CHAPTER REAL 《現実》

「ゲホゲホ…。かぁ…、っぺ。暑つう~。」ヨレヨレのダボシャツのボタンの取れた首回りが寝汗でぐしょぐしょや。「つ~ぅ。気持ちワルっ。」

窓枠に掛けた洗濯もんの隙間から漏れたギンギラギンのお日さんが、ワシの煎餅布団を熱しとる。「熱いがな。」

「まだギリギリ5月やちゅうのに、眩し過ぎちゃうか。」目やにでガッチガッチに固められた眼を薄く開くんで精一杯。

知らん間にどこぞにいってもたガラケーを探す。「あった。あった。ええーっ。」

「やばッ、こんな時間かいな。集会に遅れてまうがな。…まぁ、ええか。」

スノコの上に敷いた極薄の煎餅布団のせいでガチガチに固まった骨身を無理くりそっから引き剥がして、「よっこらせ…ッと。」薄暗い、湿った、変な臭いのする台所へ。

いーつもと同じ様に、アルミの薬缶にカセットコンロで火をかけて…。いーつもと同じ量のインスタントコーヒーをどっかでもろた訳分からん文字の書かれたカップに入れる…。

「苦ッ!!! いーつもと同じ量やちゅうのに、いーつもより全然苦いがな。なんでやねん。」

今までメタ糞、インスタントコーヒー飲んどるのに、なんで今朝のはこないに苦いねん。意味分からんわ。

捨てんのもったいないから飲むけどやぁ…。苦あて一発で目覚めたがな。

「朝から苛つく…。糞暑いし…。」なんか知らんけど、文句しか出んわ。

独り言ばっかやし。イライラで頭が爆発しそうや。


クソ苦いコーヒーで目は覚めたけど…。「くっさぁ!!!」寝汗でめっちゃ臭いがな。風呂入らなアカンか…。

「いやいや。アイツらに会うごときで風呂なんて、めんどい。もったいない。」

年取る毎に、体臭はキツなるし、あちこちから粉吹くし、どんならんて。

ワシはどっかでもろたカップを流しに放り込んで、見るからにカビだらけの風呂場へ直行。

わざわざ、灰色に変色した湯船に水張って沸かしとる時間はあらへんし、アホらしい。風呂桶に蛇口から水を汲み、頭のてっぺんからかぶる。「さぶう!」

カルキ臭い水道水が骨身にしみよるわぁ~。昨夜のカップ酒の酔いを洗い流しよるで。水道水の冷たさが頭をボーッとさせよる。「危ない。危ない。はよ出よッと。」

薄っすい薄っすいどこぞの新聞屋が持ってきた年賀のタオルで体を拭く。ちょっと拭いただけでタオルびしょびしょやん。「全然使えんてッ。」

びしょびしょの肉塊が洗面台のヒビの入ったあちこち黒なった鏡に映る。

「ブヨブヨやんけ。ロウソクみたいやんけ。ほんま爺さんやなぁ…。」長いこと見飽きた肉体…。「大人って…、長いのぉ~。」辛気くさ。

気を取り直して、白いものが混じり出したチリチリの髪の両サイドを手櫛で流す。額から頭頂部には髪がまばら…。「髪は長い友達…。」大昔のテレビコマーシャルの一節が知らん間に口から出よる。

髪の毛のまばらな頭頂部に気休めで櫛を入れる。やっぱり櫛に引っかかる程も毛は残っとらん。「ひッ、じょぉ~に、キビシぃ~。」また、大昔のテレビタレントのギャグが勝手に口をつく。我が齢を実感する。

「まぁ…、いつも通り…。やな。」今朝も毎度お馴染みのバーコード頭の完成!!!

これで余所行きルーチンは終了。今日は集会日。ワシらはボランティアの自警団を組んどる。そのためのアイツらとの訓練日や。

「けどなぁ…、真っ直ぐ行ってクソおもろないアイツ等の顔を拝んでもなぁ…。暑苦しいだけやし。そや!!!【パンダちゃん】のマンションでも寄って行こッ。」

【パンダちゃん】に会うと思うと気分も上々。窓枠に掛けた洗濯もんを取り込み、春とは思えん朝日を真っ裸で受け止め、なんや分からんけどあちこち殺菌や。「お日様の匂いさせて行くでェ~。待っとれや。」

そうと決まったら、一張羅に着替えてでっ発や。

あちこちにポケットのぎょうさん付いた七分丈のズボンに呑み屋で知りおうたサーファーのあんちゃんからもろた、訳分からんプリントのT−シャツに身を包む。

足元はあちこちのスーパーの店先で売っとる色とりどりで柔かいゴムの甲にぽつぽつ穴の開いとるサンダルや。

子供らがチョット前によう履いとったやつ。ワシも流行りに乗ったったで。

それと忘れたらアカンのは、ワシのお気に入りの拳銃型の水鉄砲。そいつに水道水をしこたま入れとくこと。

コイツを持っていかなアイツ等に会う意味があらへんちゅうねん。


余所行きといつもの訓練の用意が出来上がったら、駐輪場からチャリンコを引っ張り出す。

「リサイクルショップで買うてから、長いこと乗っとるなぁ…。」

糞暑いお日さんの下に引っ張り出して見ると粗が丸出しや。流石にあちこちボロボロや。

キラキラ輝く青色の塗装が気に入って買うたけど、朝イチで見ると結構毒々しい。あちこちハゲとるし…。

「ほな、ぼちくら行こかぁ…。」

ワシらの自警団のステッカーを貼ったヘルメットを被る。糞暑いのにヘルメットがどんならんけど、まぁ、証やし。とにかく自転車に跨る。ほんで足に力を入れる。

「ホンマ、足の力もなくなってきたなぁ…。チャリンコもガタ来とるし…。」

まぁ…、それでもどうにかチャリンコ漕ぐぐらいは…。

「まだまだお互い、現役…。ちゅうことにしとこな。」



集会場までのいつもの海岸沿いの道乗りをのんびりと流しとった。

生温い春風の中に、昨夜の花火大会の火薬の匂いが漂っとる。

「5月の末に花火大会…、意味わからん。」独り言を口走りながら下り坂を惰性で下っとると、泪橋の交差点の対向車線にノーヘルの同乗者を乗せたスクーターが信号待ちをしとるのを発見。「獲物発見!!!」

いーつもなら、この交差点を左折して海岸沿いの国道を行けば、ワシらの集会場に到着…。

なんやけど、今朝は交差点を直進して、愛しの【パンダちゃん】のおるマンションに寄るつもりやったから、道すがら丁度ええわ。

多分、花火大会の夜を徹夜で騒いだガキ共やろ。「月に代わってお仕置きや。」一丁、焼き入れたるさかい。

「信号待ちでアホ面でだべっとる。絶対、アホ面共は発進が遅れよるって。」名推理!!!「コナンかッ。」ちゅうねん。

ワシは静かーに交差点の停止線を超えてチャリンコを停止…。

信号の青とともにレッツらゴぉおおおおー。ぎょうさんポケットの付いた一張羅の七部丈のズボンに差した拳銃型の水鉄砲を抜く。

水鉄砲の引き金を素早く二度引く。音もなく水は発射。

「ペチャっ。ペチャっ。」スクーターの前輪にかかる。

大・成・功!!!


チャリンコを急ブレーキ。一回下りて、チャリンコの向きを変え。スクーターの前へすぅーッと。

スクーターのガキ共も急ブレーキで止まとった。

ガキ共、めちゃんこ怒鳴とっる。

「なにしやがる!」「殺すぞ! テメー!」

「ヘルメット着用義務違反。」ワシは鼓膜が破れるほどの大声で言ってやった。

「うるせぇ! ふざけるな!」

「着用義務違反。」もう一度大声で繰り返したった。

「なめ…? ん。」

「やめとけ。やめとけ。」ノーヘル同乗者のガキの方が気付いたようだ。

「なんだよ?」

「あれ見ろ。ヘルメットのあれ。」

「はあ? …!!! 老いぼれ狂牛病かよ…。チッ…。」

舌打ちのあと、ガキ共はスクーターを降り、押してその場を去ってった。



気持ちようガキ共に喝を入れた後は…、当初の予定通り【パンダちゃん】とこへ。【パンダちゃん】の勤めるマンションの管理人室へレッツらゴーや。

【パンダちゃん】はワシがつけたあだ名。【パンダちゃん】は2ヶ月程前から、このマンションで管理人をやっとる。わざわざ東北地方から来たらしい。

シミひとつ無いマシュマロの様な真っ白な肌。垂れ目のかいらしい顔。ちょこっと隈があるお目目。背はこんまいけど、めっさボリューミーなお体。ワシよりふた回り程年下のスケ(女性)。どストライクやて。

ここに勤める前は専業主婦で、旦那との離婚を機に社会復帰したんやて。「寂しいやろなぁ…。」

せやさかい、ちょくちょく顔出して、寂しさを紛らわしてやっとんねん。

ワシらはこの町内で起こる事は全て把握しとる。些細な変化も見逃さへん。

【パンダちゃん】の件もそんな変化のひとつ。

彼女も日に日にだんだんと陽気になってきとる。

「よぉ!」

「あっ………。【松葉】さん………。おはようございます。」『また来たよ…。勘弁してよ…。変な目で見られちゃうよ…。』

「変わった事あらへんか?あったら何でも言うてや。」

「昨日も同じ事聞きましたよ………。毎日毎日………、何も起きませんよ。」『毎日毎日、同じ事ばっか聞くのって、呆けてるから?』

「そりゃあ、なによりなにより。」応える時の明るい笑顔が可愛らしいのぉ。ワシに惚れとる証拠や。ワシの顔見て元気になってきたのぉ。

「さっき【A5(エーゴ)】さんが来て、アイスクリーム下さったんですよ。」『朝から入れ替わり立ち代わり、この老人達は何なの?人の迷惑、分からないの?』

「ふぅーん。そっかぁ。そりゃあ良かったね。」アイツ何抜け駆けしとるねん。【パンダちゃん】はワシのレコ(彼女)やっうねん。まだちゃうけど…。

【パンダちゃん】に別れを告げ、後ろ髪を引かれる思いでこの場を離れた。そないに髪はあらへんけど…。我ながら笑える。


「あのボケ。めっさ気分悪いのぉ~。急ぎで集会場へ行かな。」

マンションへの道を引き返す。チャリンコの調子も足の調子も悪うわない。

腹立っとるせいか筋肉の落ちたよぼよぼの二本の足もよう回りよる。

ガキ共を蹴散らした泪橋の交差点を黄信号で無理くり右折。

こっからは左手に海を見ながらチャリンコ漕ぎまくりや。

海岸沿いの国道は、強い南風がチャリンコ漕ぐの邪魔しよる。そんでもって、風は生臭いし。日差しはキラキラ反射して鬱陶しいねん。

嫌な事ばっかで怒り倍増や。怒りに任せて細ッそい細ッそい二本の足をより回してまう。ホンマ、一刻も早よう着かな。

「足、おもッ。無茶し過ぎかも…。」そうは思いつつも回してまう。

カーブで海風に煽られて転倒寸前。

ツルツルの後輪が滑りよった。カーブをふらつきながらやけど、どうにかこうにかチャリンコを進ませる。

ワシの伸びきった眉毛が風圧でなびく。ヘルメットから汗が垂れてきよる。バーコードでは頭の汗は顔にダイレクトや。ぼさぼさの眉毛だけは汗が目に入ることを防いでくれとる。「あらゆる毛は、長い友達…。」やな。

邪魔臭い海風を突き破りながら前進していく。還暦過ぎたワシにとって最悪の瞬間や。

ほんでもって、次の鬼門が登り坂のトンネル。風の影響はなくなるんやけど、とにかく長い。漕いでも、漕いでも、漕いでも、漕いでも、漕いでも…、出口が出てきよらん。ホンマ、疲れさせてくれるわ。

どうにかこうにか、くッそ長い登り坂のトンネルを抜けたら道路交通法ガン無視でガタガタの路肩を走行。しばらくそのまま走っとるとガードレールの切れ目に立体交差の下道へ降りれる獣道が現れよる。

結構標高の高い位置にある国道の獣道から下の道路へは、傾斜のきつい下り坂を100メートル程一気に下る。チャリンコをフルブレーキで下りなあかん。キーィキィ、キーィキィ、うるさいことうるさいこと。鼓膜破れんで。ほんで、下り切るとそこには信号の無いT字路の交差点。その交差点を確認せんと猛ダッシュで右折。

あとは、そのまま防波堤まで真っ直ぐ。その防波堤の少し手前にワシらの集会場の目立つテントがある。

テントは中途半端な青色と汚れとくすみで何とも言えん白色のツートンや。昭和のヒーローもんの基地みたいな配色でめっちゃセンス悪い。これは【ケン】がどこぞから持ってきた。

テントに近づくと、その前に無造作に停められとる6台のボロチャリが目に入る。

「やっぱ、ワシがビリっケツか。」

ワシら自警団の集まりは総勢7名。癖の強い年寄りばっか。そいつらの小汚いチャリが不法投棄されたよう置かれとる。

その小汚いチャリは右から、集まりいちキモい【ハムさん】の傷だらけの白色のフレームに赤と緑のビニテが貼られたマウンテンバイク。商店街の自転車屋に騙されて中古で買った一台。なんでか分からんけど、サドル下に熊除けの鈴がついとる。


その横は、集まりいちの自慢屋【A5(エーゴ)】の薄汚れた黒のフレームにセンスの悪い真っ赤のアクセントがあしらわれた電動自転車。電動アシストのおかげでスピードは出よる。その上明るいLEDのライトを付けて夜遊びまくっとる。ろくでもないやっちゃ。


次が、発達障害こと【ケン】のゴツいフレームの赤色かピンク色かようわからん程色褪せした錆さびのビーチクルーザー。

【ケン】のごっつい体を乗せたら太いタイヤも太いフレームも悲鳴を上げとる。サーフボードを運搬できる装備も付いとるけど【ケン】はサーフィンなんぞようせん。


その隣は、チームいちの大ぼら吹き、老いぼれこと【ツェーべー(CW)】の元々は何色だったのか分からない灰色の三輪自転車。

日本の英知を注ぎ込まれた街乗りに特化した三輪自転車。操作性能、安定性能、制動性能、剛性、…等々、が強化されてて、よぼよぼの爺さんの移動にはうってつけ。


その次が、集まりいちの天然、【高麗】の所々に苔の生えたの昭和のサイクリング自転車。

大昔のサイクリング自転車には、フロント、リア、リアサイド、フレーム、…等々に、様々なシグナルライトが付いとる。今は電池が切れて光らんけど…。その上、あちこちに収納バッグを取り付けとる。何か盗みにでも行くんか。


そして左端は、集まりの中でも異色の存在、障害者手帳を持つ男、【農園】の銀色の折り畳み自転車。障害者年金で大枚はたいて通販で購入。

アルミフレーム、アルミホイール、アルミハンドル、…等々、小型化、軽量化に重点を置いてはいるが、遅いし…。疲れるし…。壊れるし…。の、三拍子揃った通販自転車。いつも壊れて【A5(エーゴ)】に直してもらっとる。


そして、これからその不法投棄の列に加わる最後のチャリンコは、チームリーダーこと【松葉】の昔はきれいなメタリックブルーやったBMX。こいつとは長い付き合いや。背のちっこいワシには最適や思てリサイクルショップで買うたった。ちゃんと足着くし。変速機が無いんはしんどいねんけど、そこにつけ込んで値切ったってん。それに、サドルにもちょい傷あったから滅茶苦茶言うておもいクソ値切ったった。ええ買いモンやったわ。

ただ、ここ数年のワシの老化からハンドルを【A5(エーゴ)】にママチャリ用に変えてもろた。バックミラーも付けてもろた。サドルも大きしてもろた。変なチャリンコになってしもた。




「ワシらは、もう、何事にも囚われない。」

「ワシらは、生きるためなら、方法は厭わない。」

「ワシらは、どんなイジメにも屈しない。」

「ワシらは、ほんの小さなズルであっても容赦しない。」

「給料なんてありゃしない。年金受給者は数人いる。」

「ワシらは日本社会のはみ出し者の高齢者。」

それがワシら、野放し7人組。

ヘルメットに輝く、意味は分からんけどMCD (狂牛病)BSE(牛海綿状脳症)の牛のイラストのシールが自警団の目印や。なんか英語と牛のイラストがカッチョええんよ。このシールを見たもんは何でか気色悪がって逃げていきよる。ワシらにとっては御守りみたいなシールやで。このシールは【ケン】がどこぞのゴミ捨て場にぎょうさん捨てられとったのを拾てきたんや。まだまだごっそりある。仲間になったらもれなくご贈答や。



テントの入口チャックを開けたとたん、籠もっていた蚊取り線香の煙が自由を求めるかの様に一斉に外に飛び出しよる。そんでも中はモクモクや。蚊取り線香焚き過ぎやちゅうねん。

「ゴホゴホ…。【松葉】さん。おはよーございます。ゴホゴホ…。」

「おう。」

障害者手帳を持つ男こと【農園】が揉み手をしながら挨拶をしてくる。【農園】ちゅうあだ名は、奴が障害者になる原因になった脳炎からとって、ワシがつけたってん。

コイツは元、某国営放送の受信料金徴収員。払わん相手をねじ伏せて払わせる凄腕回収屋。無理難題を言う未納者を言葉巧みに玉砕する。

【農園】の水鉄砲は大量の水を装填出来る黄緑色のお子様用ショットガン。脳みそやられとるだけあって、怒らせるとめっちゃ危ない奴。


「おはようございます。今日はお顔の色いいですね。」

「おう。」

次は【ハムさん】だ。コイツはナルシストの二枚目気取り。やけど、何かが足りてない。やから、ハンサムをもじって【ハムさん】。

コイツは元、散髪…、美容師…、どっちでもええわ。とにかく髪を切る仕事。

歌舞伎の女形の様な風貌、スマートな体躯、爽やかな笑顔、腰が低く、万人受けする態度、見事に誰でも誑し込む。『超』のつくほどの女好き。

【ハムさん】の水鉄砲はごっつうお似合いのキモい紫色のハンドガンタイプ。滅茶苦茶接近戦を得意とする。


「…お、おはようございます。」その次は【ケン】だ。元、トラック運転手。ごつい体と四角い顔が『フランケンシュタイン』を彷彿とさせたんで、省略して【ケン】ってつけてやった。発達障害があってちょこっとだけ頭が弱い。

「【ケン】。ちゃんと飯食ってるか?」

「…ま、【松葉】さん。…だ、大丈夫っす。…く、食ってます。」と、応えながらもモクモクのテントの中で、コーラを片手にブラックサンダーをかじってる。相変わらず訳の分からない奴。

しかし、コイツは集まりいち正義感が強い。そして、集まりいち体格が良い。背が高い。力が強い。小さい子供が大好きみたいやけど、子供は【ケン】の容姿を見てビビッて逃げる。人は見た目やないんやけど、子供には分からんわな。ホンマ、哀れな奴。

水鉄砲は黒のアサルトライフル型。一見すると本物と見間違うほどの造形しとる。【ケン】がこれ持って町中歩いとったら普通に捕まるで。長距離連射で相手を仕留めよる。


「おはようっす。何かありましたか?」これが【A5(エーゴ)】。コイツは元、電気屋。飽き性でコロコロ仕事を変える。目立ちたがり屋、自慢屋、わがまま、かまってちゃんな性格から『エゴイスト』の【A5(エーゴ)】。

「【A5(エーゴ)】、マンション寄ったんやって。」コイツ。コイツ。ちょっかい出すなや。

「うっス。」コイツ、なにしらっと返事しとんねん。

「アイス喜んでたで。」なに【パンダちゃん】の気引こうとしとるねん。

「うっス。【パンダさん】が好きだって聞いたもんで。うっス。」【パンダちゃん】はワシのレコ(彼女)や。…まだちゃうけど。ほんで、何でそないなことを知っとんねん。

コイツは元、電気屋。やけど性格なんか、ひとっ所で長続き出来ん。 職も友人関係も…。まぁ、そんなこんなでワシらの集まりに流れ着いたみたいやけど…。浮世雲の割にはこの集まりを気に入っとるらしい。

水鉄砲は黒のマグナム。これも本物っぽい。【A5(エーゴ)】にはよう似おとる。


「オレも寄ったらよかったよ。」この色狂いの死にぞこないが…。

「【ツェーべー(CW)】さん。おっス。」

この老いぼれ爺は【ツェーべー(CW)】。集まりの最年長。後期高齢者。

【ツェーべー(CW)】はCWのドイツ語読み。CW = COLD WATER = 冷や水。『年寄りの冷や水』っうことで名付けた。老いぼれなのに気持ちだけは若い、一番質の悪いタイプ。それに輪をかけて、大ぼら吹き、大酒飲み、女好きの三役揃い踏み。その上、自分は棚に上げて他人に厳しく、お小言・お説教大好き爺。

上から二番目に年長者のワシだが、【ツェーべー(CW)】の爺さん口達者にはかなわない。気を付けないと説教を食らう羽目になる。

老いぼれの水鉄砲は連射ブラスター型。年甲斐もなく打ちまくる。


「おでも、おでも、今度連れってくれよ。【松葉】さん。」

「ああ。今度な。」

コイツは【高麗】。【ケン】に次ぐ体格を持っている。ワシらの中では一番の若手。どっかからやって来た田舎もん。元はゴルフ場のグリーンキーパー。夏の暑い日に作業中に熱中症で倒れて脳に障害を負った。

あだ名は昔ゴルフ場のグリーンでよく使われていた芝生の高麗芝から取って【高麗】。心優しきガーディナー。

水鉄砲はスコープ付きのライフル型。やけど…、コイツがワシらを打ってるところを一度も見たことがない。根っからの性根の良い奴。


「【松】やん。それで今朝は遅かったのかい?」老いぼれ【ツェーべー(CW)】が聞いてきた。何を聞きたいんや。ちゅうねん。

「いや。泪橋の交差点でスクーターをノーヘル二人乗りのガキがいて、ちょっとお灸を据えてたんですわ。」

「マジっすか。」【A5(エーゴ)】が食い気味に話に加わる。相変わらずの『俺が俺が』気質。

「…そ、そ、それで、どうお灸据えたんですか? ま、ま、【松葉】さん。」とにかく、交通ルールには滅法うるさい【ケン】もすかさず食いついてきよる。

「スクーターが発進する前に前輪手前に水鉄砲で威嚇射撃。クリーンヒットやったで。」

「【松葉】さんにお怪我が無くって、ほんと良かった。」【ハムさん】がお姉言葉でそっぽ向いたまま心無い優しい言葉を口にする。

「【ハムさん】。とりあえず、おおきに。」ちゅうか、ホンマ男に対する【ハムさん】の態度って何なん。あからさま過ぎやろ。

「近頃の男の子って、結構凶暴だから。カッとなると何するかわかんないから…。」

【ハムさん】のお姉言葉には全く心がこもってない。ホンマ、その場しのぎの対応には長けている。関心しまっさ。

「早朝からおさかんですね。【松葉】さん。」【農園】が揉み手をしながら合の手を入れてきた。

「どういう意味や?」【農園】の馬鹿にしたような公務員口調は結構腹が立つ。

「だってさ。ガキにお灸を据えた後に女でしょう。」と、小指を立てて言いやがった。

出たよ。【農園】の上から目線の言い方。受信料金徴収する時も、こないな言い方しょったんやろうな。ホンマ、ムカつく。

「アホ言うな。あれは…、そんな…。」ワシ何でしどろもどろになってんねん。

「またまたぁ~。」【農園】は黒縁眼鏡を指で持ち上げながらおちょくってきよる。ホンマ、うざい。

「お前ぇ、しつけーぞ。」流石は元、某国営放送の受信料金徴収員。しつこい事この上ない。

「なに? なに? 誰が失恋(しつこい)?」【高麗】が天然ボケで話に割り込んでくる。

「ええ加減、もうええわ。」

ワシらにお互いを尊敬するような気持ちはない。しがらみもない。お互いを理解することもない。お互いを馬鹿にして盛り上がるだけ。ボランティアの自警団として偶然集まった単なる遊び仲間。情などそこにはあらへん。ただ、コイツらといると、楽しいだけ。誰よりも気を使わんでええだけ。この歳なるとそんな関係が一番や。

そないなことを、自分(【松葉】)に浸りながら考えとったら、「ぼちぼち、水鉄砲サバゲー訓練始めましょう。」ちゅう【A5(エーゴ)】の声と同時に、突然テントの入口が開いた。

そこには、近所の交番の【チャーリー】が立っとった。

「なんや。チャーリーか。」【チャーリー】は見た目もべしゃりも吉本新喜劇のチャーリー浜くりそつなんでワシが命名したってん。

「何度も言ってるでしょう。この公園はキャンプ禁止。火気の使用も禁止。サバイバルゲームも禁止。自転車の乗り入れも禁止。いい加減、警察ごっこも止めて下さい。さっきも少年達から苦情が出てましたよ。」

「キ…キ…キャンプじゃない。も…も…物置代わり。」【ケン】が説明する。

「それが公園で遊ぶ子供たちの邪魔になってるんです。」

「火気って、蚊取り線香だよ。なんか文句あるの?」【A5(エーゴ)】が反論する。

「蚊取り線香もライターも火気でしょ。」

「あんたが前に言ったから、サバゲーはBB弾から水鉄砲に変えたよね。」【ツェーべー(CW)】さんが被せる。

「遊んでいる子供たちに水がかかった。って、苦情がきてますよ。」

「自転車置場が無いですよ。いったい、どこに置け。って言うんですか?」【農園】十八番の逆ギレ。

「この先に有料駐車場がありますので、そちらへ。」

「そんなぁ~。無茶苦茶遠いじゃない…。」【ハムさん】の泣き落とし炸裂。

「これは決まり事です。守ってください。」

「おで達は、警察をお手伝いするための自警団ですよ。」【高麗】の真っ直ぐな思いが放たれた。

「非公認自警団なんて余計なお世話。迷惑この上ない。」

そして、ワシの次の言葉は決まっとる。

「逃げェー。パクられんなぁー。無事やったら、また…。」



=少年の心、遊び心を持ったまま、大人になりたい。=

男の人なら一度くらいは描く願望です。

憧れた人物になる…。憧れた物を手にする…。憧れた世界で生きる…。これらを忘れることなく成長していく…。

一件、良い風に聞こえますが、こんな風に成長した大人は、ややもすると、その気質のまま爺になってしまうものです。


昔話と自慢話と説教しか言わないくせに、いつまで経っても遊び好き、酒好き、女好き。『人畜有害老人』


自分の事は棚に上げて、他人の事ばかり吊し上げる。『ワシの振り見てお前の振り直せ爺。』


若い人達に害になっても手本には成れない。若者全否定。『あの頃は良かった爺さん。』


スーパーマン、ウルトラマン、仮面ライダー、ブルースリー、ルパン三世、ワイルド7、仁義なき戦い、…。善悪、虚実、…。そんなの関係ねぇ。子供の頃の憧れだけの『夢見たOB(オールドボーイ)。』


そんな放埒な爺達が、これからの日本を席巻していくかもしれません…。




                 おわり

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