第28話 駄菓子屋

「あっつ……」


 夏斗は真っ青な空を見上げて、汗を拭いながら呟いた。

 もう分かりきったことだし、口にしたところで気温が下がるわけでもないのだが、ついつい口をついて出てしまう。

 午前中の畑仕事を終えて、夏川宅で昼食の素麺をすすった夏斗は、この田舎を澪に案内するために2人で出かけていた。


「まずはどこに行くの?」


 隣を歩く澪が尋ねる。

 麦わら帽子と大量に塗った日焼け止めのおかげで、彼女の肌は炎天下での作業を終えても白いままだ。

 夏斗も日焼け止めを塗るには塗ったのだが、心なしか肌が赤みを帯びている。


「とりあえず、暑いから飲み物でも飲もうか」

「というと……コンビニ? それとも喫茶店とか?」

「残念だけど、この田舎にはコンビニは一軒もないのです」

「え……? ないの?」

「うん。喫茶店も前はあったんだけどね。店主さんがご高齢になって、体力的に厳しいからってやめちゃった」

「じゃあ飲み物ってどこで……」

「ここ」


 ちょうど店の前についたので、夏斗は古びた建物を指し示す。

 軒先には、その手のマニアが見たら大興奮しそうな古びたガチャガチャ。

 動くのかすら怪しいレトロなアーケードゲーム。

 入口には、これだけ少し新しめな『氷』と記されたのぼりがはためいている。


「これって……」

「駄菓子屋。この田舎のコンビニ代わりになってるんだよ」

「駄菓子屋さんってコンビニになれたっけ……?」

「意外となれるんだよね。ほら、結構この地区はお年寄りが多いからさ。ネットショッピングとかも慣れてないし、ここの店主が代わりにいろいろ取り寄せてあげたりもしてるんだよ。だからこの田舎はコンビニ要らずってわけ」

「そういうことだったんだ」

「うん。ここの店主の節操なく商売に手を出す性格が幸いして……」

「誰が節操ないって?」


 饒舌に語る夏斗の後ろから、低い女性の声が響く。

 振り返るとそこには、いかにもヤンキー、あるいは元ヤンという見た目の女性が立っていた。

 この駄菓子屋の店主である西倉にしくら真登香まどかだ。


「澪、紹介するよ。こちらが節操ない店主の真登香さん」

「ったく。まともに喋るようになったと思ったら、生意気な口きくようになりやがって」


“まともに喋るようになったと思ったら……?”


 真登香の言葉に少し引っかかりを覚えつつ、澪はペコリと頭を下げる。


「初めまして。霜乃木澪です」

「どもども。よろしくね、澪ちゃん。それで夏斗、どうやってこんなかわいい彼女作った?」

「発想が茂さんと一緒だよ……。彼女じゃなくて、友達。だよね?」

「う、うん」


 澪はこくっこくっと何度か頷く。

 それを見て、真登香は「そうなのか」とあっさり納得した。

 そして店の扉をガラガラと開け、夏斗と澪を招き入れる。


「涼しいわ~」

「うん。涼しいね」


 きっちりクーラーが効いた店内は、炎天下を歩いてきた2人からすると天国だ。

 店の中に設けられた小さな椅子に腰を下ろすと、夏斗は黒板にチョークで描かれたメニューに目を向けた。

 かき氷のフレーバーが数種類、真登香が手描きした絵と共に並んでいる。

 夏斗と澪が行った店のようなお洒落なフレーバーはないが、イチゴにレモン、ブルーハワイにメロンなど、ド定番の味が用意されていた。


「かき氷のメロンと、ラムネ1本お願い」

「はいはい。澪ちゃんは?」

「じゃあ、イチゴとラムネお願いします」

「はいよ。ちょっと待ってて」


 かき氷を作りに、真登香は店の奥へと引っ込む。

 残された夏斗と澪は、店内をあれこれ見て回り始めた。

 夏斗にとっては何度も何度も通って見慣れた光景だが、澪にとってはこの駄菓子屋もまた新鮮な風景だ。

 何よりも、その値段の安さが彼女に衝撃を与える。


「じゅ、10円……? こっちは30円……これは1個5円……!?」


 思わず目を見開く澪。


「安いよね」

「うん、すごい」


 和菓子も洋菓子も、高級なものは何度も口にしてきた。

 でもこういった駄菓子は、澪はほとんど食べたことがない。


「これ美味しそう。これも美味しそう。これは美味し……くはなさそうだけど、なんだか面白そう」


 澪は次々に気になった駄菓子を手に取っていく。

 定番のスナック系から、明らかにやばい色をしているグミ、自分で練って食べるタイプのものまで、10種類以上買っても1000円以下だ。


「楽しそうだね、澪」

「え? 私、楽しそう?」

「うん。楽しそう」

「そっか……」


“楽しいって伝わってるんだ……。”


 自分が楽しいと思っていることが、ちゃんと夏斗に伝わっている。

 楽しいって言ってなくても、雰囲気で感じ取ってもらえている。

 そして楽しそうな澪を見て、夏斗も楽しそうにしてくれている。


 まだ笑うというレベルではないかもしれない。

 他の人が見たら、楽しんでいるのかどうか微妙と思うかもしれない。

 でも確実に、澪の表情は、楽しくなさそうというものではなくなっていた。


「楽しいのは、夏斗くんのおかげだよ」

「俺だって、澪といると楽しいよ」


 夏斗の言葉に、嘘はひとつもない。

 知らなかったことを知って、見たことがないものを見て、澪の表情に変化が生まれていくのが、夏斗にとっても楽しくて仕方がなかった。


「はい、できたぞ」


 店の奥から、真登香がかき氷を持って出てくる。

 そして店内の冷蔵庫を開けると、ラムネを2瓶取り出した。

 キンキンに冷えた瓶を受け取って、夏斗は栓を抜く。

 そして一気に、渇いた喉へラムネを流し込んだ。

 それを見て、澪も同じように瓶に直接口をつけてラムネをあおる。


“気持ち良い……。”


 渇いた喉に、ラムネの爽快なのど越し。

 店先では、ガラス製の風鈴が少し高めの音を奏でる。

 そして澪が口を離したラムネ瓶の中でも、ビー玉がカランと涼し気な音を立てた。

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