LOOSE 7
明日出木琴堂
CHAPTER DREAM 《夢》
「暑い。」T‐シャツの首回りが汗で濡れている。
ブラインドの隙間から漏れた暴力的な光線が、俺のベッドを横縞に模様替えする。
「まだ、6月にもなってないのに、日差しがきつい。」寝惚け眼を薄く見開く事が精一杯だ。
傍らに投げ捨てた携帯で時間を確認する。
「もう、こんな時間か。」
スプリングの効いたマットレスに沈み込んだ固く重くなった身体を無理矢理そこから引き剥がし、光に満たされたキッチンへ。
いつもと同じ様に、ケトルのスイッチを入れ、いつもと同じ様にコーヒーを淹れる。
「いつもと同じなのに、いつもと同じフレイバーが出せないものだ。」
これまで何千回とコーヒーを淹れても、毎回違うことに自分の不器用さを毎度認識させられる。
その一期一会の味を愉しみながら、カフェインの力を借りて意識を覚ます。
「今日も暑くなりそうだ。」無意識にネガティブが口からこぼれる。
カフェインが目覚めさせた意識が、今を状況把握する。
正常に意識を戻したあとは、身体を目覚めさせる。
一年一年と時が経つ毎に、身体は目覚めさせられる事を拒む様になってきた。だからこそ、強引に起こす。
俺は真鍮のマグをダイニングテーブルに置き、バスルームへ。
寝起き直ぐに熱めのシャワーを浴び、無理矢理身体を目覚めさせる。
熱いシャワーが昨日の澱みを洗い流し、俺の身体と心に余白を生む。
2000匁のバスタオルに身体を委ね、余計な水分を吸収してもらう。
いい具合に保湿できた身体が知らず知らずのうちに鏡に映し出される。
嫌でも己の老化を実感させられる滅入る瞬間だ。
気を取り直し、白いものが混じり出した髪の両サイドを競馬チックで固める。
コームを入れきれない櫛目の毛流れを作る。
「決まった。」今朝は一発で納得の仕上がりになった。
「良いことありそうだ。【パンダ】のマンションでも寄っていくか。」
気分も新たに勢い良くブラインドを開け放ち、春とは思えぬ朝日を身体全体で受け止めた。
「さあ。着替えて出発だ。」
ウエアーに身を包み、アサルトガンのマガジンに弾を込める。
決まりきったモーニングルーティン。
いつものスタイルが出来上がったら、ガレージから相棒を引っ張りだす。
「コイツともかなりの付き合いだ。」
朝日に照らされた車体を隅々まで点検していく。流石にコイツもあちこちガタがきている。
相棒のメタリックブルーのフレームが大光量の光によって照らし出される。コイツと出会った頃と変わらぬ輝きを放つ。
チームのエンブレムの付いたヘルメットを被りバイクに跨る。二本のピストンに命を吹き込む。
ピストンも力強さが無くなった。
それでもどうにか言うことを聞いてくれる。
「まだまだお互い、現役だな。」
基地までのいつもの海岸線の道乗りをゆっくり流していた。
心地良い春風の中に、昨夜の花火大会の残香が漂う。
「5月の末に花火大会なんて風流にかける。」などと思いながら下り坂を惰性で下っていると、渚ブリッジの交差点の対向車線にノーヘルの同乗者を乗せた第二種原動機付自転車が信号待ちをしているのを発見。
いつもならこの交差点を左折して海岸沿いの国道を行けば、俺達の基地に到着する。
「今朝は交差点を直進し、マンションに寄るつもりだったから、道すがら丁度いい。」
多分、花火大会の夜をオールで騒いだ少年達なんだろう。
「信号待ちで喋っている。奴らは必ず発進が遅れるはず。」と踏む。
俺は静かに交差点の停止線を超えてバイクを停止。
信号の青とともに走り出し、左脇のホルダーからガンを抜いた。
第二種原動機自転車の目前でアサルトガンのトリガーを一瞬に二度引く。音もなく弾は発射された。
第二種原動機付自転車の前輪近くに着弾。威嚇射撃成功。
奴らを通り過ぎて俺は急ブレーキをかける。後輪を滑らせてカウンターをあてUターン。奴らの元へ接近する。
第二種原動機付自転車の少年達も急ブレーキをかけ発進を止めていた。
少年達は何かを怒鳴っている。
「なにしやがる!」「殺すぞ! テメー!」
「ヘルメット着用義務違反だ。」俺は静かに低い声で言ってやった。
「うるせぇ! ふざけるな!」
「着用義務違反だ。」もう一度同じトーンで繰り返す。
「なめ…? ん。」
「やめとけ。やめとけ。」ノーヘル同乗者の少年の方が気付いたようだ。
「なんだよ?」
「あれ見ろ。ヘルメットのあれ。」
「はあ? …!!!」
無言のあと、少年達は第二種原動機付自転車を降り、押してその場を去って行った。
少年達を見送った後、当初の予定通り【パンダ】の勤めるマンションの管理人室へ立ち寄ことにした。
【パンダ】は俺がつけたあだ名。パンダは2ヶ月程前から、渚ブリッジの近所のマンションで管理人をやっている。東北地方からやってきたらしい。
真っ白な肌。垂れ目で丸顔。少し隈がある眼。背は小さいが結構なボリュームがあるボディ。俺より20歳程年下の女。
ここに勤める前は専業主婦で、旦那との離婚を機に新しい地で社会復帰したようだ。
それから折を見ては顔を出す様にしている。俺達はこのシティーで起こる事は全て把握している。些細な変化も見逃さない。
【パンダ】の件もそんな変化のひとつ。
彼女も日に日にだんだんと元気になってきている。
「よぉ!」
「あっ、【松葉】さん。おはようございます。」
「変わった事ない?」
「昨日も同じ事聞きましたよ。毎日毎日、何か起きませんよ。」応える時の明るい笑顔が可愛らしい。
「そりゃあ、なによりだ。」元気になってきた。
「さっきも【A5(エーゴ)】さんが来られて、アイスクリーム下さったんですよ。」
「そりゃあ、良かった。」同僚が先に来ていたようだ。みんな気にかけているようだ。
【パンダ】に別れの挨拶をし、この場を離れた。
「遅くなっちまった。基地に向かおう。」
マンションへの道を引き返す。バイクの調子は悪くない。
二本のピストンもよく回っている。
少年達にお灸をすえた渚ブリッジの交差点を右折する。
ここからは海岸沿いの国道になる。左手に海を見ながらのライドだ。
南風に潮の香りが乗っている。波も穏やか。日差しでキラキラ輝いている。
嫌でも気分が上がる。調子に乗って二本のピストンをより回してしまう。
「少し、酷使し過ぎかもな。」そうは思いつつも回してしまう。
カーブで体をハングする。
後輪を滑らしながらカーブをなぞる様にバイクを走らせる。
俺の両サイドのチックで固めた髪が風圧でなびく。重い空気の膜を突き破りながら前進していく。俺にとってお気に入りの瞬間だ。
その後の長い登り坂のトンネルを抜け、左に合図を出し、速度を緩め側道にバイクを寄せる。しばらくそのまま走ると今、走ってきた国道の降り口が現れる。
標高の高い位置にある降り口から一般道路へは、傾斜のきつい下り坂を一気に下ることになる。バイクをフルブレーキで下りる必要がある。下り切るとそこには信号の無いT字路の交差点。その交差点の安全をしっかりと確認して右折。
あとは、そのまま防波堤まで真っ直ぐ。その防波堤の少し手前に俺達の基地はある。
スカイブルーとホワイトに塗り分けられた、いかにも正義の味方の基地と、言わんばかりの色使いが施されている。
基地に近づくと、その前にきれいに並べ停められている6台バイクが目に入る。
「俺が一番最後か。」
俺達チームは7名。シティーの秩序を守っている。癖の強い奴ばかり。そいつらの愛機が主人の帰りを待つようにおとなしく整然と並んでいる。
その愛機は右から、チームいち指先の器用な【ハムさん】のホワイトのボディにレッドとグリーンのピンストライプが描かれたバイク。海でも山でも林道でもアウトドア走行に特化した一台。熊除けの装置まで装備されている。
その隣は、チームいちの技術者【A5(エーゴ)】の漆黒に深紅のアクセントがあしらわれたバイク。ハイスピードと夜間走行に特化させており、ハイルクスのライトと低騒音により真夜中の高速走行を可能にしている。
次が、チームの運び屋こと【ケン】のゴツいフレームのチェリーレッドのバイク。
ケンのごつい体を乗せてもびくともしない太いタイヤと太いフレームが特徴のバイク。長物を運搬できる装備も供えられている。
その隣は、チームいちの知恵者、長老こと【ツェーべー(CW)】の灰色のトライク。
日本の英知を注ぎ込まれた街乗りに特化したバイク。操作性能、安定性能、制動性能、剛性…等々、が強化されており、狭く入り組んだ日本の道路で本領を発揮する。
その次が、チームいちの自然体【高麗】のフォレストグリーンのバイク。
オンロード、オフロード、長距離歩行に特化したバイクには、フロント、リア、リアサイド、フレーム、…等々に、様々な収納器材が取り付けられている。どんな自然環境下に於いても対応できるだけの装備を収納できる。
そして左端は、チームの中でも異色の存在【農園】のシルバーのバイク。
アルミフレーム、アルミホイール、アルミハンドル…等々、小型化、軽量化に重点を置き、過密な大都会で縦横無尽の機動力を誇る。
そして、これからその車列に入る最後のバイクは、チームリーダーこと【松葉】、俺のメタリックブルーのバイク。こいつとは長い付き合いだ。
こいつの特徴は、シンプルな構造に優れた剛性。かなり無茶なライディングをしても壊れることはないバイク。
ただ、ここ数年の俺の加齢からハンドルは少々ハイライズ気味にはなってはいる。
「俺達は、何事にも囚われない。」
「俺達は、方法も厭わない。」
「俺達は、どんな悪にも屈しない。」
「俺達は、ほんの小さな悪であっても容赦しない。」
「給料なんてありはしない。」
「俺達は日本社会のはみ出し者。」
それが俺達、【野生の七人】。
ヘルメットに輝く猛牛のエンブレムが隊員の目印だ。
基地の入口を開けたとたん、籠もっていた煙が自由を求めるかの様に一斉に外に飛び出す。それでも中は霞んでいる。
「【松葉】さん。おはよーございます。」
「おう。」
【農園】が揉み手をしながら挨拶をしてくる。
コイツの専門分野はネゴシエーター。無理難題を言葉巧みに解決する。
得物は大量の弾を装填出来る黄緑色のショットガン。怒らせると危ない奴さ。
「おはようございます。今日はお顔の色いいですね。」
「おう。」
次は【ハムさん】だ。
コイツの特技はいかさま。
歌舞伎の女形の様な風貌、スマートな体躯、爽やかな笑顔、腰が低く、万人受けする態度、見事に誰でも誑し込む。
得物は紫色のハンドガン。接近戦を得意とする。
「…お、おはようございます。」その次は【ケン】だ。
「【ケン】。ちゃんと飯食ってるか?」
「…ま、【松葉】さん。…だ、大丈夫っす。…く、食ってます。」と、応えながらもコーラを片手にブラックサンダーをかじっている。相変わらず訳の分からない奴。
しかし、こいつはチームいち正義感の強い漢。そして、チームいち体格が良い。背が高い。力が強い。これはという時に頼りになる奴。ドライビングテクニックはピカイチ。
得物は黒のアサルトライフル。長距離連射で相手を仕留める。
「おはようっす。何かありましたか?」これが【A5(エーゴ)】。
「【A5(エーゴ)】、マンション寄ったんだって。」
「うす。」
「アイス喜んでたよ。」
「うす。」
こいつはオールマイティーな技術者。その上、根っからのスピード狂。俺達のバイクのカスタムからメンテナンスまでやってくれる。こいつにかかれば直せなない物はない。
得物は黒のマグナム。【A5(エーゴ)】にはとてもお似合いだ。
「オレも寄ったらよかった。」
「【ツェーべー(CW)】さん。おす。」
彼は【ツェーべー(CW)】さん。チーム最年長。見識博識でチームの知恵袋。知らない事はないんじゃないかと思うほどだ。特に車両には精通している。
上から二番目に年長者の俺だが、【ツェーべー(CW)】さんには頭が上がらない。
彼の得物は連射ブラスター。年甲斐もなく打ちまくる。
「おでも、おでも、今度連れってくれよ。【松葉】さん。」
「ああ。今度な。」
こいつは【高麗】。【ケン】に次ぐ体格を持っている。俺達の中では一番の若手。
心優しきガーディアン。
得物はスコープ付きのライフル。アウトドアでの狙撃では右に出る者はいない。
「【松葉】さん。それで今朝は遅かったのかい?」【ツェーべー(CW)】さんが聞いてきた。
「いや。渚ブリッジの交差点で第二種原動機付自転車をノーヘル二人乗りのガキがいて、ちょっとお灸を据えてたんで遅れた。」
「マジっすか。」【A5(エーゴ)】が速攻食いついてきた。相変わらず血の気の多い奴だ。
「…そ、そ、それで、どうお灸据えたんですか? ま、ま、【松葉】さん。」正義感の強い【ケン】もすかさず食いついてくる。
「第二種原動機自転車が発進する前に前輪手前に威嚇射撃を入れてやった。」
「【松葉】さんにお怪我が無くってほんと良かった。」【ハムさん】が優しい言葉をかけてくる。
「【ハムさん】。心配、ありがとう。」
「近頃の子供って、結構凶暴だから。カッとなると何するかわかんないから。」
【ハムさん】のお姉言葉に何故か癒される。
「早朝からおさかんですね。【松葉さ】ん。」【農園】が揉み手をしながら合の手を入れてきた。
「どういう意味だ?」
「だってさ。ガキにお灸を据えた後に女でしょう。」
「馬鹿言ってんじゃない。あれはそんなんじゃない。」
「またまたあ~。」【農園】は黒縁眼鏡を指で持ち上げながら勘ぐってくる。
「お前、しつこいぞ。」
「なに? なに? 何がしつこいの?」【高麗】が突然話に割り込んでくる。
「いい加減、もういいって。」
等と、馬鹿話で盛り上がっていると、突然基地の入口が開いた。
そこには、県警の【チャーリー】が立っていた。
「チッ。【チャーリー】か。」
そして、俺の次の言葉は決まっている。
「野郎ども。出動だ。」
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