けたら、引退か。現役を続行したとしても、この義体は返却だろうな。お前との契約もこれで終わりだよ」

『だから勝つ。そう言っているのです。ラルク、私に機体の操作権をください。最新鋭のモデルには出来ない芸当も、私にならできます』

「……やるわけねぇだろ」

『勝ちたくないのですか? 生き抜きたくないのですか? ……夢を見たくないのですか?』


 随分な物言いだ。時代遅れの旧式モデルに、全盛期の輝きを失った元チャンピオン。夢を見るには遅すぎるのに、アイツはかつての栄光にCPUを焼かれている。馬鹿だ。


「勝つって言ったって、そもそも性能のいい改造パーツだって満足に揃ってない。どうやって金を工面すれば……」

『操作権を頂けないなら、もう一つのアイディアを提案します。これが最終手段ですよ』


 網膜デバイスに映った文字列を眺め、俺は思わず吹き出す。コイツは、俺が思ってる以上に大馬鹿だ。

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